第35話 もう後戻りは出来ない

「さてパジャマに着替えよう!」和室に行きいつものピンクになって戻って来る。


「綾乃さん、ギャップすごいですね」


「だってこの方がハードルが上がらなくて新さんが仲良くしてくれるんでしょう?」


「着替えてもさっきの印象が強く残っていてハードルはすぐには下がりませんね」


「そうなの、せっかくいつものピンクにしたのに、じゃあ持ってきたネグリジェにすればよかった、スケスケの!」


「そんなのを持ってきたんですか?」僕はひきつった。


「ウソよ、そんなの持ってません」呆れた顔で僕を見ている。


「もうかんべんしてください……」がっくり肩をおとす。


「これ、お土産のラスク、美味しいんだから」憎らしい程の可愛い笑顔で微笑んだ。


「はい、いただきます」抵抗できない僕は袋を開けてラスクを食べ始める。


「美味しいでしょう?」


「はい、ところでお父さんとはしっかり話した?」


「もちろんよ、だからこうして帰って来たんでしょう」


「何を話したの?」


「色々と思ってたことをしっかり話した、そうしたらパパもママが亡くなったことでナーバスになってたって反省していたわ。それに会社の人との結婚させる話も無くなった。自分で道を探したいって言ったら応援するって言ってくれたの」


「それでここのことはなんて言ったの?」


「とても親切で優しい人がお祖父ちゃんの別荘を買っていて、風邪で倒れた私を助けてくれたって、それから気持ちが落ち着くまでアルバイトさせてくれたって。それに集落の人も私のことを知っていて、待っていたように歓迎してくれたし真一お祖父ちゃんのことも話した、だからしばらくはこっちでアルバイトしながらこれからのことを考えると言ってきた」


「ふーん、僕のことは何も言われなかったの?」


「一緒にいても手すら触らないし別な部屋で寝るまじめな人って言ったら、その人は女の人に興味がない人なのか?って聞いたから、たぶんそうではないと思うって答えといたよ」久々の小悪魔が微笑みの中から顔を出す。


「えっ、何それ?……」


「でも、私に幸せの意味を分かりやすく教えてくれたし、ちゃんとパパと話しなさい、そう言ってくれたって言ったらなんとなくどんな人かわかったみたい。パパは仕事は成功したけど、ママに合うまであまり幸せだと思わなかったらしいわ」


「そうなんだ………」


「だからまた別荘にいきたいって言ったら納得してくれた、その人によろしく伝えてくれって」何故か自慢げだ。


「よろしく……ですか」僕はその言葉にすごく重みを感じている。


「そのうちあいさつに来たいから、訪ねてもよくなったら電話してほしいって言ってたよ」


「えっ、ここに訪ねてくるんですか?」


「だって大切な娘だから心配なんでしょうね」


「でしょうけど……」


「やっぱり綾乃さん高崎に帰ってください、僕には荷が重すぎます」頭をかきむしった。


「いやです、帰りたくなるまで絶対に帰りません」口をとがらせさらにへの字にした。


「なんか責任がすごく重たい気がします。僕は一体何をしでかしたんでしょう、集落の人たちは婚約者だと思ってますからね……」


 綾乃さんはニコニコと笑いながらシャンパンとグラスを持ってきた。


「なんですかそれ?」


「パパがくれたの、二人で飲んでって、シャンパンよ」


「うわっ高級そうなシャンパン、ゲッ……ボンペリって書いてある、ホストが入れてもらう高いやつじゃん」


「そうなの、たぶん種類が色々あってそんなに高くないと思うけど……」


「僕が一生買うことのないものですね」


「いいじゃん、パパがくれたんだから」


「それを飲んだらもう後戻りできない気がします」


「どういうこと?」


「いえなんでもありません」


「はい、再会のカンパイをしますよ」グラスにシャンパンをそそぐと目の前に置いた。


「カ……カンパイ……」まるでマリオネットのようにあやつられてそれを飲んだ。


「美味しい!やっぱ高いのかなあ」無邪気にグラスを持ち上げて見ている。


「美味しいです……味が深い……深すぎる……」


「新さんこれからもよろしくね、そうだ携帯の番号教えて」自分のスマホに僕の番号を入れた。


「これで買い物するときも色々聞けるね」嬉しそうに微笑んでいる。


いったいこれからどうなるんだろう?大きな不安の中に少しだけ嬉しさが混じっている。

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