第14話 告白

 リビングに戻ると、マウロはソファに持たれかけ、睡眠を貪っていた。

「お、戻ったか」俺たちの気配で目覚めた彼は言う。「良いのは釣れたのか?」

「夕飯をお楽しみに」

 俺の代わりに、フランシスが指を立て言葉を継いだ。そうは言っても、何が出てくるのか俺も見当もつかない。カツオの藁焼きとか出てくると嬉しいなぁ、などと考えた。

「嬉しそうだね」

 と、フランシスが言った。

「まぁな」

 俺は誇らしげに髭を上下させる。なんたって、己の成果だ。アイリスも、喜んでくれるだろうか。

「あー、また姫様の事考えてるー!」

 そんな俺の姿に、フランシスが嫉妬の眼差しを向ける。

「ちょっと報告だけしてくるよ」

 俺は軽く手を上げ、アイリスの部屋の扉を叩いた。

「姫様、入りますよ」

「どうぞ」

 アイリスの声がする。なんだろう、どこか寂しげだ。

「失礼します」

 と、俺が部屋に足を踏み入れると、丸窓の縁に頬杖を付いたアイリスがいた。その横顔は、やはり哀愁を帯びている。

「シャルル……」

アイリスが俺の名を呼んだ。様子がおかしい。

「如何なされましたか?」

 俺がオリヴィエを倣い跪くと、彼女は俺の頭を撫でた。

「あなたに私の従者になって欲しいと考えているのです」

「え?」

 撫でられるままになりながら、俺は言葉を発した。国を守る銃士から、姫を護る従者に──それは嬉しい事だ。だが、

「私はこの旅が終わったら結婚します。それも、名前と、肖像画でしか知らない人と。そうしていつかはクォーツ国を司る者になるのです。それを、見守って欲しいの」

 なんて残酷な事を言うのだろう。俺は泣きそうになった。しかし、アイリスは俺の気持ちを知らないのだ。絵美と似ていると言うだけで、淡い恋心を抱いていると言う事を。

 むしろ、俺の方が酷い男だ。

「──わかりました」俺は立ち上がった。そうして、「一度だけ、抱きしめさせていただけませんか?」

 と、尋ねた。邪心などない、純粋に彼女の暖かさを知りたかったのだ。

「良いわよ」

 疑いなくアイリスは言う。

「……ありがとうございます」

 俺はそう言って、アイリスを抱きしめた。少し力を強めれば、耳に吐息がかかる。こんな華奢な身体で、良くレイピアを操るものだ。

隼人であれば、この段階で口付けをするのが妥当だろう。しかし、シャルルでは、それは赦されない。俺はアイリスを抱いた手を退け、一歩下がった。

「──失礼いたしました」

 アイリスが何も言わない。どうしたのかと思い顔を上げてみると、幸福そうな顔つきで、彼方を見ていた。

「もふもふ……最、高」と、布団に倒れこむ。「たまには抱きしめて」

「はぁ」

 と、俺は知られない程度のため息を吐いた。一世一代の告白が、こんな形で終わる、いや、続くとは思わなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る