第100話 王都へ

 肖像画の用事が早く終わったので、今日は宿に泊まる事なく、宿場町を出る事となった。

「馬を飛ばせば、夜になってしまいますが、今日中にクォーツ国王都に着く事ができますよ」

 御者を務めると申し出たオリヴィエが言った。そうか、もうそんな距離なのか。

 長い旅をしてきたわりには、どこか呆気ない旅のような気がする。何度も言うが、クォーツ国を出発したのが昨日の事のようだ。

「じゃあ、頑張って王都まで、お願い」

 と、アイリスは答えた。

「わかりました」オリヴィエはそう言って、「さあ、早くお乗り下さい。お前らもだぞ」

「はい! 隊長!」

 アイリスが乗り込んだのを確かめると、俺たちも急いで馬車へと乗った。

 なぜかって? それはオリヴィエが馬鞭を振りかざそうとしたからだ。

 俺が乗るか乗らないかのと同時に、馬車は走り出した。かなりスピードを出している。馬が疲れないかの前に、この馬車が大丈夫か心配だ。

「悪いお願いしてしまったかしら……」

 不安げにアイリスは言った。

「いえ、言い出したのは隊長です。その点も計算済みでしょう」

 と、俺は答える。案外考えてなかったりして。いや、そんな事はないはずだ。

「もう今夜には私の部屋で眠っているのね……」

 なんだか不思議な気分だわ、と、アイリスは呟いた。

 俺たちはその頃無事の帰宅に銃士隊で杯でも交わしている事だろう。従者のエタンにも、家を護ってくれた礼として葡萄酒の一瓶でも奢ってやろう。

彼は葡萄酒に目がない。きっと喜ぶはずだ。

 大家の夫妻は元気だろうか。ルチェ諸島での贈り物が届いていると良いのだが。

 旅の想い出が、走馬灯のようにぐるぐると回る。別に俺は死ぬ訳ではないが。

「でも、もしかしたらまた旅ができるかもしれないよね!」

 フランシスは言う。ポワシャオ皇女の結婚式の事だろう。

 彼は強気にそう言っているが、その事を父王が許すかどうか、正直わからない。なんたって、俺たちは庶民なのだ。

 庶民と王族とは、高い壁がそびえている。王族の気まぐれの一言で、庶民の人生が変わる事もあり得るのだ。

 アイリスは、それをわかっているのだろうか。

「一緒に行けたら良いわね」

 と、彼女は頬笑んだ。

 やがて、日が傾いて、馬車の中が茜色に染まり始める。

 あと少しで、王都に着いてしまう。

「隊長、あとどれくらいだ?」

 馬車の前の垂れ布をめくり、マウロが問う。

「もう少しだ。城壁が見えてきたぞ」

「え、本当?」

 と、アイリスが返事をした。

「見ますか?」

 珍しくマウロが場所を開ける。

「見たいわ」

 マウロに代わり、今度はアイリスが前方を臨む。

「ボクも気になるー」

 フランシスはそう言って、アイリスに近づいた。俺も参加したい。

「ほら、フランシス、シャルルも。とても綺麗よ」

 アイリスが手招きをしてくれたので、俺も王都のチラ見に参加できる事になった。ありがとうございます、姫様。

 クォーツ国の白い城壁が、朱く染まっている。確かに綺麗だ。マジックアワーと言うやつだろう。それがどんどんと近付いて来、間も無く馬車はクォーツ国王都の門の前に着いた。

「夜までかからなかったわね」

 と、アイリスは言った。

「そうだねー」

 フランシスが答える。

「お帰りなさいませ! 姫様!」

 門番が声を張り上げる。

「ただいま!」

 馬車から顔を出し、アイリスは手を振った。

「城までは馬車で行きましょう」

 オリヴィエが言った。

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