第12話 夜這い図④
もし仮に、自分自身に決められた将来があったらどうするだろうか。特に目標も目的も、それこそ夢が無かったら敷かれたレールの上を歩むのも悪くはないだろう。けど、自分のやりたい事、目標も夢もあるのに、それが叶わないとなるとさぞかし辛いものだろう。仕事でも、趣味でも、それこそ恋愛でも当てはまるだろう。
そんな境遇の知り合いを知ってしまって、同情はすれど、その火の粉が自分に降りかかるとなると、その同情の感情はどこへ行くのだろうか。彼女を助けるのか見捨てるのか。どちらを選んでも憂いた気持ちにならざるおえない。そんな青い気持ちを……深く青い気持ちを紛らわせたくて——
「天王洲さん、あそこのファイル取ってください」
「自分で取りなさい」
「でもほら、俺一年だからまだ分からないですし」
「分からないから人に聞く。それじゃ成長しないから、自分で考えなさい」
「考えたけど分かりません」
「何も考えてないじゃない!」
どうにかして天王洲さんの天王洲さんを見ようと必死になっていた。少しでも癒しが欲しいんです、安らぎが欲しいんです今の俺には。それでも、件の女の子は俺の気持ちなんか知りもせず、何も言う事を聞いてくれません。
「癒しと安らぎが欲しいんですよ〜」
「私は西宮くんのヌードモデルじゃないのよ?」
「え? 今日履いてないんですか?」
「…………履いてるわよ」
あ、履いてないなこの人。てっきり履いてるもんだと思って、それでも普通にパンツでもいいからって思ったのに。ってかあんな出来事あったのに懲りてないなこの人。そんなに開放感を感じたいのだろうか? リスクリターンの計算をしても、どうみてもリターンが無くてリスクしかない行為だと思うんですけど。
「別に今更驚かないですけど、気をつけてくださいね」
「あれは事故よ」
「いや、だからその事故がまあ起きるかもしれないって話ですよ」
生徒会室にいる分には俺がラッキースケベ貰うだけだけど、生徒会室以外の校内でその事故が起こったら、それこそ取り返しがつかなくなる。
「天王洲さんの影響力って大きいですし、有名な分、マイナスな面の写り方が俺とかみたいな一般ピーポーとは顕著に違いますから」
「わ、分かってるわよ……」
「だから極力、学校にはパンツを履いてきてください。もしくは、生徒会室にいる時だけノーパンでいてください」
「直接言葉にするのは……やめて欲しいのだけれど……」
「まぁ、一番は俺以外の人に見られたくないってわがままな理由ですけどね」
俺と天王洲さんは別に恋人じゃない。恋人秒読みとかでもないし、ただ同じ高校に通っていて、同じ生徒会に所属してるってだけの関係に過ぎない。
それでも、天王洲さんの事を他の生徒よりは知っている。内面的ってよりは外見的な部分ではあるけど、それでも俺だけが知っている事に変わりはなかった。だからその事が他の人に知られるのがたまらなく嫌だった。そう、ただの自己都合だ。
「み、見せないわよ」
「たまには見せてくださいね。俺だけに」
「それも無いから」
とても辛辣。けど、ほんのりと笑みが溢れているから、心底呆れられても嫌われても無いのかもしれない。それがせめてもの救いだよね。やってる事ただのセクハラだし。
「あ、それと天王洲さんに聞きたい事があるんです」
「だから履いてるってば」
「いや、そっちじゃなくてですね?」
この人、俺が聞きたい事あるって言うと毎回履いてる報告してくるよね。いや、履いてないでしょあなた? 嘘つかないでください、ダウトです。
「天王洲さんって良い所のお嬢様じゃないですか? なんか政略結婚とかあったりするんですか? 決められた相手と結婚しなきゃいけないみたいな」
「別にそんな事は無いけれど。社交会みたいなので沢山の方と挨拶はしたりするけれど、この人がお前の将来の相手だなんて言われた事ないし」
「これからって可能性は?」
「多分、無いと思うわ。政略的に結婚しなくても、天王洲財閥は落ちぶれないもの」
大した自信だ。まぁ、それを成し遂げてるのは天王洲さんじゃなく天王洲さんの親なんだろうけど。でも、誇らしく思うのは確かだよな。
「けど、どうしてそんな事聞くのかしら?」
おっとカウンターバニッシュ。さて、どんな理由をくっ付けようか。馬鹿正直にリタの事を話すか? それは文字通りバカな事だな。これから口説こうって相手に、実は年頃の異性と一つ屋根の下で暮らしてますなんて言えないし。
この前相談乗って貰った時も濁したし。めちゃくちゃ濁したから多分バレてないだろうし。
「アレですよ。一応俺、天王洲さんを口説くじゃないですか? なのに、もしもう相手が決まってるなら、嫌だなって。俺一人の力でどうにもならないじゃないですか? 流石に天王洲財閥の意向なら」
咄嗟に浮かんだ言い訳にしては、なかなかに理にかなってるのではないだろうか? それを聞いた天王洲さんは確かにそうね、なんて言いながら顎に手を当てていた。
「ちゃんと考えてくれてるのね。少し、見直したわ」
「当たり前じゃないですか!」
罪悪感すんげぇ……そんな純粋な微笑みを俺に見せないで……そんな見直される思考じゃないのに……当たり前って言っちゃったけど。
「それで、どんな情熱的な言葉で口説いてくれるのかしら」
「え?」
今どんな状況なんですか? 急に天王洲さん頬を朱色に染めて、急にモジモジし始めて、急に乙女チックに染っちゃって。あれ、これ俺が今試されてる感じですか? いや、今この瞬間に天王洲さんを口説こうなんて一切考えてなかったんですけど。けど、彼女の、天王洲さんの視線は間違いなく何かを待っていた。
前に、全然口説いてくれないじゃないと遺憾の意を唱えられたばかりなのに、それ以降特に何もアプローチしてなかったし。ここで何かしなきゃ、余計にがっかりされて本当に終わっちゃうかもしれないよね。
「て、天王洲さん……! で、で、で、デートして……しませんか……?」
「デート?」
「はい、デートです」
「いいけど、どうして?」
え? いいんだ? そんなあっさり許可してくれるんですね。いや、俺は気がついた。これはまだ決まっていない。確約されていない返事だ。真の童貞はそこを見逃さなかった。
《いいけど、どうして?》
どうして? っと天王洲さんは言った。きっと俺の返答次第で、このデートは破談になるだろう。きっと、そこに理由を求めるって事は、その理由が重要って事じゃんか。なら、俺はなんて返答するのが正解だろうか。シンプルに天王洲さんを知りたいって理由はあるけど、そんな理由で納得されるとも思えない。
《まぁ、なんとなくです!》
バカだろ。絶対に無い選択肢じゃねーか! そんな言葉を口に出そうもんなら、天王洲さん黙って俺の前から消えるだろ。
《天王洲さんとデートしたいからです!》
うーん、オウム返し感が否めないな。だってそのデートをしたい理由を聞かれてるのに、同じ返答する? これはこれで印象は弱くなって、結局破談になってしまう。
《天王洲さんが好きだからです!》
気持ちをストレートに伝える。それ自体は悪くないけど、なんかいまいちパッとしないセリフだなと感じた。気持ちを伝えられる事自体は悪くはないと思うけど、なんか違う気がした。
「西宮くん?」
天王洲さんが返事を待っている。待たせるのは逆効果。でも、なんて言えばいいのか正解が分からない。そして、分からないなりに、無い頭を振り絞って考えた出した答えはこれだった。
「天王洲さんを、もっと知りたいんです」
最初に否定した理由を、結局素直に伝えた。何かを着飾るより、ここは素直な意見を述べた方がいいだろう。さっきみたいに俺の本心とは反して評価が上がるのは、別に嫌な事ではないけど、正解ではないはずだから。
これでデート自体が無かった事になったら、それこそ自分自身を責めるしかない。責めるってよりは、見つめ直すかな。
「もっと知りたい?」
「俺は天王洲さんについて、もちろん知っている事はあります。好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか。好きな色とか誕生日とか」
「うん」
「それこそ、他の生徒が知らないような、天王洲さんさえ知らないような事も知っています」
「…………」
「けど、まだ知らない事はたくさんあります。天王洲さんが日頃何を考えてるのかとか、何に笑って、何に癒されるのかとか」
俺はまだ天王洲さんの事を全て理解した訳じゃない。それに、彼女は……天王洲さんは自分を理解されない事に嫌気が差している。
ならせめて俺は、俺だけはそんな天王洲さんのストレスになるような接し方はしないでおこう。アプローチの仕方をしないでおこうと思った。さっきまで天王洲さんの天王洲さん見せろとか言ってただろって? あれはノーカンだノーカン。
「西宮くんは、やっぱり違うね」
「え?」
「他の人達と違う。私の言って欲しい言葉を、言って欲しいタイミングでくれる。そりゃ、不満に思う事も多々あるけれど、それでも、ね。だからね——」
天王洲さんが笑った。笑顔は何回も見た事はある。けれど、それが俺個人だけに、そして心の底から笑っていると感じたのは初めてじゃないだろうか。危うく惚れそうになっちまう所だったぜ。いや、もう既に惚れてるんだけどさ。改めてめちゃくちゃ可愛いな天王洲さんって。
《デートしよっ! 西宮くん!》
憧れであった天王洲さんと、晴れてデートの約束が決まったのだった。
そしてその日の帰り道、嬉しさのあまり抜けていて、重要な事を忘れていた。
「日にち決めてねぇ……!」
けどまぁ、話しかける口実ができたって事にしておけば、悪くはない気がした。
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