第97話 ピクルスとチャーシュー
やがて、風に揺れる草の海の向こうに白い塀が見えてきた。
「あれがリータの町だよ」
フランシスが指を差す。
「あの町はなにが有名なんだ?」
と、俺が言うと、
「著名の人物画家がいる宿場町だ。描いて貰うと良い」
馬車の中からオリヴィエが答えた。
「金がかかるんじゃないか?」
「まだまだスライムの落とし物が沢山ある」
じゃらじゃらと音がした。スライムだけでどのくらい稼いだんだ。
塀が近付いて来る。門番はいない。今までの町と比べ、余り人も出ていなく、寂しい印象を得た。
「なんだか寂しそうだね」
フランシスが耳打ちする。確かに、宿場町としては寂しいものだ。
「まずは宿を探そう」
と、俺は言った。ふと横を見ると、立ち飲み屋のような店に人が溢れているのが見えた。そうか、もう夕飯時か。
宿は、それから広場に出るとすぐに見つける事ができた。寝台を模した看板に、下に”In”の文字が刻まれている。
馬車を宿の前に止め、オリヴィエが馬車から飛び降り、交渉にいく為扉の奥に消えるのを見守る。しばらくすると、扉が開かれ、笑顔のオリヴィエが姿をあらわした。
「五人分と、馬車の手配ができたぞ。馬車は隣の馬屋を使って良いそうだ」
と、彼は言った。アイリスとマウロが馬車から出る。俺たちも御者席から飛び降り、マウロが馬を引っ張って行くのを見ていた。
「荷物は持ったから、馬車を止めたら外で待っていて良いぞ!」
オリヴィエはマウロに向けて叫んだ。
「了解、隊長」
マウロの声が返される。
「外で待ってろって?」
どういう事だ? と、俺が尋ねると、
「夕飯はバルで飲み歩こうと言う事さ」
宿の扉を開けながら、オリヴィエは言った。
「いらっしゃいませ」
「一晩世話になる」
受付の羊の獣人が穏やかに向かえる中、マウロを待たしては良くないと、素っ気ない態度をとってしまった。申し訳ない。
「部屋は二階の奥にある」
オリヴィエは早口で言った。皆兵隊のように頷き、部屋を目指した。部屋の扉を開くと、並ぶ寝台に、適当に荷物を置く。そうして、再び廊下に出、階段を下った。
「待たせたな……」
息も絶え絶えに、オリヴィエは待っていたマウロに言った。
「隊長大丈夫かよ」
オリヴィエのその姿に、マウロは心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫だ」オリヴィエは片手を上げる。「飲みに行こう」
本当に大丈夫ですか? 隊長。
「お、おう」
マウロは頷いた。
「お前以外の皆には説明したが、ここは飲み歩きができるのでも有名な町だ。今夜はそれで店を巡ろうと言う話になっている」
オリヴィエは顔を上げた。そんなに詳しい説明今聞きましたよ、隊長。
「まずはどこに行くんだ?」
俺が聞くと、
「酒が美味い店と、料理の美味い店、どっちが良い?」
と、問うてくる。
「料理が美味しいお店に行きたいわ」そう言ったのはアイリスだった。「飲み歩けるのなら、次にお酒の美味いお店によれば良いわ」
「そうですね」オリヴィエは言って、「こちらになります」
と、宿の隣にある店へと俺たちを導いた。
店にはほどほどに客が入り、食べ物の匂いが雑然と薫ってくる。酢の酸っぱい匂いや、こんがりと焼かれた肉の香りと言った具合だ。
まずは葡萄酒、そうしてピクルスとチャーシューを頼み、運ばれてきた葡萄酒で乾杯する。
「クォーツ国の繁栄を祈って乾杯!」
「乾杯!」
葡萄酒は、一口飲むと、結構良い味わいのするものだ。
「隊長、ここも結構お酒、美味しいですよ?」
俺が囁くと、
「ここは料理がもっと美味いんだ」
と、誇らしげな口調でオリヴィエは言った。
やがて、カウンター越しにピクルスとチャーシューが出される。一人、一人分食べてしまうと楽しみがなくなると言うオリヴィエのアドバイスで、二人と三人で分かれ、料理を注文した。
「美味しそう……」
「そうね……」
三人組になった俺とアイリスとフランシスで、料理を覗きこむ。ほどよく脂の乗ったチャーシューは、醤油の良い香りが漂ってくる。おどろいた事に、ピクルスの匂いがそれを妨害しないのだ。
まず、ピクルスをフォークで掴み、口に運ぶ。恐らくセロリだろう。酢の匂いが爽やかに鼻に抜ける。美味しい。
「美味しいね!」
同じくピクルスを食べたフランシスが声を弾ませる。
「チャーシューも中々よ」
と、アイリスが言う。それに従ってチャーシューを食べると、確かに美味い。暖かいチャーシューで、脂身がさっぱりとしている。醤油と共に煮込まれた八角の香りが、口の中に広がる。これはいつまででも食べていたい。
「美味しいですね」
俺は言う。
「ね!」
と、アイリスは微笑した。
「次の店に行くぞー」
オリヴィエの声がする。
「ピクルスを食べていないわ」
アイリスは慌てて最後のピクルスを口にすると、皆と連れ立って外に出た。
外は風が心地好く吹いている。月はまだ天上に昇っていない。
それから数件の店を飲み歩き、夜も更けた頃、俺たちはほろ酔い気分で宿に戻った。
「もう飲めない……」
アイリスはそれだけ言うと、寝台に倒れこんだ。そのまま寝息が聞こえてくる。
「もうそろそろクォーツ国だね」
フランシスが口火を切った。
「そうだな」
寝台に座り直し、オリヴィエは言った。
「長いようで短かったな」
マウロは天を仰ぐ。
「なんだか旅の始まりが懐かしいな」
俺が答える。
「また旅ができると良いね」
寝台に手をつき、フランシスは言った。
「もしかしたらポワシャオ皇女の結婚式に向かう時にお供するかもしれん」
オリヴィエが屈んで膝に肘をついた。
「隊長もそれを望んでいるのか!?」
俺はアイリスを起こさないように声を潜めつつ言った。
「まぁな。長く旅をした仲だ。情も湧くさ」
「ちょっと隊長、姫様に情って」
オリヴィエの言葉に、フランシスが苦笑する。
「まあ良い。寝るぞ」
思わず出た言葉だったのだろう、オリヴィエは照れ隠しのように、布団に潜り込んでしまった。
「ボクたちも寝ようか」
「そうだな」
「あぁ」
口々に言って、残された俺たちも布団を被った。
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