第18話 心酔琵琶湖④



 場所は駅前、時刻は12時半。今日は念願の天王洲さんとのデートの日だった。待ち合わせの予定時間は1時半だったけど、楽しみ過ぎて早く起きちゃったし、時間が余りに余ったもんだから早く家を出たから早く場所に着いちゃったって感じ。ほら、遠足とか修学旅行の日は楽しみで早く起きちゃう的なアレですよアレ。


 土曜日だからもちろん人はたくさんいる。家族連れだったりカップルだったり男友達のグループ、女友達のグループ。その中に一人ポツンと立っている俺は、周りから見たら冴えないボッチの印象だろう。けど、それは断じて違う。俺はこれから美女と会うのだ。校内で一番美しいのは断言できるし、この世で一番美しいと言っても過言ではないほどの美少女。


 その名も天王洲てんのうず愛瑠あいる。高校二年生。

 黒髪ロングで艶やかなキューティクルを靡かせて歩く姿は一枚の絵画のようだ。

 血液型はA型で誕生日は8月25日。容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀の三拍子揃った美少女。

 天王洲財閥の御令嬢で、趣味は読書で好きな食べ物はなんと餡子。なんかブリオッシュが好きそうだから意外だった。

 嫌いな食べ物は納豆で好きな色は青色、好きな教科は数学、嫌いな教科は歴史。好きな犬種はポメラニ——


「お待たせ。西宮くん」

「ひゃい!?」

「ちょ、なんでそんなに驚くのよ……?」


 お決まりの口上を脳内で再生していたら、急に後ろから声かけられるんだもん。そいや、なんで待ち合わせの時って大体後ろから声かけてくるの? ちゃんと前からでよくない?


「す、すみません……少し考え事をしてまして」

「どうせ邪な考え事でしょ」

「全然邪じゃないですから!」


 おっぱいが大きいとは言ったが、別にそれを揉みたいだとか舐めたいだとか触りたいだとかは言ってないですからね? ただの事実確認をしただけですから。


「それにしても、人が多いのね」

「土曜で休日ですし、ここに来る人は多いですし」

「それと、この服装はどうかしら? あまり人と出かけたりしないからあまりよく分からないのだけれど」


 淡いピンク色のワンピースに黒色のカーディガンを羽織っている天王洲さん。ファッションについての知識は皆無だし、それ自体が良いのか悪いのかの判断は難しいけれど……


「すごく似合ってますよ。全然問題無いですよ!」

「そう、それなら良かったわ」


 少しだけ顔を赤らめた天王洲さん。お世辞でもなんでもなく、普通に似合っていたからそう言っただけだ。これも事実確認をしたまでだ。

 実際天王洲さんなら何を着ても似合う気がする。それこそスカートだったりズボンだったり短パンだったりタイツだったり。あ、全身タイツは流石に似合わなそうだけど。


「それじゃ、行きましょうか。道案内、頼める?」

「任せてくださいっ!」


 この日の為に施設内の地図は粗方頭に入れた。それを勉強に活かせって思うけど、好きな事をやるのと嫌いな事をやるのはどうしても一緒の結果にはならない。天王洲さんの事を想って、天王洲さんの喜ぶ顔が見たいからできる事なんだ。


「一応念の為、どこか行きたい場所はありますか?」

「1件だけ行きたいお店があるの。アイスクリーム屋さんなのだけれど。けど今はそんなにお腹も空いてないから後ででいいわ」

「分かりました。じゃあ適当に回りましょうか」


 天王洲さんは何かを望んでいるってよりは、その雰囲気を楽しみたいと思っていると思ったから、一つのお店に長居するんじゃなくて、幅広く満遍なく回ろうと考えていた。


「まずはここでも見ましょうか」

「ここはどんなお店なの?」

「ヨンリオのキャラクターグッズが売っているお店ですよ。いろんなグッズありますよ。ちなみにヨンリオ知ってますか?」

「カティーちゃんなら知ってるけど、他のキャラクターは知らないわね」

「まぁ、興味無いとそんなもんですよね」


 ヨンリオのキャラクターグッズ専門店をグルグルと回る。たまに天王洲さんがぬいぐるみとかマグカップ等を手に取って眺めていた。可愛いとか欲しいとかではなく、どうやって作ってるのかしらって感じで製造方法に興味があるらしい。着眼点がぶっ飛んでるな〜。


「あっちのお店は何かしら?」

「あれは大手の家具屋さんですね」

「家具屋さんなのね。次はあそこに行きましょう」


 いくら家具屋さんとは言っても、天王洲さんの家にある家具と比べればきっと一回りも二回りも小さいのだろう。これは完全に俺の勝手な想像だけど。


「ベッドを変えたいと思ってるのよ」

「天王洲が普段使ってるベッドみたいなの、ここにありますか?」

「あるわよ。西宮くんは私をなんだと思ってるの?」

「いや、財閥の令嬢なんですから一人だけどダブルベッド以上、トリプルベッドくらいあるんじゃないですか?」

「ないわよそんなに。普通のシングルベッドよ」

「え?」


 トリプルベッドって言い回しはツッコまれなかったけど、天王洲財閥の御令嬢がシンプルなシングルベッドで寝ている事実に驚いてしまった。俺と同じ条件で寝てるってマジか? キングサイズのベッドでかつ、なんか白いベールみたいなのに包まれてる感じなんじゃないんですか?


「西宮くんが思ってる以上に生活は普通よ。確かにこういった大型の商業施設などには行った事はないけれどね」

「確かに、登下校も徒歩ですもんね」

「入学当初は車で送迎だったけど、あまりにも目立つから止めてもらったの。目立つ事で良い事なんてないもの」

「それでも充分過ぎるくらい目立ってますけどね」

「不本意よ」

「でも、俺は天王洲さんが目立っててくれて良かったですよ」

「どうして?」

「天王洲さんと出会えましたから」


 言ってしまえばミーハーなのだ。みんなが興味抱いたものに興味を持って、好きになったら好きになる。きっかけはそんな感じだけど、天王洲さんの秘密を知って、そして絡むにつれて感情に明確な色が付いていく。


「西宮くんは……ズルいわね……」

「ズルい?」

「人前でこんな表情は……あまりしたくないの……」


 俯きながら頬を朱色に染めていた。恥ずかしがっているようで、照れているようで、まんざらでもなさそうな反応だった。

 自分の顔を覆い隠す物が何もないから、諦めて降参はするものの、可愛らしい抗議の言葉を俺に零してきた。あ、すんごい可愛いこの人。


「可愛いから大丈夫ですよ。気にする事ないですって」

「そういう問題では無いのだけれど……」


 今日という一日が始まってまだ間もないけど、もう既に俺は天王洲さんの可愛さにやられてしまいそうだった。

 まだまだ一日は長い。これからもっと天王洲さんの可愛い姿を見られて、天王洲さんを満喫できると思うと楽しみで仕方なかった。




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