第20話 並んで歩き出した二人
朝、キッチンから聞こえる音で目が覚める。おそるおそる起き上がると綾乃さんが朝食をはこんできた。
「おはようございます」ニコニコと僕を見ている。
僕は心をギュッとつかまれたような気持になった。まるで新婚の朝みたいな感じではないか。思わずキスをするドラマのような妄想が脳内へじわっと広がる。
あわてて顔をぶるぶると振って妄想をかき消した。
「新さん卵が好きでしょう、だからスクランブルエッグですよ」
サラダにパンとポタージュスープまでついている。僕は目をパチパチと音が出るほどまばたきした。
「おいしそうです、でもなんで卵が好きだと分かったんですか?」
「見てれば分かりますよ」
「やっぱりバレてしまうんですね」ただただ感心する。
二人は両手を合わせ「いただきます」そう言って頭を下げると食べ始める。
僕はおいしさに「うーん」と思わずうなってしまった。
まるで「こう作ってほしかったんでしょう?」と言わんばかりの味付けだ。
「あなたのことは全てお見通しよ!」と言われているような気がする。
「とってもおいしいです、でも綾乃さんのバイトが終わって手料理が食べられなくなるかと思うと恐怖になりますよ」ほうばったまま、思わず本音が漏れる。
「じゃあずっと雇ってもらってもいいですよ」首を横にして僕を見た。
「可愛い!……うっ……水……」言葉にならない言葉が喉に詰まった。あわてて水を飲み込み、ふ〜っとため息をつく。
「もう〜……小心者をからかわないでください」涙目になりながら綾乃さんを見た。
「私、当分雇ってもらえたらうれしいな」さらっと言い放った。
確かに綾乃さんがいてくれた方が楽しいしうれしい、すでに胃袋はつかまれている気がする、しかし気持ちだけで世の中は渡れないのだ。
嬉しさと、居心地の微妙に悪い朝食は美味しく終了した。
やがて仕事を始め、横で綾乃さんはデータの入力をしている。
何故か心がホカホカと温かい。
二人のたたくキーボードの音がリビングに響き、活気を感じてホッとする。
お昼になると綾乃さんは昼食の準備にとりかかった。
しばらくするといい匂いがしてきて、僕はそわそわし始める。
綾乃さんはニッコリと料理をはこんできた。
「お待たせしました、お昼はパスタですよ」そう言って僕をテーブルへ招いた。
二人で向き合い手を合わせて食べ始める。なつかしい喫茶店のランチメニューみたいな感じだ。サラダとスープもついている。
「高崎パスタですよ」綾乃さんはニッコリした。
「えっ?…………」思わず聞き返す。
「なんでもないです」
「…………」何か不思議な風が通り過ぎたような気がした。
「おいしかったー!」僕は両手を合わせ、深々と頭を下げた。
「それは良かったですね」綾乃さんは微笑んでいる。
僕はとても贅沢な時間を過ごしてるような気がした。
午後になって綾乃さんはデータ入力で肩が凝ったのか、肩と腕を回している、袖からブラがチラッと見えた。
『ガ〜ン!!!』衝撃が僕を襲う。僕はハッとして目をそらす。
「う……………いかん、心に良くない!」僕は髪をくしゃくしゃと掻きむしった。
しばらくしてやっと落ち着いたので、綾乃さんへ声をかけた。
「そうだ、散歩に行きませんか?」と、誘ってみる。
「いいですね、行きたいですう」うなずいて外へ出る準備を始めた。
二人は別荘を出てバス通りをゆっくりと散歩する。里山の風景はとても開放的で気持ち良い。しばらく歩くと畑で作業する女性がいた。
「あっ、みつ子さん、この前は色々と教えていただきありがとうございました」
「ああ、バスで一緒になった……えっと……えっと……」
「綾乃で〜す!」
「そうだ思い出した綾乃ちゃんだ、買い物はうまくいったかい?」
「はい、思ったものがしっかり買えました」
みつ子さんはニッコリ頷いた。
「そうだ、野菜がいっぱい育ったから持っていきなよ、一人じゃ食べきれないからね」
「えっ、いいんですか?助かります」綾乃さんは畑に入っていくと数種類の野菜をもらってきた。
「ほら、こんなにもらっちゃった」嬉しそうに僕へ見せている。
僕はみつ子さんに「ありがとうございます」と頭を下げた。
「いいねえ若い人たちは、ご夫婦かい?」
二人は一瞬だけ顔を見合わせ固まる。
「いいえ」僕は慌てて手をひらひらと振った。
「そうかい、まだ夫婦じゃないのかい、じゃあ今が一番楽しい恋人どうしだね」みつ子さんは勝手に納得している。
「恋人どうしなんて恥ずかしいです」綾乃さんが照れる。
「お似合いのカップルに見えるよ」腰を伸ばしながら笑っている。
僕は少しひきつった笑い顔で頭をポリポリかいた。
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