第109話 親衛隊と銃士隊
俺がアイリスの従者になった事を、銃士隊の皆に知らせようと言う事になった。早速城の敷地内にある銃士隊詰所へと向かう。
「それでは、オリヴィエ様、シャルル様」
王宮の入口で、従者は頭を下げた。
「あ、ちょっと待ってくれ」
ふと疑問が浮かび、俺は彼に声をかけた。
「なにか」
「従者として勤め始めるのはいつからだ?」
すると従者は、
「アイリス姫様がご友人の結婚式に参列され、帰国したあとからでございます。それまでに、ご準備を」
と、言って扉を閉じた。
準備と言うのは、男爵になる為の身辺整理の事だろう。できればあのままフィンチ宅の二階に住んでいたいが、そうはいかないかもしれない。
明日にでも聞いてみるか。
そんな事を考えながら、俺はオリヴィエの背中を追った。
「実は、ずいぶん昔に姫様から聞かされていたんだ」
道すがら俺が言うと、
「なんで黙っていだのだ。水くさい」
と、オリヴィエは前を向いたまま言葉を継いだ。すみません隊長。
「姫様に秘密と言われていて……」
「そうか。まぁ良い」
飲みに行くぞ、と、彼の声が聞こえた。背中を見たまま歩いていると、詰所の前にいつの間にか辿り着いていたらしい。
銃士隊詰所の扉を開くと、隊員たちがわっと集まってきた。
「隊長、除隊する隊員って、誰だったんだ?」
ダミアンが聞く。
「実はな……」オリヴィエは少し悪戯めいたようにためて、「酒場で話すよ」
と、言った。
「なんだよ隊長、教えろよー」
言ってきたのはマウロだった。答えを知っているフランシスは、壁に寄りかかり、不適な笑みを浮かべている。
皆でぞろぞろと詰所を出ると、そこには親衛隊の姿があった。銃士隊が猫のみのように、親衛隊は犬のみで形成されている。
「よう、猫さんたち」
真ん中に立つドーベルマンが言った。名前はなんて言ったっけ。
あ、思い出した。
「モルガンと仲間たちか」
オリヴィエが口を開く。そうそう、モルガンだ。
「銃士隊のどなたかが男爵様になると聞いてな。祝いの拳でも与えてやろうと思って来たんだ」
なんて不良じみた事を言っているんだこいつら。オリヴィエを見ると、その目は淡い怒りを湛えていた。
「これから用事があるのだ。道を開けろ」
オリヴィエは低い声で言った。
「嫌だと言ったら?」モルガンの挑発は更に続く。「下町に住む男爵様なんて、笑い者だ。姫も可哀想に」
「隊長、」
腹が立った。俺がオリヴィエの前に出て、レイピアに手を付ける。
「やめろ、シャルル。戻れなくなるぞ」
オリヴィエがすぐに俺の前に立ち塞がった。
「え、シャルルが男爵に?」
オリヴィエのその態度に、銃士隊の奥から声が聞こえる。賢い猫がいるものだ。
「あぁ、そうだ。俺は銃士隊を抜けてアイリス姫の従者になる。その為に、庶民ではなく、男爵の位に上がる事になった」
と、俺は言葉を吐き出した。
「男爵様が庶民と付き合っていて良いのかぁ?」
モルガンの影に隠れ、親衛隊員の誰かが野次を投げる。
「城からの許しは得ている。問題ないだろう」
だから早くどけ、と、俺は言った。
「どんどん俺たちの手の届かない所にいっちまうんだな」
そんな寂しげな声が聞こえたのは背後からだった。声の主は誰だ?
「ほら、他の隊員も戸惑っているぞ」
親衛隊員が言った。一触即発と言う感じだ。しかし、こんなやつらの所為で、銃士隊に歪みが生じるのは許せない。
「行くぞ」
オリヴィエは強行突破を選んだようだ。もともと喧嘩を売ってきたのは親衛隊の方だ。こちらに非はなにもない。俺たちはオリヴィエに続き、歩き出した。
「待てよ」
モルガンがそう言ってオリヴィエの肩を掴む。
「どけ」
オリヴィエがモルガンを睨みつける。
「ひっ」
その眼差しに臆したのか、彼は道を開けた。それに続き、他の隊員も後退る。本当に言葉だけは達者な臆病者の集まりだ。
「行くぞ」
「あぁ」
皆オリヴィエに続いてできた道を歩く。幸いレイピアで突いてくるやつもいなく、親衛隊の群れを無事に通り抜ける事ができた。
「まさかシャルルが男爵様だなんて」
酒場へと向かう道で、ディディエが声をかけてきた。
「おどろきだろう?」
俺は照れ隠しに頭を掻いた。
「やっぱり、きっかけは旅のお供か?」
「話せば長いんだ。酒場で話すよ」
これは質問責めになりそうだ。かなり憂鬱です。
やがて、昼から開いている馴染みの酒場の看板が見えてくる。
酒場に入ると、いつもの団体席に案内された。
「で、いつから聞かされていたんだ?」
乾杯を済ませると、ディディエが前のめりになって問うてくる。
「旅の途中さ。船で姫様に呼び出されて言われたのだ。旅のもう一つの目的が、信頼の置ける従者を一人決める事だったんだそうだ」
出された葡萄酒を一口飲んで、俺は言った。
「そうか……寂しくなるな」
「大丈夫だ。任務が終われば銃士隊詰所に行っても良いと言われている。このように一緒に飲んでも良いともな」
「そうか!」
嬉しそうに声を出したのはマウロだった。
「あぁ。その辺りは考慮してくれるらしい」
「ボクは旅の途中で知らされたんだよ!」
フランシスが手を上げる。あの話は止めてくれ。
「ほう?」
ほらー、皆さん興味を持たれてしまわれたー。
「姫様がシャルルの事をす──」
「わー! なし、なし!」
と、俺はフランシスの口を塞いだ。
「なんだよ、勿体振って」
皆更に聞き耳を立てる。
「まぁ、シャルルにも色々とあったのだ」
オリヴィエがそう言って、その場を抑えた。
「でも、どうするんだ?」
と、マウロが聞いてくる。
「なにをだ?」
俺が首を傾げると、
「家の事さ。さすがに親衛隊じゃないが下町に住む訳にはいかないだろう」
「え、だめか?」
「住むつもりだったのかよ!?」
と、声を揃えて突っ込まれた。
だめなの?
「いや、家を探すのと面倒だし、フィンチさんに許可を取ってそのままにしようかと思っていたんだけれど……」
すると皆は肩を竦め、
「俺たちはお前のそう言う所が好きだよ」
と、言われてしまった。
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