第98話 アトリエ・ジビエール

 夜が明け、布団から起きると、既に皆目を覚ましていた。マウロはまだ眠たそうにあくびをしている。

「おはよう」

「おはよー!」

 元気ですね、フランシスさん。

「隊長、朝食は?」

 と、俺が尋ねると、

「もうすぐ運ばれて来るんじゃないか?」

 そんな適当な答えが返ってきた。

 その時、ぐうと誰かの腹が鳴った。誰だ? 答えは俺だ。

「誰かの腹が既に空腹のようだな」

 己はしていない、と言う風に俺は言った。

「シャルルの方から聞こえたぞ」

 と、マウロが言う。うっ、鋭い。

「顔が言ってるよ、俺がしました。って」

 フランシスまで追求してくる。

 助けを求めるようにアイリスを見ると、

「シャルル、あなたに賭け事は向いてないわ」

 と、言い当てられてしまった。しかし姫様、いつ賭け事なんて習ったんですか。俺は悪い事を教える、賭け事大好きオリヴィエおじさんやマウロおじさんを睨んだ。

「な、なんだよ」

 マウロがそれに反応する。

「なんでもない」

 少しおかしくなって、俺は口角を引き上げた。

 その時、

「おはようございます! お待ちかねの朝ごはんですよ!」

 羊の女将が、パンの入ったバスケットと、なにやらスープの入った鍋を抱えている。匂いからして、パンプキンポタージュのようだ。

「美味しそうね」

 スープ皿が置かれ、そこに注がれて行くポタージュを見ながら、アイリスが口ずさむ。

「当店自慢のパンプキンポタージュですよ。是非ご賞味下さいね! 食器はそのままで出発されて構いません」

 女将はそう言って、部屋から出ていった。

「よし、食べるか」

 涎が垂れるのを我慢しているマウロを見、オリヴィエは言った。

「カボチャの良い匂い……」

 スープにパンを浸し、アイリスは頬笑む。濃厚なカボチャの匂いが漂ってくる。我慢できずに、俺もパンをスープへと入れて口に運んだ。

 美味い。カボチャの味がパンを包み込む。パンも、バターの効いた焼きたてのもので、正に美味いとしか言えない味だった。

 朝食を終えると、昨日オリヴィエの言っていた著名な肖像画家のアトリエに行こうと言う事になった。宿から出、広場に向かう。辺りをキョロキョロとして、目標物を探す姿は、さながら観光客のようだ。いや、実際そうなのだが。

「お、あったぞ」

 羽根ペンと絵筆がクロスした看板の下に”アトリエ・ジビエール”の文字が彫られた板がぶら下がっている。

「待って、ジビエールって……」

と、アイリスが顔を手で覆う。

「どうかしたの? 姫様」

フランシスが尋ねる。すると、

「昔肖像画を描いてもらった事があるかもしれないわ……」

 と、言った。

 え、それ本当?

「と、言う事はジビエール氏は元宮廷画家と──」

「今もそうじゃよ。悪かったな」

 俺の言葉を遮り、背後から声をした。おどろいて振り向くと、軽く腰の曲がった老人が立っていた。

「お客さんかい?」

 ジビエールが聞いてくる。

「あぁ、そうです」

 オリヴィエが答える。

 と、ジビエールはアイリスを見つけ、

「これは、もしやクォーツ国のアイリス姫様じゃないか?」

 覗きこんできた。

「はい、アイリス・ド・ラ・マラン・クォーツですわ、ジビエール様」

「そんなにかしこまらなくて良いんじゃよ。様付けなんぞ、恥ずかしい」老画家は言った。「で、今日はどんなご用件じゃい?」

「肖像画を描いていただきたくて……」

 アイリスは言う。

「肖像画はそう簡単にできぬもの。申し訳ないが……」

「小さなもので構いません。旅の想い出を作りたくて」

 アイリスは訴える。姫様そんなに旅を重視してくれていたのか。

「旅?」

 アイリスの言葉に、ジビエールが首を傾げる。

「はい、クォーツ国伝統の、継承権第一位のものがすると言う旅です。お父様も確か旅の最後にあなたに絵を描いてもらったと言っていました」

「ふむ。確かにアイリス様のお父上の肖像をお描きして差し上げました。旅の良い想い出です。わかりました。描きましょう」

「本当!?」

 と、アイリスは笑った。

「肖像画はお供の方とご一緒に?」

「ええ、勿論」

「わかりました。どうぞ、こちらに」

 アトリエの扉を開き、ジビエールは言った。

 アトリエの中は、油絵の具と画溶液の匂いに満ちていた。イーゼルの上に、描きかけの絵が置かれている。それを退かし、ジビエールは新たなカンバスを置いた。そうして、

「椅子があります。そこにお座りなさい」

 と、数個まとまって置かれた椅子を指差した。

「はい」

 俺たちは答え、椅子に座る。ちょうど五人分用意されていた。

 アイリスを真ん中に、両隣に俺とフランシスが座る。オリヴィエとマウロはその間から顔を出す形になった。

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