第19話 ぬくもりで元気をください

僕は少し考える。「だとすると……もう一度和室へ入りますよ」そう言って押し入れに行き、紙の箱の大きい方を引っ張り出す。小さい方も考えたが、今出すのはなんか違うように思えた。


「この箱には写真やアルバムが入ってました、もし身内の方に合えたら渡そうと思って捨てずに残しておいたんですけど」そう言って紙箱をテーブルの綾乃さんの前にそっとさし出す。

綾乃さんはその箱をそっと開けてアルバムと写真を見始めた。


「僕はメールをチェックするので」そういって綾乃さんがゆっくり気兼ねせず見れるようにパソコンを立ち上げると、メールなどの確認を始めた。


しばらくすると「グスグス」と鼻を鳴らす音が聞こえる。

振り返るとティッシュペーパーを大量に抜き出し顔に押し当てている綾乃さんが見えた。


「父の幼いころの写真とかあって、うれしいやらおかしいやら悲しいやら、私気が変になりそうです」そう言うと「ブーッ」と思いきり鼻をかんでいる。


「捨てなくてよかったです」僕は微笑んだ。


「新さんが優しい人でよかった、でなきゃこの写真を見ることはできなかったから」涙をいっぱいためた目で僕を見ている。


「僕がこの家に入ってきて中を見渡した時に思ったのは、自分の最後の時が近づいていることを知っていたんだと思いました。そして最愛の人を迎え入れる準備をしてから亡くなったじゃないかと思いました。

だから本棚と写真を捨てることができなかったんです」僕は本棚の前に立った。


「新さん、私ここに来てよかった」そう言うと僕の胸に顔をうずめる。

僕は少し抱き寄せると背中を優しくさすった。


しばらくの間綾乃さんの嗚咽が聞こえた、僕は胸が暖かく濡れていくのを感じている。30分ほどに感じられたが、実際は10分ほどだったかもしれない。綾乃さんは僕の顔を見上げた。


「ごめんなさい、新さんの胸をベトベトにしてしまいました」


「いいんです、こんな胸でよかったら遠慮なくどうぞ」僕は目じりを下げて微笑む。


「受け止めてくれる人がいるっていいですね、だって一人じゃないんですもの」


「そうですね、一人でいるのはやっぱり寂しいですよね」思わず本音をもらしてしまう。


 綾乃さんはふと我に返ったようで恥ずかしそうに僕から離れた。2人はしばらく無言になってしまった。なんとなく気まずい…………。


「私いろんなことがいっぺんに頭の中に入ってきてパニックになってしまいました」


「大丈夫ですか?」


「はい、たぶん……」


「そうだ、先輩と引っ越し祝いで残っちゃったお酒がありますけど、飲んじゃいますか?」


「いいんですか?」


「今夜は飲んで楽しくなっちゃいましょう」


「賛成です」綾乃さんは少しだけ元気を取り戻した。


簡単なつまみを用意して和室に低いテーブルを出し、ハイボールの缶を開ける。


「カンパーイ」


「なんの乾杯ですか?」綾乃さんが聞いてきた。


「うーん、綾乃さんの歓迎会とお祖父ちゃんに合えた乾杯かな……」


「私を歓迎してくれるんですか?」


「もちろんです」僕は大きく頷く。


「じゃあ、新さんとの出会も一緒に」綾乃さんは微笑んだ。


和室には穏やかな空気が流れ、二人は少しずつ和んでいく。


二人は学生時代の話や失敗など、世間話を楽しんだ。

酔ってきた綾乃さんは「うっ気持ち悪い」と少し下を向く。


「大丈夫ですか?」心配そうに近づくと、僕を捕まえて胸に顔をうずめた。


僕はひきつった「えっ……ここでもどさないで……」心細そうに言うと。

すっと顔を上げて満面の笑みで「嘘でーす」と答えた。


「えっ!…………」思わずあっけにとられて呆然となる。


「だって新さんは『こんな胸でよかったら遠慮なくどうぞ』って言いました」

口を尖らせ上目遣いで僕を見ている。


「それはあんな状況だったので…………」言い訳をしながら不覚にも可愛いと思ってしまう。


「うれしかったんです、だからもう一度してみたくなったんです」綾乃さんは酔って小悪魔を少しだけ見せた。


僕は綾乃さんの髪から漂ってくる良い香りと肌の暖かさ、そして可愛らしさになすすべもなくおぼれて行った。

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