第95話 祭りのあと

 目覚めると、既に太陽が真上に上っていた。やばい、寝過ごした。

 しかし起きていたのはアイリスだけで、他の銃士たちは未だ睡眠を貪っている。昨日あれだけ酔っ払ったのだ、睡魔に勝てる筈がない。本当に恐ろしい祭だった。

「おはよう」

「おはようございます」

 あくびまじりに挨拶を交わす。

「受付の娘さんが、みんなが起きたら料理を運ぶから呼んでくれって言っていたわよ」

 でも……と、アイリスは辺りを見回す。

「起きる気配がないですね」

 俺が言うと、

「そうね……」

 彼女はため息を吐いた。ここは銃士隊特有の起こし方か? などとも思ったが、怒られそうなので止めておく事にした。

「マーシ村でマウロがされたように尻尾を踏めば良いのではない?」

「あれは隊長だったから良かったんです」

 そうだ、一番下っ端の俺がやったらおじさんたちになんと言われるかわかったものじゃない。

 俺は寝台から立ち上がり出窓から外を見た。ぼろぼろになったモチーフが、街角に放置されている。そうして、所々酔っ払いが地面に寝ていた。それを蹴り起こす掃除人も大変そうだ。

「祭のあとは、なんだか寂しいものね」

 アイリスが少し寂しげに言う。

「そうですね」

 伸びをしながら、俺は答えた。

「んー、あ?」

 フランシスが起きたのはその時だった。

「おはよう」

 と、アイリスが彼を見る。

「あ、姫様おはよー」

 フランシスは軽く挨拶すると、俺のいる窓際に足を向けた。

「なんだよ」

 と、俺が言うと、

「いや、お祭のあとを見てみたくて」

 物好きだな。

「壊れたモチーフと酔っ払いが寝てるだけだぞ」

「えー、先に言わないでよ」

 と、文句を言われる。

「別に良いだろう。減るものじゃない」

「キミって、ミステリー小説の犯人をまだ読んでないやつに言うタイプだろ」

 フランシスは俺に詰め寄った。

「なんだと?」

 俺は少し苛ついて、声を強めてしまった。

「喧嘩は止めて!」

 と、アイリスが俺たちの間に入る。まずい、我を忘れかけていた。

「すいません」

 俺がアイリスに謝ると、彼女はフランシスを指差し、

「フランシスにも」

 と、言った。確かにそうだった。

「すまん、フランシス」

 俺は頭を下げた。

「ボクも悪かったよ」ごめんね、と、フランシスは言った。それから己の寝台に腰かけた。「姫様とキミ以外はまだ寝てるの?」

 と、彼は聞く。

「そうらしい」

 俺は言った。

「これは日頃の鬱憤を晴らす為に……」

「尻尾だけは踏むなよ」

 彼の言葉を先に読み、俺は釘を刺す。

「ちぇっ」

 フランシスは舌打ちした。マーシ村での騒ぎを見ているだろう。

「起きるまで話でもするか」

 と、俺は提案した。

「そうね。そう言えば、みんなが眠っている時に息抜きに外へ出たの。そうしたらポワシャオからの手紙を持った伝書鳩がやって来たのよ」

 それは興味深い。で、その鳩はどうしたのだろうと俺が見渡すと、アイリスの寝台の柱に、ひっそりと止まっていた。

「良いね、どんな内容だったの?」

「えぇと、」アイリスは懐から手紙を取り出し、「ハダ王子と中々上手くいってるみたい。そして、二ヶ月後には結婚式を上げるって書いてあったわ。私もお父様に頼んでロッコ国に向かえるようにしなくちゃならないわ」

 そうか、ポワシャオはハダの国に嫁ぐのか。と、姫様今恐ろしい事を言いましたね。

「ロッコ国に向かわれるのですか?」

「えぇ、だめ?」

 だめじゃない。と、甘やかしたくなる。しかしそれを父王は許すだろうか。

「ボクたちが一緒に行けば良いんだよ!」

 と、フランシスが名案を口にする。

 確かに、共に旅をした俺たちの方が、父王も許してくれるかもしれない。

「そうだな……!」

 俺は言った。

「また旅ができるのね」

 決まった事のように、俺たちははしゃいだ。その声に、眠っていた他の二人も起き出し、不思議そうな顔をした。

「なんだ?」

 あくびを一つして、オリヴィエは目を見開く。

「ポワシャオ皇女の結婚式に姫様が招待されたようで、それでクォーツ国の王にまたロッコ国まで旅をしていいかと聞こうと言う話をしていたんだ」

「そうか──って、本当か!?」オリヴィエはおどろきで目覚めたようで、「おめでとうございますと伝えておいてください」

 と、口早に言った。

「俺からも頼みます」

 完全に覚醒したマウロが言葉を継いだ。

「みんな起きたわね!」アイリスは一度手を叩き、「食事を持ってきて貰うように行ってくるわ」

「あ、姫様」

 俺が手を伸ばしたのも虚しく、アイリスは羽根が生えたように軽やかに、扉を開けて外に出ていった。

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