第117話 夜の道と親衛隊

「明日の日が昇る頃か……羽根帽子は帰ってからのお楽しみになりそうだな」

 オリヴィエが出ていったあと、それに続いて外へ出た時、マウロがそう言った。

 酒場ではまだ、飲み会が続いている。

「あぁ、そうだな」

「その事をオフェリーにも伝えておくよ」

 マウロの言葉に、

「今から逢いに行くのか?」

 俺は首を傾げた。

「しばらく帰れねぇからな」

 あ、そうか。

「お前は愛しの姫様と一緒にいられるから良いけどよ。俺はクォーツ国に恋人を残していくからな」

「やめろよー」

 俺は彼を小突いた。愛しの姫様なんて、恥ずかしい。

「今回も、無事に帰ってこられると良いね」

 と、傍らを歩くフランシスが言った。

「そうだな」

 俺は答える。

「まぁ、旅は運もある。その時はその時さ」

 と、マウロが言葉を継いだ。

「シャルル、死ぬ時は一緒だよ」

 俺は嫌だ。と、目を細める。

 やがて、サンセーヌ通りの前まで来ると、

「じゃあ、俺は行くぜ?」

 また明日な、と、マウロと別れた。

「じゃあねー」

 フランシスが手を振る。

夜道には、俺とフランシスの二人きりだ。そう言う時にあらわれるのが親衛隊なんだよなー。

「よう、男爵様」

 やっぱり来た。

「モルガン……」

 フランシスを護るように、俺は彼の前へ出た。

 数名の部下を連れたモルガンは、腕を組んでこちらを見ている。

「どけ。お前たちに用はない」

 俺がはしたレイピアへと手を付ける。

「俺はあるんだよ」と、モルガンは続ける。「明日は早いそうじゃないか」

 朝まで付き合ってやるよ、と、彼が言った。

「ご遠慮願いたいな」

 俺は声を低める。

「今夜はあの隊長さんはいないんだな」辺りを見回し、モルガンが笑った。「なよなよしい出来損ないが護衛か──」

 と、彼が言いかけた時、その首筋目掛けてレイピアの端が揺れていた。見れば、フランシスが気がつけば俺より前に出、モルガンにレイピアを突きつけていた。

「あんまりボクを甘く見ない方が良いよ」

 フランシスは呟く。

「ほ、ほう?」

 微かに怯えを孕んだ声で、モルガンは辛うじて言葉を紡ぐ。

「邪魔だよ。道を開けろよ」

 フランシスはそう言って、俺の手を取って堂々と真ん中を歩き出す。なすすべなく、モルガンたちは道を開けた。

「ありがとう、フランシス」

 彼らが遠ざかった頃、俺が礼を言うと、

「どうって事ないさ」

 それより、と、フランシスは言った。

「キミの家はわれているんだろ? 荷物だけもって、ボクの家に来るべきだよ」

「それもそうだな……」

 俺は考えるように手を口にやった。身の危険も感じるが、そうさせて貰ったほうが良いのかもしれない。

「どうする?」

 淡い期待に、フランシスの尻尾がゆらゆらと揺れているのがわかった。

 余り彼には借りを作りたくはないが、ここは哀れなエタンを残し、俺はフランシスの家に泊まる事にした。

「わかった。荷物だけ持ってくる」

 気がつけば俺の家の目の前だ。俺は急いで階段を上り、己の部屋の扉を開いた。

「ふわ……ご主人」

 リビングの隅で葡萄酒の瓶を抱えたまま微睡んでいたエタンが眠い目を擦る。

「明日にはまた出かける事になる。今夜は所用で別の場所に寝かせてもらう事になった。飯はまた大家さんに頼めよ」

「はぁ、お気をつけて……あっしは元気に暮らして行きます」

「あぁ、大家さんにも伝えておくから」

 元気でな、と、俺は己の部屋に入り、まとめておいた荷物を持ち外へ出たが、思う所があり、

「そうだ、寝る時は寝室で寝ろよ」

 と、忠告しておいた。

 階段を下り、隅で隠れていたフランシスと落ち合った。

「ちょっと大家さんに伝言を頼んでくる」

「ボクも行こうか?」

 と、彼が言うので、

「扉越しに要件を伝えるだけさ」俺は大家の家の扉を叩いた。「フェリさんかフィンチさん! いらっしゃいますか?」

「はーい」

 フェリの声がする。

やがて、彼女が顔を出した。寝巻き姿の眠たそうな声をしている。

「夜間にすみません。実は明日朝一で再び旅立つ事になりまして、エタンの事を頼みたいのですが……」

「あらまぁそうなのね。わかったわ」

「向こうが頼ってきたらで良いので。フィンチさんの作りすぎたパンを分けてやるとか、そんな感じで結構です。それでは、失礼します」

 俺の言葉にフェリは頬笑み、

「行ってらっしゃい」

 と、扉を閉めつつ、手を振った。

「良い大家さんだねぇ」

 フランシスが階段の隅から姿をあらわした。

「そうか?」

 馬屋から己の馬を連れ、それを引きながら俺は言った。

 一旦ベルヌール街へ出、それから彼の家があるタルトー街へと向かう。明かりが灯されているが、星が良く見える。無数の煌めきの中、月明かりが地上を統べるように輝いていた。

 やがて、タルトー街へつくと、そのうちのアパルトマンへと案内された。タルトー街は王都のベッドタウンだ。アパルトマンがズラリと並んでいる。所々明かりが点いている部屋は、俺たちのように夜更かしをしている連中だ。

「ここの三階だよ」

 と、フランシスは案内したアパルトマンの窓を指さす。辺りを注意しながら二人して階段を上がり、部屋を目指した。

 階段を上り終え、彼が部屋の扉を開ける頃には、睡魔が俺を襲い始めていた。

「シャルル眠いー?」

 そんな姿の俺を見、彼は言う。

「少し……」

 本当は少しどころじゃない。

「あらあら、ご主人様。お客様ですか?」

 奥からあらわれたメス猫の従者が不安げな声を出す。

「あぁ、ミレイユ。所用でボクの家で一晩だけ泊まらせて?」

フランシスが言うと、ミレイユはころころと笑い、

「良いですよ。お部屋は客間で結構ですね。ちょうど日に干した所です」

 と、言った。

「うん。そうだね……」

 恐らく同じ部屋に泊まりたいと思っていたのか、フランシスが気が滅入ったような声をだす。

「さぁさぁ、こちらですよ」

 慣れているのか、ミレイユはそれを無視して、俺の手を取った。

「ありがとうございます」

 案内された部屋に入ると、寝台とサイドテーブルの他になにもない簡易的な作りになっていた。荷物を置き、素早く寝台に滑り込んだ。

眠たい……そう思い、俺は目を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る