第108話 除隊式

 次の日、俺は半ばドキドキしながら王宮を訪れていた。廊下で待っていると、

「よう、銃士隊の猫さん」

 と、肩を叩かれた。振り向けばドーベルマンの親衛隊員が、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。

 親衛隊とは、銃士隊と同じような役割を担っている。決定的に違うのは、上司が銃士隊が国王、親衛隊が宰相と言う事だろうか。上司から言って、勝ち目は向こうにはないのだが、昔から銃士隊とは仲が悪く、顔を合わせれば喧嘩が勃発する始末なのだ。

 しかし、ここは王宮だ。向こうは喧嘩を売ってきているが、軽くあしらおう。その内、国王からの従者があらわれるだろう。

「なんだ、無視すんのか?」

「──お前に話す事などなにもない」

 冷めた声で俺は言った。俺にもこんな声が出せるのか。

「なんだとぉ。俺はクレチアン様一の部下だぞ。お前をここで倒してもなにも言われない位置にいるんだ」

 いい加減にしてください。王に怒られますよ。ちなみクレチアンとは、王に使える宰相の一人だ。

「醜いぞ。いい加減にしろ」

我慢も限界だ。思わずはしたレイピアに手を付けた時── 

「お待ちしておりましたシャルル様」

 と、アイリスが帰国した時、迎えた従者が駆けてきた。

「命拾いしたな」

 ドーベルマンはそう言って去っていった。負けた悪役みたいな去り方だな。

「今のはモルガン様ですね」

 どうしたのでしょう? と、従者は首を傾げる。俺が知るか。と、言いかけたが、それでは相手方と同じになってしまう。

「向こうが勝手に喧嘩を売ってきた」

「相も変わらずお仲がお悪いのですね。護るものは同じなのに」

 困ったように従者は言った。恐らく親衛隊はアイリスの旅の連れに己たちがなれなかった事に腹を立てているのだろう。残念でしたー、アイリスはあなたたちが嫌いなんですー。

「ところで、今日はどんな用事で?」

 と、俺は尋ねた。

「アイリス様の進言によって、あなた様がアイリス様の従者に昇格される事はご存知ですよね?」

 歩きながら、彼は言葉を紡いだ。

「ま、まぁ。アイリス姫様から直接聞いている」

「それなら話は早いです。つまるところ……」

「つまるところ?」

 俺は従者の次の言葉に耳をすます。

「本日はあなた様の銃士隊からの脱退式と、従者に昇格されるにあたっての王への謁見になります」

「そうか」

 興奮を隠すように、ぼそりと俺は言った。やった。

しかし、銃士隊を抜けるのは少し寂しい気もする。

「お寂しいですか?」俺の心を見透かしたように、従者は言った。「大丈夫です。従者とは言え、休日もありますし、残業などもほとんどありません。銃士隊の皆様とお酒を嗜まれても罰は受けません」

 なんてホワイトな企業なんだ王宮。

「わかった。ありがとう」

「ただ、あなた様が庶民から貴族の一員になると言う事はお忘れなく」

「位はなんになるんだ?」

 従者は少し間を開けてから、

「──男爵様でございます」

 と、言った。

「家はどうするんだ? 今まで通りの借家で良いのか?」

 俺が聞くと、

「勿論今まで通りでもかまいませんが、大家さん次第でしょうか」

 と、従者は言った。

 確かに、俺が男爵になったと聞けば、今までよりも更に気を使わせてしまう事になる。中々住み良い家だったが、しょうがないのかもしれない。相談次第だ。

 やがて、王の間へ着くと、従者は扉を叩いた。

「国王様、シャルル様をお連れいたしました」

「よし、入れ」

 中から声がする。国王の声だ。

「それでは、失礼致します……」

 従者は身を屈め、王の間へと入る。俺もそれに倣い、王座に座る王の待つ部屋へ足を踏み入れた。庶民は許しがない限り、王の顔を見てはならない。

「よく来た、シャルルよ」

 顔を上げよ、と、王は言った。

「は!」

 俺は答え、顔を上げた。

 階を数段上がった先に、王を真ん中に王妃とアイリスの姿がある。久しぶりに見るアイリスは、やはり美しい。

 と、俺は先客に気が付いた。見知った背中だ。

「隊長!?」

「シャルルか!?」オリヴィエは振り向き、おどろいたような声を出した。「まさか、お前が姫様の従者に?」

「ま、まぁ」

「そうだ、オリヴィエ。今日からシャルルは銃士隊ではなく、アイリスの従者となる」王は言った。「今からシャルルの銃士隊除隊式を執り行う」

 なにか言う事はあるか? と、王は問う。

「いえ、なにも」

 オリヴィエは言った。王は俺へも視線を向ける。

「なにもございません」

 淡々と俺は答えた。

「よし。シャルルは、アイリスの従者へ昇格。男爵の位を与える」

「は!」

 俺は声を張り上げた。もう後戻りはできない。

「以上だ。三名とも下がって良いぞ」

 王の言葉に、俺たちは背中を向けてはいけないと、後退って王の間をあとにした。

「案外呆気なかったな」

 扉が閉められた時、俺は思わず口に出した。

「俺はドキドキしたぞ。ある銃士の銃士隊除隊式と聞いていたから、まさかお前がそうだったとはな」オリヴィエはなおも続けた。「悪さでもしたのかと思ったが、姫様の従者に昇格、更に男爵の位を与えられるなんて」

「あんまり言うなよ」

 照れるだろう、と、俺は言った。

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