第24話 崩壊道五十三次③



 第一回天王洲LOVE作戦の幕が開く。けど、天王洲さんを安心させる程の気持ちって具体的に何をすればいいのだろうか? やるしかないのは分かっているけど、これまた難題を出されたもんだ。


 ただ毎日好きだと言い続ければいいのだろうか? いや、そういった類の言葉は特別であるべきと天王洲さんが言っていたし、それじゃ意味が無いだろう。


「マジで分かんねー……」

「中也、ご飯できたよ〜」

「あー、うん。今行く」


 部屋の外から聞こえたリタの声。今日は部屋に乱入クエストは無かった。けど、相も変わらずリタの上手くもなく不味くもないご飯を食べながら、天王洲さんの言葉を思い出す。


《デートはちゃんとしなさい》


 言葉の意味は分かるけど真意は分からない。もし仮に、俺とリタに向けた気持ちが嫉妬心だとしたら、デートなんかもっての他だろう。それでも、デートはちゃんとしなさいってどういう真意があるのだろうか? もしかすると、俺は天王洲さんに遊ばれてる? 私を思いたければ勝手に思えば? みたいな感情なのか? 何それ俺死ねるんですけど……


「中也、なんか暗い顔してる〜」

「いや、ちょっと考え事な」

「悩みがあるなら、相談に乗るよ?」

「あーいや、いい。あと、リタっていつ空いてるんだ?」

「ご飯食べ終わった後は何も予定無いよ?」

「いや、デートの件だからこれからって訳じゃないけど」

「でぇと! する! したい! 中也とでぇとしたい!」


 この居候娘、俺の発言に身を乗り出して笑顔を振りまいてくる。あらやだ普通に可愛い。けど、俺の気持ちは天王洲さんに向いてるからその笑顔で落ちたりはしないからね? 俺を籠絡しようなんてそんな甘くないんだよ。


「だったら、空いてる日を教えてくれ」

「逆に中也の都合の良い日でいい! 私はそれに合わせる! 従う! 従順だから!」

「どこで覚えてくるんだそんな日本語……」


 俺の都合の良い日か。ゆーて俺も基本は暇人だし、とりあえず来週の休日に設定するか。だとするな、これはこれできっちりデートプランは考えないとな。天王洲さんと俺との約束と、俺とリタとの約束があるから。

 リタの知らないリタの魅力を知ってもらって、自信を付けてもらって俺から離れてもらい、そのまま俺は天王洲さん攻略ルートまっしぐらが一番の理想だ。


「とりあえず、今週の土日のどっちかに行こう。時間とかはある程度決まってから連絡するからさ」

「分かった! 待ってる!」

「うん」


 そんな大層に待たれても。あまり期待され過ぎるのも、現実とのギャップで幻滅されるのも恐いしな。俺とリタはそのまま夕食を食べ終えて、特に何事もなく一日を過ごした。









 ゆったりと流れるジャズミュージック。そして漂う紅茶の香り。あっま〜いイチゴショートケーキ。やっぱりケーキはショートケーキに限るね〜。


 最近見つけたこじんまりした喫茶店。オーナーみたいなおじさんの接客も丁寧だし雰囲気も良い。何より他にお客さんも全然いないから実質の貸し切り状態だった。


「今日はショートケーキのおかわりしようかな〜」


 そんな甘いケーキに浮かれながらも、考えているのはデートのプランだった。ルーズリーフ持参でいくつかのデートプランを考える。この前みたいな大型のショッピングモールとか、近場の自然公園だとか。あとは異国の人が好みそうな場所とかもリサーチしとかないとな。

 とりあえずはおかわりのショートケーキを頼んで、そんな風に真面目に考えていた。デートプランを真面目に考えていた時にその人はやってきた。


「邪魔するよ」

「え?」


 俺の座ってるボックス席の向かいに座ったのは女の子だった。ヘッドホンを首にかけて、紺色のパーカーを着ている黒髪ショートボブの美少女で、俺の知らない美少女だった。

 トレイの上にはチョコケーキと、透明な液体でシュワシュワしてるから多分サイダーだとは思う。


「あ、あの……席は他にも空いてると思うんですけど……?」

「だってここが僕の特等席だよ。言うならば君が勝手に座ってるんだよ」

「いや、お店の人にここを通されたんですけど……」

「だとしても、ここが僕の特等席な事には変わりないよ」


 よく分からない理論を繰り広げる彼女。変人、もしくは危ない人。変に絡まない方がいいけど、ショートケーキのおかわり頼んじゃったから帰るに帰れないし。


 すると彼女は席を立ってどこかへ行ってしまった。そして、その間に俺の頼んだ2個目のケーキが運ばれてきていて、その時におじさんは俺の目の前に置かれている謎のトレーに関しては触れなかった。多分連れだと思われたのかな。

 そしてしばらくしてから彼女は戻ってきて、そのまま自然な流れで俺の向かいに座ってサイダーと思しき飲み物をストローを使って一口飲んでいた。


 なんか妙な空気感。そんな空気感でショートケーキを一口食べるが……やべぇ、あんま味分からなくなってる。さっきは美味しかったショートケーキの味がイマイチ分からなかった。

 すると、突然伸びて来たのは銀色に輝くフォーク。それは真っ直ぐに俺の頼んだショートケーキに伸びてきて、一口分くらいをかっさらっていく。


「少し貰うよ」

「いや、もう食べてから言ってるじゃないですか……」

「たまに食べると美味しいね。けどチョコケーキの方がやっぱり僕は好きかな」

「は、はぁ……」

「僕のも一口食べていいよ」


 そして差し出されたチョコケーキ。なんか断ったら断ったでめんどくさそうだし、一応素直に一口分だけもらう事にした。けど、結局味なんかよく分からない。きっとこのショートケーキと同じくらいに甘いんだろうけど、全くその感覚が無かった。


「美味しいでしょ。僕が作ったチョコケーキ」

「え? これ貴女が作ったんですか?」

「そだよ。僕の名前は加隈かくま瑞樹みずき。君の名前は?」

「お、俺の名前は西宮にしみや中也ちゅうやです」

「在りし日の歌なら読んだよ。僕にはよく分からなかったけどね」

「あ、ありしひのうた……?」

「中原中也って詩人だよ。名前が中也だったからさ」

「そ、そうなんですね」

「中也は今高校生?」


 いきなり名前呼びですか……? 初対面なのに、初めましてなのにこんなにフレンドリーに接してくるこの子。やっぱりどこか普通ではない、只者ではない雰囲気だった。


「高一です」

「僕の後輩ってことだね」

「そうなんですね」

「別に敬語は使わなくていいよ。硬っ苦しいのは好きじゃないし。僕の事も瑞樹って呼び捨てでいいよ」

「あ、はい……」


 急激に距離を縮められてる。ってか、このチョコケーキ作ったって事はここの喫茶店で働いてる人だったのか。ってか本当に自由過ぎるだろ。


「最近よく来てたよね。厨房からたまに見かけてたよ」

「まぁ、帰り道に見かけて気になって入ってみたら、雰囲気が良くて」

「そうなんだ。あまりお客さんも入ってるの見たことないから、珍しかったよ」

「そんなんで経営、大丈夫なんですかね……?」

「喫茶店はおじいちゃんの趣味みたいな物だからいいんじゃないかな」

「おじいちゃんって事は、加隈さんはここのオーナーさんのお孫さんって事ですか?」

「そだよ。それに、敬語抜けてないし加隈さんじゃなくて瑞樹だよ。3度目は無いよ」

「あ、はい……」


 少しだけ怒られてしまった。何この理不尽な感じ。もう少し適度な距離感保ちませんか? あんまりそんなグイグイ距離を詰めるタイプじゃないんですよ俺。


「それにしても、中也はここで何してたの? 勉強?」

「いえ、少し考え事で」

「何を考えてたの?」

「まぁ、いろいろですよいろいろ」

「だから、なに?」

「えぇ……」


 プライバシーもクソもないよね。なんか取り調べされてるみたい。別に心底隠したい事でもないけど、あえて言う必要も無くないか、デートのプランを考えてるって。


「で、出かける予定を考えてて……」

「そうなんだ。じゃあ僕もついて行っていい?」

「え?」

「なんか中也面白そうだし」

「いや、これはもう先約がいるお出かけなので、加隈……み、瑞樹は一緒に行けない、かな……」

「そっか。じゃあ別で僕とお出かけしようよ」

「…………」

「美味しいケーキ屋さんに行きたいから、事前に調べておいて。あとこれ、僕の連絡先だから」

「えっと……」


 紙に書かれているのはメジャーな連絡アプリのIDだった。気がつくと彼女はサイダーもチョコケーキも食べ終わっていて、最後にまた俺のショートケーキを一口食べてから、またねなんて言いながら颯爽と店の奥に入って行った。

 最初から最後まで、おはようからお休みまで訳が分からない展開過ぎた。けど、何故だか知らないけど美少女の連絡先はゲットできました。


 まじでどうなってるんだこの世界は。




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