第112話 帽子選び
明くる日、朝の珈琲を飲んでいると、オリヴィエが訪ねて来た。
「おはよう」
と、彼は気さくに片手を上げる。その影に、隠しても隠しきれていない影がある。
「シャルルおはよー!」
フランシスはオリヴィエの肩から顔を覗かせた。だから隠しきれてないって。
「どうしたんだ、いきなり」
俺が問うと、
「キミ、男爵になるだろ? それで、今までの身なりじゃあ全く男爵様らしくないからさ、羽根帽子だけでも買えないかなって」
「お前が帰ったあと銃士隊員で金を出しあったんだ」
なんて良い所なんだ銃士隊。
「ただ、みんなお金が足りなくて帽子代だけになっちゃったんだけどね……」
「いや、気持ちだけでも嬉しいよ」
俺は答えた。
「で、今から帽子を選びに行こうよ!」
フランシスは声を弾ませる。
「店は開いてるのか?」
「道すがら見てきたよ。一等地の店が大抵開いてた」
そうですか。
確かに、早くも開店している店が並んでいる一等地があったな。シャンティ街と言ったか。
「まぁ、その前にカフェで、朝食でも取ろうかと話しはしていたがな」と、オリヴィエは言った。そうしてエタンの方を見遣り、「お前の従者は大丈夫か?」
俺はエタンへと振り向く。
「あっしは大丈夫ですよ。大家さんからパンをいただきます」
と、言った。
「わかった。迷惑はかけないようにな」
俺は言うと、マントを羽織り外に出た。収穫月の朝は、少し肌寒い。
「キミと買い物をするなんて初めてだね」
フランシスは俺の腕に己の腕を巻きつかせる。だから痛いです。助けを求めてオリヴィエを見ると、目を背けられた。
酷い。
ベルヌール街にあるカフェは、丁度外の席が空いていた。少し寒いほどの朝は、通行人を眺める外の席が一番だ。
席に腰かけると、早速ギャルソンが注文を聞きに来た。カフェラテと、ハムサンドを頼む。間も無く運ばれてきたのは、フィセルに生ハムとチーズを挟んだサンドイッチと、珈琲の芳しい香りのするカフェラテだ。
「やっぱり美味しいね」
サンドイッチを頬張り、フランシスは言う。髭にパンの耳の欠片が付いてますよ。
俺も大きく口を開け、サンドイッチを食べる。カリッと音がして、それと並んでクリームチーズ、生ハムの味が口内に広がる。ひっそりと主張しているフィセルも美味い。カフェラテはミルクと、エスプレッソで淹れた珈琲が良く協調している。
人は絶えず行き交い、ここだけ時の止まってしまったかのようだ。
「行くか」
皆が食べた事を確かめると、オリヴィエは金とチップをテーブルの上に置き、立ち上がった。
銃士隊は常に団体行動の上に、出勤前や休暇に、好きに連れ立って歩くなどしない。そこは猫の特徴の残りだろう。
シャンティ街は、ベルヌール街を抜けた先にある。フランシスが話していた通り、店は既に開いていた。
「どんなのが良いかなー」
まるで己の買い物のように、フランシスは帽子を探す。その腕は相も変わらず俺を捉えている。
「自分の買い物ではないんだぞ」
前を行くオリヴィエが、振り向き言った。
「わかってるよー」
と、フランシスが答える。
俺もショーウィンドウに並ぶ帽子を見遣る。と、ふとある店の羽根帽子に目が行った。
「ちょっと待て、フランシス」
俺は彼を制止した。
「なに? 良いの見つかった?」
「お、グッと来たか?」
その声に、オリヴィエも歩みを止め、こちらへと歩いてきた。
「あぁ」
と、俺は答え、マネキンの被る黒い羽根帽子を指差した。
「5600オーロか。予算内だ」
下に置かれた値札を見、オリヴィエが言う。良かった。
「格好いい帽子だね。きっと似合うよ」
店に入るオリヴィエを追いながら、フランシスは俺に囁いた。
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