第15話 リビングでプレゼン

「あのう、新さんはなぜこの別荘を買って山里で暮らそうと思ったんですか?」


僕はムクッと顔を上げる。


「それを説明するには相当時間がかかるんですけど?」


「夜は長いのでよかったら聞かせてください」両ひじをテーブルについて、両手の上に顔をちょこんと乗せ興味深げにのぞきこんでいる。

その可愛いしぐさに『ゴクン!』と息をのむ。


「むむむ……………」僕は気づかれないように深呼吸をそっとした。


「僕は大学でコンピュータを勉強していて、先輩と作ったプログラムが評価され今の会社に入りました。でも人付き合いが苦手でいつも一人だったんです。

先輩が心配してコンパとか連れていかれました、すると綺麗な女の人から「暗いのがうつるから離れて!」そう言われました。ショックでした。

そんな時にこの別荘が売りに出ていることを知って1人で暮らしたいと思ったんです」少し寂しい顔になってしまった。


「今はネットでどこにいても仕事ができる時代なので、契約社員にしてもらってここにいます」


綾乃さんは口をへの字にして怒っているようだ。


「新さん、そんなことをいう人とは知り合いにならなくてよかったです、私はそうは思いません。まだ会ったばかりですけど新さんは優しくて誠実な人だと思います、それにとても素敵です。訳の分からない私にさえこんなに優しく接してくれるいい人なのに」可愛く唇を尖らせた。


「ありがとう慰めてくれて、でも僕は自分の市場価値を分かっているので……」


「え〜?………そんなあ………」綾乃さんは更に唇へ力が入った。


「彼女は僕とかかわらない方が賢明だと思います」


「そんなことないです、私は新さんの味方になりたい」少しだけ寂しそうな表情をしている。


綾乃さんは遠くを見るような眼になった。


「母が亡くなる前に私の手を取って『幸せになってね』と言いました。私は母に『絶対に幸せになるよ』って言ったんです、でも本当は幸せって何かすら全くわからないんです」思い出して泣きそうになっている。


そんな綾乃さんを見て、なんとかしないといけないと思い、頭の中をフル回転させる。


「アメリカのある大学が幸せについて何十年も研究していて、その結果が発表されたんです、綾乃さんはなんだと思いますか?」


「えっ、まったく想像つきません」首を横に振り不思議そうに僕を見ている。


「その結果は良いコミニケーションだということでした。つまり信頼できる家族や友達がいる人は、病気にもなりにくくて幸せだと感じている人が多いそうです。

良いコミニケーションを持ってない人は、経済的に成功しても幸せと感じていないようなんです。つまり僕が思うには信頼できる人がそばにいて、そこに自分の居場所があることが幸せの本質なんだと思います、もちろん人によっていろんな幸せもあるとは思いますが」僕はなんとかしたいと思い、必死に話し続ける。


「綾乃さんはとても綺麗だし、優しいし、料理だってとても上手だ、だからきっと幸せの方から寄り添ってくるとおもいますよ」


綾乃さんは口をポカンと開けて僕を見ている。


「私、初めて出会いました、幸せを分かりやすく説明してくれた人に」綾乃さんは少しだけ目を潤ませると、僕をじっと見つめて言った。


「母が亡くなってから、ずっと出口の見えない真っ暗なトンネルにいるような気持でした。でも新さんはその暗闇に1本のろうそくをともしてくれたような気がします。とても明るくて暖かい気がします」綾乃さんは目を輝かせている。


「新さんてすごい!私尊敬します、今日から新さんのフアンになります」そう言って僕の手をにぎりしめた。


「アッ……えっ?…………うっ…………」言葉にならない。


僕は綾乃さんから寂しそうな色が消えたのは嬉しいんだが、強い圧を感じて思わずビビッてしまう。


「私ここに来てよかった、きっとお祖父ちゃんが導いてくれたのかもしれない」


「そうでしょうか?」僕は眉を寄せた。


綾乃さんは優しい表情で僕を見ている。

どうやら綾乃さんの信頼を、訳も分からず勝ち取ってしまったらしい。

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