第19話 心酔琵琶湖⑤




 天王洲さんとのデートは順調に、それでいて順風満帆に進んでいた。近場のお店を指差して天王洲さんが何のお店か聞いてくるから、昨日叩き込んだ知識をフル活用していく。説明すると行きましょうと言って店内へと入っていくの流れを繰り返している。


「それにしても、西宮くんって詳しいのね」

「何がですか?」

「この施設のお店の事よ。私が聞いたらすぐに返事が返ってくるから」

「そりゃ、レディーをエスコートするのが紳士の務めですから!」

「本当は前日に丸暗記した、とか」

「天王洲さんってエスパーですか?」

「丸暗記なのね」


 そう言って微笑んだ天王洲さん。地道に付けた知識ではなく、前日に丸暗記した付け焼き刃な行為。それに対して良くないと思ったのだろうか。幻滅させてしまったのだろうか。


「ちなみにそれは、誰の為?」

「え?」

「自分自身の為?」

「そりゃ、天王洲さんの為に決まってるじゃないですか」


 ノータイムでそう返答した。いや、言い方からして俺がそう言うって分かってて言ったでしょこの人。

 そうだ。分かってるはずだ。だけど、目の前の美少女は先程と同様に顔を朱色に染めて視線を逸らしていた。


「いや、自分から仕掛けといて何照れてるんですか……」

「不意はズルいけれど、分かっていても……ズルいのね……」

「いや、別にズルくはないと思うんですけどね?」


 今日一日だけでっていうか、まだ一日すら終わってないけど、天王洲さんの可愛い姿がめちゃくちゃ見れている。眼福だし気分も良いし最高かよっ!


「恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!」

「じゃあ言わない方がいいですか?」

「それは……」


 ブンブンと振っていた尻尾が急にショボンとしたような、そんな印象だった。あーこの感じもたまらなく可愛いです。分かりますかこの可愛さ? 分かりますよねこの可愛さ? それがこの天王洲愛瑠って女の子の魅力なんですよ。


「たまになら言う事を許可するわ」

「毎日じゃダメなんですか?」

「毎日だと言われ慣れちゃうじゃない。そういう言葉はもっと……特別であるべきだわ」

「なるほど」

「それと、言う方も少しは恥ずかしくなったりしないのかしら?」

「無いですよそんなの。第一恥ずべき事じゃないです。心の底から真剣に天王洲さんを可愛いと思うから言うんですよ」

「そう言う意味なんじゃなくて……」


 頭から湯気が出るんじゃないかってくらい顔を真っ赤にした天王洲さんは、流石にキャパオーバーなのかその場にしゃがみ込んでしまった。けど、可愛いとかは普段から言われ慣れてると思うんだけど。それこそ好きだとかも。学校中の誰もが天王洲愛瑠を求めて、誰もが天王洲愛瑠に心酔してるんだから。


「わりかし言われ慣れてるとは思ってたんですけどね」

「人によるのよ……」

「俺なら響くって事ですね。ますます可愛いじゃないですか」

「もう……今日はそれ禁止……」


 普段は大人びた彼女から出てきたのは実に子供っぽい抗議の言葉だった。このやり取り、なんだか付き合いたてのカップルみたいな感覚。実際はまだ俺と天王洲さんは付き合ってないけど、きっと周りの人から見たらカップルだと思われてても何ら不思議ではないと自分でも思っていた。


「もう……次はあそこよ」

「アレはゲーセンですね」

「げーせん?」

「ゲームセンターの略です。メダルゲームだったりクレーンゲームだったり、他にもいろんなアミューズメントがたくさんありますよ」

「そうなのね」


 行きましょうと天王洲さんが言って、分かりましたと俺が言う。心地よいルーティンだ。


「結構音がうるさいのね」

「まぁ、そうですね」

「ぬいぐるみとかが売ってるのね」

「売ってるってゆーか、お金入れて取る的な感じなんですよ。このアームを操って」

「このアームを使えば本当に取れるの」

「取れはしますよ。お金を使えば」

「買った方が安く済むんじゃないかしら?」

「それを言ったらおしまいなんですよゲーセンでは」


 確かに、買った方が安いのは間違いないな。けど、クレーンゲームをするってその行為が楽しいみたいな所があるよね。お金はどんどん減っていくけどね。


「それに、クレーンゲームでしか手に入らない景品だってありますし、運や技術があれば買うよりも安く済ませられる可能性だってありますから。要は楽しむを大前提に、おまけに景品が取れるかも? みたいな感覚で遊ぶのが一番かと」

「そうなのね。せっかくだし、少しやってみようかしら」

「気になった景品とかあります?」

「あのうさぎのぬいぐるみ、可愛いなって」


 天王洲さんが指差した先には、ピンク色の体毛た可愛らしいウサギのぬいぐるみが景品になっているクレーンゲームがあった。

 詳しいやり方を天王洲さんに説明してって……詳しいってゆーか横と奥に進むくらいしかやる事ないけどこの台。


「とりあえず焦らず、ゆっくりでいいですよ」

「やってみるわ」


 天王洲さんがシンプルな黒色の財布を取り出して、その中から現金を……じゃなくてカードを出した。


「どこに読み込む機械があるのかしら?」

「天王洲さん、カードじゃ無理です。現金でお願いします」


 カードでクレーンゲームとか聞いた事ないぞ。何回払いにするつもりですか? もちろん一括ですよね。これが令嬢の力なのだろうか。

 そして、分かったわと言いながら天王洲さんは再度配布から現金を取り出した。そう、確かにそれは現金ですね。けど万札は流石に使えないんですよ。ウサギのぬいぐるみの為に何回やるつもりなんですかね? 諭吉出すくらいなら、それこそこんなもん普通に買った方が安いですよ。


「万札でも無理です。小銭じゃないと無理です。とりあえず俺が出すんでそれで試しにやってみてください」


 知らないから仕方がないとはいえ、中々にぶっ飛んだ間違え方をしていたので、普通に引いた。いや、でもそこが可愛いんですけどね? クセになります。クセになっちゃう。


「ありがとう。でも、先に一度やりながら説明してくれないかしら」

「分かりました」


 そう言ってまずは俺が500円を投入してサクッとプレイする。ただ横と奥にアームを移動させるだけ。隣で見ていた天王洲さんも簡単そうねと息巻いていた。

 一回やっただけだけど、中々に良い感じに移動させる事ができたので、これなら天王洲さんでも取れそうな気がした。


「じゃあ、次は天王洲さんどうぞ」

「えぇ」


 アームをまず右に動かして……あ、ボタンは長押しなんです。タップしたら止まっちゃうんですよ……


「ボタン長押しで、良い感じの所まで来たら離すんですよ。説明不足ですみません」

「中々に難しいのね……」


 俺が子供の頃なんか、特に考えもせずにクレーンゲームを覚えていたけど、御令嬢として17年くらい過ごしてると、それすらもできないのか。普段何事も素早く的確にテキパキとできる人がもたついて、テンパってる姿は保護欲がそそられる。結局6回すべて天王洲さんがプレイをして、まともに操作ができたのが6回中4回で、でも結局景品を取る事はできなかった。


「案外難しいのね……」

「まぁ、取りづらく設定はしてありますからね。そうしないと商売にならないですから」

「そうね」


 名残り推しそうにウサギのぬいぐるみを見つめる天王洲さん。そんな顔されたらもう、俺が取るしかなく無い? そう思い財布からもう500円を取り出して投入する。


「西宮くんもやるの?」

「天王洲さんにそんな顔されたら、取らないで帰るなんてできません」

「強請った訳じゃ……ごめんなさい」

「謝らなくていいですよ。俺がしたくてやってますから」


 多分一回では取れないけど、多分あと二、三回くらいやれば取れそうだと感じた。そして俺は慣れた手つきでアームを動かして、完璧な配置で景品を捕らえながら——


「に、西宮くん……」

「次でいけます。次で絶対に」


 500円を投入。これでトータル3000円使いました。あきらかに買った方が安いけど、ここは譲れない男の意地ってモンなんですよ。カッコつけた手前、流石に取れませんでしたは通用しないぞこれ……


 自分が自分に課したプレッシャーを抱えながら、やっとの思いで最後のワンプレイで景品を取る事ができましたとさ。予想外の出費が痛いけど、お年玉とか律儀に貯めていた昔の俺に拍手喝采したいよマジ。


「天王洲さん、どうぞ」

「本当にいいの……?」

「はい。貰ってください」

「う、うん……ありがとう……」


 なんとか意地を貫き通す事ができたけど、あんましカッコ良くはなかったよな。そもそもクレーンゲームとか得意じゃなかったし、カッコつかないんだったらカッコつけなきゃ良いのは分かってるけど、やっぱり意識する相手にはカッコいいって思われたいじゃん男は。


「でも結局買った方が安かったですね。まぁ、こーゆー時もありますよって感じで」

「確かに買った方が安いかもしれないわ。でも、私にも分かった事があるの?」

「分かった事?」

「私の為にこのぬいぐるみを西宮くんが取ってくれた。その気持ちはお金で買えないじゃない」


 天王洲さんが微笑みながら、ウサギのぬいぐるみを頬にくっつけながらありがとうと言ってきた。ありがとうと言うのは俺の方だよ。こんな恵まれて幸せなひと時を過ごせている事に、そんな安らぎの空間を与えてくれた事に、俺とデートをしてくれた天王洲さんに、ありがとう。





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