第26話 崩壊道五十三次⑤



 想像すらしていなかったリタの魅力に内心ドギマギさせられながらも、なんとか目的の場所へ到着する事ができた。別に危なげなんかなくて、ただ俺が一人で一方的に焦ってるだけだった。


「ここが今日のでぇと場所?」

「そうだよ」

「自然いっぱい! 人もたくさんネ!」

「まぁ、休日だしね。勝手にどっか行って迷子になるなよ」

「大丈夫だよっ!」


 そう言ってリタは、一度離していた手をもう一度しっかりと、恋人繋ぎで指を絡めてきた。


「手ぇ繋いでれば、迷子にならないよっ!」

「そ、そうだね……」

「じゃあ行こう! 中也!」


 リタの音頭で歩き始める。計画をしたのは俺だけど、主導権は完全にリタに握られてしまっている。

 まぁ、結婚とかにおいて女性が権力持ってる方が上手くいくって話だし? いや、なんで俺結婚云々の理屈言ってんの? 俺には天王洲さんがいるじゃないか。こんな事でドキドキしてたら天王洲さんに合わせる顔が無いし、チャンスを棒に振ってしまう。

 いくら手を引かれても、その気持ちに靡く事はない。あってはならない。人の気持ちを、リタの気持ちを汲めないけど、それでも俺には俺の欲しい物がある。


「リタはさ、どんな人が好きなの?」

「どんな人? うーん、優しい人かな。あとは私と一緒に笑ってくれる人かな」

「リタの隣にいたら、笑顔が絶えないと思うけどね」

「それは違うよ。私と一緒に居ても中也、全然笑顔じゃないし」

「それはまぁ、リタが変な事ばっかりしてきてたからだよ」

「あはは〜……私のせいだったね〜」

「リタが普通に接してくれれば、普通に楽しいよ。何気ない言葉とかでドキドキさせられちゃうし。だから変な事は考えずに、リタは普通に人と接すればいいと思うんだ」

「今は普通に接しられてるかな?」

「うん。今のリタはフツーの女の子だよ」

「今は、そうなんだね」


 リタが少しだけ悲しい表情をした。普通と言われてた事があまり好ましくなかったのだろうか。今まではどちらかと言えば、普通とは違う身の丈の世界にいて、普通とは違う人との接し方をしていたリタ。だから普通って言葉に耳馴染みが無いのだろうか。


「昔はね、フツーに憧れてた。私もフツーに暮らしたいなって。政略とか権力とかに縛られないで、フツーに生きたいなって。けど、生活するならフツーでもいいんだ。けど、感情は違う」

「感情?」

「私は中也を口説かなきゃいけない。なら、フツーじゃダメじゃん? その気持ちがトクベツにならないとさ」

「確かにそれはそうだね。けど、選択肢は俺だけじゃないから。俺以外にもっとリタと合うような人はいるかもしれないし」

「ねぇ、中也。あそこ座ろ」


 自然公園内を話しながら歩いていて、人気のない空間にある屋根付きのベンチを指差して、リタはそう言ってきた。断る理由も無いし、リタの提案通りにベンチに向かった。

 リタが先に座り、その横に俺も座った。流石に手は繋いでない。目の前にはありったけの青々しい自然と綺麗とは言い難い濁った池。


「中也に言って無かった事あるから。本当はでぇとの前に言うべきだったんだけど」

「うん?」

「ごめんなさい」


 そう切り出してから、リタは俺に謝罪の言葉を口にしてきた。いきなりの謝罪。なんの謝罪なのか分からない。なんの為の謝罪なのか分からない。


「中也の事、利用しようとしてごめんなさい。たくさん迷惑かけて……ごめんなさい」

「リタ……」

「なのに、こんな私を気遣ってくれて、でぇとまでしてくれて、ありがとう」

「そこまで感謝されるような事でもないと思うけど」

「実はね、過去に同じ事……何回かしてるの」

「え?」

「誰一人として中也みたいな人はいなかったよ。みんないいよって言ってくれた。それでも、都合が悪くなると私を見捨てた」

「リタ……」

「だけど……このやり方しか知らなかったから……そうする事しかできなかったから……」

「でも、リタは違うやり方を見つけようとしてるじゃん。昔のリタとは違うよ」

「見つけようとしたんじゃない。中也が気づかせてくれたんだよ。間違った私を導いてくれたのは中也」


 特別何かをした訳じゃ無い。リタの為になったのかもしれないけど、大前提は自分の為だから。そんな勢いで感謝されてもちょっと困るってゆーか、感謝されたいからデートした訳じゃないし、結果的にも俺はリタを選ぶつもりは無いわけで……


「だからこれからはちゃんと……中也を口説くから。中也は俺じゃなくてもって言ったけど……少なくとも今のわたしには……中也しかいないから……」

「それは……リタの好きにしなよ」


 人が誰を思うのかは俺が決められる事じゃない。だからそれはリタの好きにして欲しい。俺がリタに靡くか靡かないかはわからない分からない。今は無い。けど、それもリタの頑張り次第だろう。どちらにせよ、リタ行動を。自分の春を売るような行為を辞めさせる事ができたのは大きな収穫だろう。


「ありがとう、中也」

「別にお礼を言われる事じゃないよ」

「なら、勝手にお礼を言って勝手に感謝するネっ!」

「それも……好きにしなよ」


 そう言ってリタは笑った。そうすると言って笑って、その表情には悲しみも曇りも憂いも無かった。


「うん、勝手にする! だからこれも勝手に……ネ!」


 そう言ってリタは俺に優しくKissを、唇ではなく頬にしてきた。まったく予想外の出来事だったから動けず、そのあとは動揺で動けずにいた。


「り、リタ……」

「今はまだ頬だけど、いつか中也の口に直接ね」

「だから……あまりそんな過激な事は——」

「中也にだけ、だよ」


 その目は鋭く俺を言って捉えてきた。彼女の宣言のような、宣戦布告のような、頬に触れ淡い感触。これからはもっと、いろんな意味で刺激的になりそうな気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る