ロッコ国への訪問編

第102話 新たな旅立ちへの序章

 馴染みの酒場に入ると、店主が奥から顔を出し、

「いらっしゃいませ──と、隊長さん!」

 無事に帰ってこられたのですね! と、声を張り上げた。

「また世話になるぞ」

 オリヴィエはそう言って、一番奥の大人数用の席へと足を向けた。酒場はある程度に客が入り、秘密の話をしたとしても、耳を傾ける者は誰もいないだろう。

 席に着くのとほぼ同時に、葡萄酒と人数分のグラスが運ばれて来る。葡萄酒の注がれたグラスが全員に行き渡った時、

「それまでは、我らが隊長、そうしてマウロ、フランシス、シャルルの無事の帰宅に乾杯!」

「乾杯!」

 ディディエの音頭に、杯を交わす。この酒場の葡萄酒は、契約している葡萄農園とそれに続くワイナリーを有している為、クォーツ国の王都の中では美味しい類いに入るのだろう。

「お料理も今持ってきますからね」

 そう言って、店主は店の奥に消えていった。

「いやぁ、本当に帰って来たんだな」

 と、ダミアンは目元に涙を浮かべる。泣かれる程ですか。

「そう泣くなよ」

 オリヴィエは苦笑する。

「半年くらいぶりか? 寂しかったぜ」

 ディディエが俺の肩を抱く。俺を挟んで隣に座るフランシスが一瞬睨んだように見えたが、無視しておこう。

「結構楽しかったよね! シャルル」

 無理矢理俺の腕に己の腕を絡め、フランシスは言う。

「あ、あぁ。そうだな」

 押され気味に俺は答える。その態度に、マウロが軽く葡萄酒を吹き出したのが見えた。

「どんな所に行ったんだ?」

 と、ダミアンは尋ねる。

「色々な所に行ったよ。灼熱の国や、絹の道の始まりの島々とかな」

 俺は答えた。

「牢屋に繋がれたりもしたよねー」

 すかさずフランシスが言う。

「牢屋!?」

 ダミアンがおどろく。

「でも、あの時の姫様格好良かったよね。全裸で皇子にレイピアの矛先を向けてさ」

「全裸!?」

 こいつわざとダミアンをおどろかそうとしているな。彼は混乱した様子で、助け船を求めるように俺を見る。

「姫様が砂漠の国の王子に見初められてしまってな。そいつが俺たちの事を牢屋に閉じ込めて、姫様と遣ろうとしたんだ。その前に俺たちの前に姫様を連れてあらわれたのだ」

「おう……」

 気がつけば、銃士隊員の皆が俺たちの土産話に聞き耳を立てていた。

「幸い姫様が居眠りをしていた牢番から奪った鍵を投げてくれて、俺たちは牢屋を出る事ができた。そうして皇子の叫び声が聞こえた部屋へ急ぐと、」

「姫様が全裸でその皇子にレイピアを突きつけていた訳か」

 さすが姫様、と、ディディエが言った。

「だが、そのあと皇子にシャルルが刺されて気を失ってな」

 葡萄酒を一口飲むと、オリヴィエは付け足した。

「銃士の身として恥ずかしい事ながら……」

 俺は頭を掻く。

「いや、無事でなによりさ」

 と、マンチカンのシモンが言った。

「まだ傷あるの?」

 と、フランシスが聞くので、

「あるぞ」

 俺は答える。すると皆が、

「見せろよ」

 と、俺を脱がしにかかった。セクシャルハラスメントだ。なんて職場なんだ銃士隊。俺は検討違いの場所を剥く隊員たちを振り切り、ヴェストをめくってみせた。

「ほら、ここだよ」

 大分塞がったが、まだ傷の上に毛は生えていない。改めて、中々生々しい傷痕だ。早くしまってしまいたかったが、皆が覗きこんで来るので、下手にしまえない。

 結局、しばらく脇腹を覗かれたままだった。更に今日は運がないのか、料理を運んできた店の店主にまで見られてしまった。

「大丈夫かい? シャルルさん」

 心配する店主に、

「あぁ、もう痛みはない」と、俺は群がる猫の群れから顔を出して答えた。「どけ、もう」

 俺は銃士たちを引き剥がす。ついでにフランシスも振りほどきたかったが、痛いほど強く腕を抱き締めてられていた為、それは叶わなかった。だから痛いです、フランシスさん。

「シャルルさん、お客さんだぜ」

 店主が言ったのはその時だった。客と言えば、やはりかの黒猫だろう。

「伝令を承けたまって来ましたよ、ご主人」

 さぁ緊張する時間だ。皆がエタンの言葉に耳を傾けている。

「どうだった?」

「はい、国王はアイリス姫様のご結婚の前に、ポワシャオ皇女の結婚式に参加する事を承諾なされたようです」

 やった。良いニュースだ。

「それで?」

 と、俺は問う。

「同行者は同じく旅をした、オリヴィエ様、マウロ様、フランシス様、そうしてご主人だそうです」

「やったー!」

 フランシスは喜んで尻尾を振った。

「いつ出発するのだ」

 オリヴィエが尋ねる。

「十日程くらいあとになるそうです」

 エタンは答えた。

「わかった。店主! グラスを一つくれ」

 俺はキッチンまで叫ぶ。

「了解、今持ってくるから待っていてくれ!」

やがて店主があらわれ、グラスを俺に差し出した。俺はそこに葡萄酒を注ぐと、エタンへと手渡した。

「ご主人、これは?」

 と、彼が聞くので、

「お前の分だよ。伝令を伝えてくれた礼だ。約束した葡萄酒一瓶は明日にでも買ってやる」

「あっしエタン、ありがたき幸せでございます」

 と、ちびりちびりと葡萄酒に口を付け始めた。

「頑張って来いよ!」

「また土産話を待ってるぞ!」

「元気でな!」

 ディディエを始めとした銃士隊員たちが言う。

 別に十日はこの町にいるので、今生の別れのように言われると、戸惑ってしまった。

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