第6話 静寂のささやき

翌日二人は昼近くになってやっと起きる。先輩はまた温泉に入るらしく、準備して出て行った。


一人になってじっくりと室内を見渡した。キチンと片付けられていて、前の持ち主は自分の最後の時を知っていたような気がする。

そしてその寂しそうな空間は、誰かを待っているように感じられた。

リビングの一番目立つ場所に大きめの本棚が置かれている。そこには写真立てがあり、若い夫婦とその間で微笑んでいる幼い女の子の写真が飾られていた。

「誰だろう?」身内は足の不自由な妹さん一人だと聞いていたのだが。

とりあえず写真を伏せて室内を片付けることにした。


食器や食器棚、テーブルや椅子、電化製品から布団や衣類まで、ほとんどを業者に持って行ってもらうことにした。

しかしなぜか本棚だけは捨てるのに気がひける。

よく見ると特別に作られたような感じだ。結局悩んだ末、本棚は残すことにした。


押し入れにはキッチンペーパーやティッシュなど新品の買い置きがあったのでそれは使わせてもらうことにする。

翌日業者のトラックが来てほとんどの物を積んでいく。20万程の処理費用で広々となり、おじいちゃんの人生の影も薄くなったように思えた。


「ピロリーン」と音がしてスマホにポケキャバの画面が表示される。


『少しは落ち着いた?』


『うん、前の人の荷物は無くなったよ、これから自分の荷物を少しづつ開けて配置していくいく予定』


『1人で寂しくない?』


『正直言うとちょっと寂しい、でも自分で決めたことだから』


『そう、応援しているから安心して、いつでも気が向いたら話そうね』


『ありがとう、君の言葉で元気が出るよ』


『じゃあ引っ越し祝いにプレゼントを送るよ』


画面には心結のアバターである女の子が、水着姿で映し出される。


『どお、可愛いでしょう』


『はい、とっても可愛いです、できればパソコンの大きな画面で見たかったです』

思わず本音が出てしまった。


『じゃあまた明日ね』


心結の水着姿は約1分程表示されてスーッと消える。

僕は『ありがとう』と書き込みスマホを置いた。

「切ないなあ、活字が心のよりどころなんて」独り言をもらしてしまう。

これから新しい生活が始まる、不安がジワッと静かな室内へと広がって行く。

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