第99話 異国の食べ物ケバブサンド

「そこのハチワレ、動くなよ」

 鉛筆で当りをとりながら、ジビエールはマウロに言った。

「おう……」

「しゃべるな!」

 案外口煩い爺さんだな。俺は心の中で悪態をつく。やがてしばらく皆でじっとしていると、

「よし、あとは力を抜いて良いぞ」

 ジビエールの言葉に、皆で胸を撫で下ろす。

「ありがとうございます」

 アイリスが言うと、

「まだ完成ではないがね。出来上がり次第、クォーツ国の姫様宛にお送りするよ」

 さぁ、絵に集中したいから出ていけとばかりに手を振られてしまった。

「当りの他は見ないで描くんだね」

 フランシスが囁くと、

「なんじゃと?」

 不機嫌な声が返される。

「あ、ごめんなさい」

 彼は言う。

「まぁ良い。全ては頭の中に入っているんじゃよ。一度見たものは忘れないのじゃ」

 筆に油絵の具を乗せ、ジビエールは言った。

 一度見たものは忘れないと言う能力がある事を、聞いたことがあった。恐らく、ジビエールもその能力の持ち主なのだろう。

「わかりました、完成を楽しみに待っています」

 と、アイリスは微笑した。


 アトリエから出ると、日差しがまぶしい程に昇っていた。昼時だ。

「またサンドイッチのお店とか出てないかな」

 フランシスが言う。

「お、それ良いな」

 俺は言った。

「探してみましょうか」

 もしかしたらあるかも、と、アイリスは言葉を継いだ。

「そう言えば、街角にピタパンの看板を見たな」

 と、マウロが言った。お、案外目ざといですねマウロさん。

「行ってみるか」

「そうしよう!」

 オリヴィエの言葉に、フランシスが乗った。ピタパンか。さぞかしエキゾチックな昼食になる事だろう。

 広場に出ると、マウロの言う通り、ピタパンを模した看板に、”ケバブ”の文字が刻まれていた。

 ケバブか。絵美と一度食べた事がある。

「いらっしゃい」

 店に近付くと、店員が声をかけてきた。

「ケバブサンドを五つ」

 おいくらかしら? と、アイリスは首を傾げる。

「一つ3オーロで、計15オーロだよ」

「ありがとう」

「今作るから待っててくれよ」

 回る肉の塊から肉片を切り出し、店員は白い歯を見せた。

 ピタパンにキャベツを入れ、その上から肉を詰める。そうして、独特の匂いのするソースをかけた。これが絶品なんだよなー。

「はいよ! まず一人目」

 店員はアイリスにケバブサンドを手渡した。

「ありがとう! んー、良い匂いだわ」

 ケバブの匂いを嗅いで、うっとりとした声でアイリスは言った。

店員は次々とケバブサンドを作り出し、手渡して行く。皆その香りに喜んでいた。俺もケバブサンドを受け取ると、大口を開けて、それを頬張った。

 ソースと肉、キャベツの味が混ざって異国的な風味を醸し出し、とても美味い。塩コショウの他に、なにかスパイスの効いた肉に、さっぱりとしたキャベツと、濃厚なソースが絡んでいる。ケバブサンドってこんなに美味しかったかな。

「美味しいね!」

 フランシスが喜んでいる。

「そうね」

 アイリスも同意のようだ。

「俺の見つけた店だぞ!」

 喜んでもらって良かった、と、マウロが得意気に言った。

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