第13話 釣り


「シャルルー、どうした?」

 フランシスの声に、ふと我に返る。

「あ、あぁ。ごめん」

 束の間、記憶の海に沈んでいたようだった。俺はかぶりを振った。

「例の姫様にそっくりって言う女の子の事でも考えてた?」

 容赦なくフランシスは言う。う、鋭い。

「まあ、そんなところ?」

 毛を掻いてその場を取り繕うと試みる。

「そう」と、フランシスが言葉を継いだ。「それならいい。絶対に実りやしない思いだ」

 とんでもない事を仰りますね。しかし、もしアイリスが心変わりして──

「結婚はもう決まってる事だよ。もう一回言うけど、諦めるんだね」俺の心を読んだかのようにフランシスは言った。「キミはボクの家に来ると良いよ。食事も豪華だし、今寝ている寝台より一層大きな天蓋付きの寝台がある。寝巻きもシルクだし、至れり尽くせりだよ」

 それは豪華だ。

 と、その時、

「釣りでもしないか?」

 オリヴィエが扉を開いた。

「釣りぃ?」フランシスは首を傾げる。「なんでまた急に」

「たまには良いじゃないか。潮風を感じながら。シャルルもやるよな?」

 この微妙な雰囲気から逃れる良い口実ができた。ありがとう、隊長。

「そうだな!」

 思わず声が弾んでしまった。

「まぁ、キミがするなら……」

 と、フランシスも賛成して、三人で部屋を出た。

 リビングでは、マウロがオリヴィエから賭け事で奪ったのだろう煙草を嬉しげに並べている。アイリスはいまだ己の部屋から出てこない。先ほど聞いた悩みなど、考え事でもしているのだろう。

「良い獲物を期待してるぜ」

 と、マウロが言った。

「お前もやれよ」

「俺は大地を釣る事が得意だが良いのか?」

 と、腕を曲げる。筋肉が膨らんでいるのがわかった。

「なら止めておこう」

 オリヴィエは肩を竦めた。


 船員から借りたと言う釣竿と手網を持ち、それぞれ位置につく。俺の後ろにオリヴィエ、少し離れた隣にフランシスと言った具合だ。

 直ぐ真下に、魚の群れが見える。そこに釣糸を垂らせば、当たり前の事だが、直ぐに当たりが来た。しかし、案外重い。小魚を狙ってきた大物だろうか。

「お、おおお、お」

 思わず出た声に、オリヴィエが驚いて振り向いた。

「どうした?!」

 その言葉に、ぼうとしていたフランシスも顔を向ける。

「いや、案外大きいのが釣れそう……」

「本当に?」

 喜んだのはフランシスだ。

 糸を手で手繰り寄せ、たまに泳がせる。弱って来た所を、一気に引っ張り上げる。そうして海から引き上げると、手網で救い上げた。これは、カツオか? 兎に角持ち上げてみると、俺よりも大きい。

「凄いな」

 釣れた魚を見、感心したようにオリヴィエが腕を組んだ。後ろ見て後ろ。

「シャルルったら凄いね!」と、フランシスが提案する。「厨房に持っていったら夕飯に出して貰えるかな」

「そうだな」

 俺は答える。中々のご馳走になりそうだ。

 その後、オリヴィエがイカを釣り上げ、俺の提案で、その場でコックに捌いて貰った。俺の釣ったカツオは、夕食のメニューに困っていたコックが喜んで仲間を呼び、それは厨房へと消えていった。

 釣りたて、更に捌きたてのイカはコリコリとして美味い。

「これは何もしないやつには食べさせられんな」

 と、オリヴィエが言った。三人だけの秘密の味だ。

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