第105話 来客

 翌日、昼過ぎ頃にフランシスが訪ねて来た。

「やあ」

 羽根帽子を取り、彼はそう言った。

「なんでここにいる事がわかったんだ」

 なんて恐怖だ。家の扉を開けた俺は、閉め出したくなった。

 それを見ていた母が、

「シャルル、折角来てくれたのだから、拒んではだめよ」

 と、言った。母は強し。俺は仕方なく、彼を家に招き入れた。

「エタンから、恐らく故郷に帰省しているのだろうって言われてね、訪ねてみたんだ」でも……、と、フランシスは首を傾げ、「キミは王都から四日かかったって言っていたよね。でも、どう考えても休みながらでも二日ほどでキミの村についてしまった」

 なぜだろうね、と、言う。

「俺もそれが謎なんだよ」俺は言った。「狸に化かされたんじゃないか? って結論が出ている」

「そっか。そうかもしれないね」

 え、本当に信じてくれるの?

「狸は神秘の生き物だからね。時に人に化けて時を誤魔化したり、幽霊に化けて人を驚かしたり」

「そうなのか」

 本の虫がそう言うのだ、なんとなく納得の行く答えが出た気がする。

「シャルル、いつまでお客さんを玄関に立たせておくの。美味しいお茶一杯どうぞ」

 母がティーポットからカップへ紅茶を注ぎながら言う。

「ありがとうございます」

 俺が道を開けると、フランシスは己の家のように椅子へと腰かけた。

「紅茶は百度で淹れるのが美味しいのよ。でも私たちは猫だから、もう少し冷まさないと飲めないけれど……」

「ボクは大丈夫です!」

 そう言って、フランシスは紅茶を一口啜った。

「本当に大丈夫?」

 母は彼を覗きこむ。フランシスはカップを置くと、

「美味しいです! スモーキーな異国風の香りがまた堪りません」

 と、言った。

「これは現国王が皇太子時代に捧げられた紅茶なの。美味しいでしょう」

 母は言う。そうなのか。知らなかった。現国王と言う事は……アイリスの父親か。

「そう言えば、あれからなにかあったか?」

 冷めてきたカップを取り、俺は尋ねた。

「なんにもないよ。でも、キミは姫様の従者になるんだから、王都に早く帰った方が良いと思うよ。ボクはそれでキミを迎えに来たんだから」

「そうか」

 俺は紅茶を一口飲んだ。確かに、王女付きの従者になるのならば、もうそろそろ王都に帰らなければならないだろう。国王からの通知書が来ているかもしれない。その辺りは、エタンでは対応できないだろう。

「よし、行くか」

 と、俺は席を立った。

「ボクはここで待ってるよ。支度をしてくれば良い」

「わかった」

 フランシスからの言葉を返す。

 階段を上がった所で、父とぶつかった。

「どうしたシャルル。そんなに急いで」

 金づちを片手に持った父は問う。

「銃士隊の仲間が迎えに来たんだ。王都に戻る事になった」

 また帰ってくるよ、と、俺は伝えた。

「よし、頑張ってこい」

 俺の両肩を叩き、父は言った。

「うん!」

 俺はそう言って、自室へと入った。

 開け放たれたままの窓を閉じ、上着を脱いでヴェストを着る。ゆったりとしたパンツも脱ぐと、銃士隊の隊服のパンツを履き、その上に入れるようにブーツを履いた。

 そうして荷物を持ち、部屋をあとにした。もしかしたら、もう帰る事がないかもしれない。扉を閉める時、そんな寂しさが、刹那胸を過った。

「お待ちどうさん」

 階段を下り、俺は言った。

「お、じゃあ行こうか」

 フランシスは立ち上がる。

「大丈夫なのか?」

「なにが?」

「馬とかだよ。なにより、疲れてないか?」

 その言葉に、フランシスは嬉しげに、

「ボクの事心配してくれるなんて、やっぱり好き!」

 と、抱きつかれた。

 本当にオスとメスだったら、銃士隊を抜けて、二人でここに帰るだろう。しかし残念ながらフランシスは性別はないとは言え、オスに分類される。生殖器官がないのだ。子供を作ることができない。

 その辺り、神は残酷だと思う。

「行ってらっしゃい、シャルル」

 母は、笑顔で俺たちを見送った。

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