第25話 心が躍り出そうとしている
リビングへ戻ってしばらくすると、ガシャリと音がして玄関のドアが開く。
綾乃さんはまた大量の荷物をもって帰ってきた、しかも今回はリュックまで背負っている。
「どうしたの、まるでドラマで見た戦時中の買い出しだね」
綾乃さんは頬を膨らすと「リュックおろすの手伝ってよ」そう言って背中を向けた。
「わっ重い、なにこれ」
「お米よ、5キロのおーこーめー!」
「綾乃さんすごいね、うけるー……」僕はのけぞって笑った。
綾乃は口をとがらせながらキッチンへ運ぶと、てきぱきと冷蔵庫や棚に収納する。
「新さん、ちょっと大き目の鍋が安かったので買ってきました、これで作り置きもできるし、二人で鍋もできますよ、また1週間美味しい生活が送れますよ」
「そうですか?」僕は意味がよく分からなかったが返事をした。
「シンクの下にカセットガスや炊飯器もあるのが分かったのでこれからもっといろいろできます」綾乃さんは自慢げだ。
「さてここで問題です!」綾乃さんは人差し指を立てて少し揺らした。
「鍋があってポン酢やごまだれがあります、牛肉が半額でした。いただいたお野菜も残ってます、今日の夕食はいったい何でしょうか?10秒でお答えください、ピッ・ピッ・ピッ・」
「もしかして…………しゃぶしゃぶですか?」
「正解でーす、正解者にはデザートに杏仁豆腐が付きまーす」
「すごーい、楽しみです」僕は両手を上げてその場で2回ほど回り不思議な踊りを披露する。それを見た綾乃さんは笑い転げた。
「今日からはご飯も炊きますよ、麦もまぜて健康的なご飯になりますよ」
「お世話をおかけいたします」綾乃さんに向かって敬礼した。
しゃぶしゃぶの準備ができるとリビングのテーブルへカセットガスコンロが置かれ鍋が乗った。
「ピンポーン」チャイムがなり、ドアを開けると笹原さんが立っている。
「これはうちで作ってる原木シイタケだ、うまいぞ、それから知り合いが作ってる山ぶどうワインだよ、よかったら飲んでくれ」
「ありがとうございます、ちょっと待ってください、綾乃さーん」
「どうしたの?」
「こちらは笹原さん、真一お祖父ちゃんの幼なじみで今日水道のことも教えていたただいたんです」
「ああ、みつ子さんが教えてくれた笹原さん?初めまして神崎綾乃です、お祖父ちゃん私が来たことを喜んでくれるでしょうか?」不安そうに綾乃さんが聞いた。
「もちろんよろこんでるさ、だからこうしてささやかだがお祝いを持ってきたんだよ、お母さんによく似てベッピンさんだね、結婚式で一度見ただけだがね」そういって笑った。
「ありがとうございます、今度ゆっくりお祖父ちゃんのことを聞かせてください」
「ああ、いつでもどうぞ」にこにこと手を振って笹原さんは軽トラで帰っていった。
「明日いいところへ連れて行ってあげるよ」
「えっ、どこ?」
「内緒」
「あっ、ずるーい」
「楽しみはとっといた方がいい場合もあるよ」
「じゃあ素直に楽しみにしてまーす」口をとがらせてしぶしぶ納得した。
いただいたシイタケも準備すると、改めてテーブル向かい合って座りワインを開けてカンパイする。
「「カンパーイ」」二人の声がリビングへ響く。
「今日は何のカンパイなの?」
「お祖父ちゃんがよく来たねって言ってるカンパイかな?」
「素敵、でも二人の門出のカンパイは入らないんですか?」
「えっ、二人の門出ですか?」
「だって、帰りたくなるまで居て良いって言いましたよね、ということは……帰りたくなかったら一生居て良いということですよね?」悪戯した少女のような目だ。
「え〜……!」僕は目を大きく開いた。両耳から蒸気が吹き出したような気がした。
「深く考えなくてもいいのです……とりあえずカンパイしましょう」
僕は綾乃さんに押し切られてワインを飲む。
「ホレホレ」綾乃さんは僕の目の前で牛肉をひらひらさせて鍋へと沈めた。「どうぞめしあがれ」
僕はそれをすくい取るとポン酢につけ一挙に口へと放り込む。
「うお〜……うまい」そしてワインをぐっと飲んだ。
「幸せだー!最高だー!」絶叫した。
綾乃さんもうれしそうに肉をほおばってワインを飲んだ。原木シイタケはとても香りがよく歯ごたえも素晴らしい。
「天国のお祖父ちゃんありがとね」綾乃さんは少し瞳を潤ませる。
外でフクロウが「ホーッ」と鳴いた、まるでお祖父ちゃんが『聞こえてるよー』と言っているように思えた。
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