第111話 エタンの答え

 俺は早速二階へと上がり、俺から貰った金で買った葡萄酒をグラスに注ごうとしているエタンと向き合った。エタンは俺が帰ってきた事をすると、慌ててグラスを己の背に隠した。

「こ、これはお早いご帰宅で」

「隠さないで良い。俺も飲む」

 と、俺は言って、戸棚から気に入りの葡萄酒を取り出した。普段は外で飲んでいる為、酒の肴が見当たらない。まさかエタンを見ながら飲むなど、少し嫌だ。

「ミックスナッツならここにありますよ」

 エタンの声が聞こえ、振り向くと、麻袋を掲げた彼の姿があった。

「これはどうしたんだ?」

「葡萄酒を買ったら、釣り銭が来たので、市場で買いました。あ、残った金はテーブルの上に──」

 エタンが答える。

「わかった。ありがとう」

 もらっても良いか? と、俺は尋ねた。

「結構です。どうぞ差し上げます」

 皿を取り出し、エタンはその中にミックスナッツを流し入れる。

 アーモンドの香ばしい香りと共に、素焼きされたさまざまな木の実が、麻袋から流れ出でてくた。ひよこ豆、クルミ、カシューナッツ、マカデミアナッツなど、美味しそうだ。

「ありがとう、貰おう」

 俺は言った。


 数杯酒を飲んだあと、クルミを食べ、俺は口火の切った。

「なぁ、エタン」

「なんですか? ご主人」

 と、エタンは酒を一口飲む。

「俺はこの度アイリス姫の従者になると共に、男爵になる事になった。お前もついてこられるか?」

「だだだ男爵様!?」エタンはおどろき、声を張り上げた。「そんな位の高いお方の従者など、あっしが勤まるかどうか……」

「なに、位が上がるだけで、住むのはこの家だし、銃士隊の面々とも一緒に酒を飲めるんだ」

 だから今まで通りで大丈夫だ、と、俺は続けた。

「まさかあっしが男爵様の従者になるなど……いつか帰る故郷に錦を飾って帰る事ができます」

 彼は嬉しげだ。

「俺が正式に男爵になるのは、アイリス姫がご友人の結婚式から帰って来てからだがな。それまでに心の準備をしておけよ」

 と、俺は言った。

「はい、あっしエタン、ご主人のご帰宅を楽しみに待っております」

「別に明日出発する訳じゃあない」

 勝手に旅立たせるな、と、俺は椅子に凭れ腕を組んだ。

「あ、申し訳ないです」

 エタンは慌てて取りつくろった。

 俺はグラスに入れた葡萄酒を飲むと、立ち上がり、寝室の扉を開けた。

「お休みになられるので?」

 エタンが言うので、

「あぁ、そうだ」

 俺は答え、扉を閉めた。

 窓から見える空は、未だ宵闇に染まり、眠るには早すぎるように思えた。それに逆らって俺は己の寝台に寝転がり、さまざまな事に思いを巡らせた。今日は色々な事があったな。

久々に見たアイリスは相も変わらず美しく、気高いものだった。親衛隊との対立も変わる事もなく続いている。いつか死者が出るぞ。

 オリヴィエ曰く俺は喧嘩早い種に入るようで、とても心配していた。

 それは、俺がモルガンを殺すと言う事だろうか?

「それはないだろう」

 己に言い聞かせるように、俺はひとりごちる。しかし、アイリスを否定された時、己がどう言った行動を取るか……それは俺にもわからない。相手が誰であれ、レイピアを胸に突き刺しているのかもしれない。

 それはアイリスに悪いな──そんな事を考えながら、俺は瞼を閉じた。

 目が覚めれば、出発まであと三日になる。明日も職場──銃士隊詰所に通う。どんな事が待っているかな?

 と、王都の夜は更けていった。

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