第17話 恋の芽にワクワクと言う肥料を!
綾乃さんはバス停で年配の女性と知り合い、買い物に行く場所やお店のアドバイスを受けたらしい。スーパーや薬局などを回り大量の荷物を抱えて帰ってきた。
「ただいまー」玄関に崩れ落ちるように座り込んだ。
「バスなのに、良くそんなに持ってこれましたね、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、かなり重たくてへとへとですけど」悲痛な声で息も切らせている。
「すみません、やっぱり一緒に行って手伝えばよかったですね」
「ついあれもこれも必要だと思って、気がついたらこんな荷物になっちゃってハハハ……」おでこに滲んだ汗を指先ふいている。
「お疲れ様でした」僕は深々と頭を下げた。
時計を見るとすでに夕方になっている。綾乃さんは荷物をキッチンへはこぶと、夕食を作り始めた。
やがてキッチンから良い香りがただよい、リビングにも届いて来る。
僕はエンターキーをパチンと叩き、仕事を終了させた。
テーブルに並んだ夕食は意外なものだ、サラダと肉野菜炒め、チャーハン、中華スープだ。綾乃さんは自慢げに両手を広げ「さあどうぞ」とままごとをする少女のような笑顔を披露している。
「はい、おいしそうです」僕は内心ではもっとレストラン的な見た目の料理が出てくるのかと思っていたので、少し拍子抜けしている。
「今日はスーパーで特売品中心のメニューですよ、ブタ肉のこま切れは半額です、もやしはなんと1袋9円です、卵は10個100円です。今夜は『節約定食』でーす、どうぞめしあがれ!」
「なるほど、それはすばらしい!さそっくいただきま〜す」
二人は両手を合わせて食べ始める。僕はその味に驚いた。
「おいしい!……超おいしいです!」
食べてみると味や香り食感、どれをとっても納得させられる。彩の良いサラダに、しゃっきりとした野菜とうまみたっぷりに仕上げられた肉野菜炒め。パックのご飯はチャーハンへ生まれ変わり、少し味は薄めに仕上げられて全体の味付けが濃くならないようにまとめられている。中華スープは溶き卵が 僕ごのみにできていた。
「こんなにおいしくてしかも『節約定食』なんて最高ですね、綾乃さんを尊敬しちゃいます」僕はすごい勢いで食べた。綾乃さんはそれをうれしそうに見ている。
「1週間分の食材を5000円で買ってきましたよ、だから月に2万円で食費がまかなえます。もちろん健康のこともちゃんと考えてますよ、ただお米は重くて買えませんでしたけどね」少し自慢げに話した。
「僕一人だったらもっとお金がかかるのに不健康な食生活です、それに渡したのは1か月分の食費ではなくて1週間分のつもりでした」
「そんなにお金をかけなくてもおいしいご飯は食べられますよ」綾乃さんは笑っている。
「僕は家庭料理の意味が分かったような気がします。外食とちがってやさしくてほっとするし、しかも健康的で経済的だ。家庭って素晴らしい物なんですね」僕は何度も頷く。
「新さんは幸せの意味は知っているのに、家庭のすばらしさは知らなかったんですか?」不思議そうに首を傾げた。
「まあ僕は一生家庭を持つことはないと思っていたので、家庭に興味を持たないようにしていたかもしれません。もし知ってしまったら一人が耐えられなくなってしまいそうですから」僕は少しだけ口を尖らせる。
「新さんならとっても優しくて暖かい家庭が作れそうに思えますけど」ニッコリ見ている。
「やめてください、一人で生きていくのがつらくなるでしょう、まったく」
僕は少し居心地が悪くなって、椅子を後ろへずらす。それを見た綾乃さんはクスクスと肩を揺らしている。やがて二人はにこやかに食事を終えた。
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