第29話 猫撫で声の魔の手
夕食になっても僕は虚ろな目だった。綾乃さんは子供を見る母のような優しい顔をして僕を見ている。
「新さんは私のことがキライなんですね?」切なそうに聞いてくる。
「そんなことないです、でも僕みたいなパッとしないやつが綾乃さんのような綺麗な人に恋すると、きっととんでもないしっぺ返しがくるような気がするんです。『思い知れ』って言われて…………よく映画やマンガでパッとしない主人公が可愛いヒロインと結ばれたりしますが、あれは夢の話で実際にそんなことがあるわけはないんです」
「ふーん、じゃあ新さんは私のことは好きにならないんですね?」寂しそうな顔で僕を見つめた。
「好きになってるから困ってるんじゃないですか」ふてくされた。
「えっ、好きになってくれてたんですね?」泣きそうな目で見ている。
「はい」うつむいた。
「やった〜!」綾乃さんは一気に元気を取り戻した。さっきの表情は嘘泣きだったようだ。
「私の勝ちですね、だって新さんは私のことが好きで、いつでも胸に飛び込んでよくて、帰りたくなかったらずっといてもいいってことですよね」
これまでに見たことのない満開の笑顔で僕を見ている。
「えっ……そんなことになりますか?」僕は心細そうにたずねる。
「はい、今はその三つがあれば私は幸せです」そう言い切った。
一気に主導権が綾乃さんへ移った。僕は不安になりなんとか対策を考える。
「綾乃さん、確かに僕は綾乃さんが好きだと言いました、しかしその好きはライクです、ラブではありません」ささやかな抵抗を試みる。
「ライク〜……そんなあ〜……」綾乃さんはみるみる表情をくもらせ、泣きそうになっている。
「あのう……限りなくラブに近いライクです」訂正して綾乃さんを心配そうに見た。
綾乃さんはそれを確認すると「とりあえず今のところはそれで勘弁してあげます」ペロリと舌を出すとウインクした。
「小悪魔め!……」僕は完全に小悪魔にひれ伏した。
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