第113話 羽根帽子と親衛隊

「あらまぁお客様、とてもお似合いですよ」

「そ、そうか?」

店員の言葉に、俺は己で選んだ癖に、思わず首を傾げてしまった。確かに、鏡越しに見る、漆黒のマントを羽織った、黒い羽根のついた帽子を被った猫は中々格好良い。

「本当に良いのか?」

 俺はオリヴィエに尋ねた。

「あぁ、問題ないさ」

 店員に金を渡し、彼は言う。

「良く似合っているね! やっぱり格好いい」

 と、フランシスは言葉を紡いだ。

「ありがとう」

 俺が礼を言うと、

「それはあとでみんなに言ってあげな! きっと喜ぶよ」

 と、彼は答えた。

「あぁ、そうだな。それが良い」

 会計を終えたオリヴィエが、腕を組んだ。本当に感謝の言葉しか出てこない。仲間と言うものは、大切なものだ。

「このまま、見せに行っても良いか?」

 俺が言うと、

「そのつもりだ」

 と、オリヴィエは返事をした。

 店を出たところで、数名の親衛隊の姿があった。なんでこんなところにいるんだ。

「男爵様の家の従者を脅したらこの辺りにいると聞いてな」

 真ん中にいるモルガンが偉そうに言った。エタンは哀れだ。

「ついでにまだ下町にすむと言う事も言っていた。下町住まいの男爵様なんて王宮じゃあ笑い者だ」

 モルガンの隣にいる同じくドーベルマンが言った。

 と、モルガンは俺の羽根帽子へと目を遣った。

「おや? これはこの店に飾られていた羽根帽子だなぁ」

 俺よりも身長の高い彼は、素早く俺の頭から羽根帽子を奪い去った。

「返せよ!」

 俺は声を張り上げる。

「良いのか? こんなところでもめ事を起こして。迷惑がかかるのは国王様だぞ?」

 向こうから喧嘩を売ってきてその言いぐさはなんだ。相も変わらず、苛立つ事を言ってくるやつらだ。羽根帽子は、モルガンの手の上でくるくると回されている。

「これは銃士隊員が金を出しあって買ったものだ。返して貰おう」

 オリヴィエが俺の前に出てくる。

「この前は思わず怯んじまったが、今日は違うぜ?」

 人数は俺たちの方が勝っているんだ、と、モルガンは続けた。そうして、帽子を地面に叩き付け、足で踏みつけた。帽子は無惨にも羽根が取れ、クラウンは潰れている。

「──このっ」

「シャルル!」

 殴りかかろうとする俺を、オリヴィエが止める。

「だって隊長……っ」

 折角皆が出してくれた金で買った帽子だ。男爵となる俺に手向けてくれたものだ。悔しくない訳がない。半泣き状態で俺は言葉を口ずさむ。

「あとで王に伝える。今は耐えろ」

 と、聞こえないほどの声でオリヴィエは囁いた。

「おやぁ? なにもしてこないのか? それとも俺の強さに怖じ気づいたかぁ?」

 モルガンは更に煽ってくる。

 ここで喧嘩はしてはいけない。王に、そうして新たな主人となるアイリスにも迷惑がかかる。

 それだけを胸に、俺は俯いた。オリヴィエはフランシスに俺を預けると、つかつかとモルガンへと近付いて行った。

「──殺すぞ」

 凄んだその声は、今まで聞いた事のないほどの低い声だった。

「ヒッ」

 モルガンの口から、再び悲鳴が漏れた。羽根帽子を踏みつけていた足が退かされる。オリヴィエはそれを拾うと、こちらへと踵を返した。

「詰所に行こう」

 そう言葉を紡いだオリヴィエは、いつもの彼だった。

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