第96話 変えられぬ思い

「今度はどこに向かわれますか?」

 昼食を食べながら、オリヴィエはアイリスに尋ねた。いつもの問いかけだ。

「ポワシャオの事もあるし──早めにクォーツ国へ戻りたいわ」

 なにより私も結婚を控えているし、と、アイリスは続けた。

 そうか。アイリスとボニファーツ伯との結婚式を忘れていた。このまま結婚しなくていいと言えと、悪魔が耳元で囁く。そんなことできる訳ないじゃないか。

「ただ、王様が許してくれるかだね」

 パンを一口齧り、フランシスは言う。確かにそうだ。

「それ以前に、国王にポワシャオ皇女様の事を伝えたのか?」

 そう言ったのはマウロだった。

「あ……」

 アイリスが頭を抱えてしまった。まぁ、連絡をする手段がなかった事も確かですから、そんなに悩まないでください姫様。

「結婚式の準備が着々と進んでいたりして……」

 フランシスが不吉な事を言った。

「あぁー、ありうる……」アイリスは言葉を絞り出した。「結婚したくない……」

 姫様既にマリッジブルーですか?

「私からもお父様に進言してみましょう」

 と、オリヴィエがかしこまって言った。何気に一人称私になってる。

「本当?」

 アイリスは顔を上げる。

「本当です。私如き庶民がお役に立てるかどうかわかりませんが」

「ボクも一緒に言うよ!」

 フランシスが手を上げた。一瞬、オリヴィエがそれを想像して青ざめたのを俺は見た。

「お前、国王の前でなにかやらかしたら怒られるのは俺なんだぞ……」

 育児に疲れた父親のような声で、オリヴィエは言葉を吐き出した。過去になにかあったのだろうか。

 俺が銃士隊に入った時には、オリヴィエは既に隊長職に就いていた。

「なにかあったのか?」

 好奇心には勝てない性質だ。俺はオリヴィエに耳打ちした。

「王妃におもむろに抱きついた変態がいてな……そいつはすぐに国を追放されたが、俺が大目玉食らった一番最初だな」

 うわぁ、次もあるんだ。聞かない事にしよう。

 会話をしているうちに、昼食を食べ終えていた。

「姫様も急ぐと言っていたし、出発するか」

 オリヴィエが立ち上がる。

「今日中には着かないぞ?」

 と、俺が言うと、

「宿場町があるだろう。夕方にはそこに着く筈だ」

 オリヴィエは続けた。

俺が初めて王都に向かった時分は、休む事なくマーシ村から馬を駆けたので、四日で王都に着いたが、今回はそうは行かないだろう。馬車を引く馬も、疲れてしまう。

 近いようで、王都は案外遠い。

 皆して宿の部屋を出、階段を下りる。オリヴィエが会計をしている間に、俺たちは馬屋から

馬車を出した。

「昼食代まけてもらったよ」

 と、がめつい商人のような事を言う。

「じゃあ、出発しよっか。御者はボクがやるよ」フランシスがそう言って御者席へと座った。そうして、少し席にスペースを開け、「ほら、キミも来なよ」

 と、俺に言ってくる。

「なんでそうなるんだ」

 俺が言うと、

「えー、だめ?」

 と、聞いてきた。これは断ると面倒くさそうなので、

「わかったよ」

 俺は御者席に乗り込んだ。

「なんだか姫様になったみたい」

 と、フランシスは言う。お前、それが目当てか。

「もうちょっと隙間を開けろよ」

 彼の言葉を無視して、俺は身体を動かした。

「宿場町は真っ直ぐ行けば良いの?」

 と、フランシスは後ろに振り向く。

「あぁ、そうだ」

 奥からオリヴィエの声がする。

「わかった」

 フランシスは答え、前を向いた。目前には、やはり果てしないほどの草原が広がり、太陽が良く見える。地平線へ沈んで行く姿も、これならばわかるだろう。

「風が気持ち良いね」

 俺に向かい、フランシスは言った。

「そうだな」

 と、俺は答える。

「もうクォーツ国に帰るのかー。なんだか複雑だな」

「国王次第でまた旅に出るかもしれないぞ?」

 俺の言葉に、フランシスは目を輝かせ、

「そうだね! まだキミと旅ができる」

 と、言った。その声は、至極嬉しそうだ。

「別に手の届かない所にいく訳ではないんだ。大袈裟だな」

 俺は腕を組む。

「だって、姫様の従者だなんて、雲の上の存在だよ」

 その声はどこか寂しげだ。

「まだ決まった訳じゃない」

 慰めるように俺は言葉を継いだ。もうほぼほぼ決まりだが。

「ボクもなれたら良いのに……」

「それじゃあ銃士隊が人数不足になってしまうだろう。少なくともお前は銃士隊には必要な存在じゃないか」

「……本当?」

 そうだよ、と俺は答えた。

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