第10話 夜這い図②



 ダークマターみたいな朝食を食べ終えて、その後もリタが積極的に俺を誘惑してくるもんだから学校の用意が進まない進まない。リタの思う口説くって事がこの事なのだろうか。マジで逆効果でしかないけど。

 あ、忘れてた。そうそう、リタに言わなきゃいけない事があったんだ。今はまだ学校の連中にはバレてないだろうけど、後々バレたら厄介な事になるのは間違い無いしな。


 リタは見た目こそ華やかさはあるけど、実際に接すると快活な女の子で転校先のクラスにはすぐ馴染んでいて、休み時間の度に他の生徒と色々な話をしているのを度々見かけていた。


 話を聞くと、以前住んでいた所だったり以前居た学校、諸々の家族構成とか。知っていても意味の無いことも聞かれてるけど、それでもリタはその全ての質問にちゃんと丁寧に答えていた。俺と接すると煩悩の塊みたいになるのに、学校の生徒と、クラスの連中と話をしている彼女の姿は、本当に普通の女子高生のようだった。

 そして、誰にでもや優しく、それこそ男子にも女子にも明るく平等に接するリタの事を好ましく思うヤツはこれから腐るほど出てくるだろうし。おまけにおっぱい大きいし。


 そんな、みんなの憧れの的になり得る、ダイヤの原石のようなリタと一つ屋根の下で暮らしてるってバレた日には……もう想像すらしたくないですね。天王洲さんに話しかけられた日だって周りからの視線めちゃくちゃ痛かったし、あんな雰囲気二度と味わいたくないと思ったよね。


「いいか、リタ。俺とお前が一緒に暮らしてることはクラスのみんなには内緒だぞ。クラスっつーか学校の人全員に内緒な。俺との約束だぞ」

「それだと、先生方は含まれないネ!」

「先生もダメだ!」

「そんな……!? それじゃあ私は誰にこのHappyな生活を伝えればいいの!?」

「むしろなんで言いたがるんだよ……」


 朝っぱらから俺の布団にいるわ、ダークマターみたいなマズイ朝食作るわ、俺の言うこと聞いてくれないわで平穏な日常は一気に崩れ去っていく。だが、一緒に暮らしていくとなればこんなことでめげていてはダメだ。これからもっとめんどくさいことはあるはずだ。


 突然異性と暮らすことになって、お互い仲が悪く顔を合わせれば喧嘩の絶えない毎日。そんな関係は何かしらの吊り橋効果とかそんな感じである日を境に一変して、今度はお互いが意識し合い、どう気持ちを伝えようか、伝えさせようかに奮闘し、一喜一憂する。そんな物語をなんかの小説で読んだことあるし、これはある意味王道でもある。


 まぁ、そんな事にはならないだろうけど、口説く側のリタとそれに抗う俺との生活は今後確実にめんどくさくなるだろう。初日からこうだし。初日からこれだし。初日からアレだし。


「じゃあ2人だけの秘密だネ! Secretな関係ってことだネ!」

「あー、うん。そーだな」


 気乗りのしない返事を返すと目の前でリタは頬を膨らませてわかりやすくむくれていた。あらやだその表情可愛い。あきらかに不満に思っているだろうけどまぁ、可愛いから放っておこう。


 身支度を整え、いつもの時間に家を出ようとしたが、俺の後ろをリタがついてきた。俺が歩みを止めると当然リタも歩くのを止める。


「リタ、もしかして一緒に行こうとしてるか?」

「Yes!」

「一緒に行くのはダメだ」

「Why!? どうして!?」

「だから、バレるだろ。一緒に登校してたら!」


 イマイチ理解していないこの銀髪碧眼美少女、転校してきてすぐ俺みたいなヤツと一緒に登校なんてしてみろ? 学校中で噂になるのは明白で、それはとてもめんどくさいことこの上ないんだよ。ましてや一緒に住んでるなんて知られたら俺が殺されちゃうから。

 家の中で接してしまうのはどう考えても避けては通れない道だからしょうがないとして、回避できる場所なら是が非でも回避したいんだよ俺は。


「私は構わないわ!」

「俺が構うんだよバカ」

「ばか……今、ばかって言った……」

「ばーかばーかばーか」


 すると、リタは急に俺に抱きついてきた。まったく予想のしていなかったリタの行動に俺は対応しきれずにそのまま抱きつかれてしまう。


「はっ!? ちょ、リタ!?」

「悪口を言ってしまうヒトは心が満たされてないの」

「はぁ?」

「愛情を与えれば心は満たされるはず。だから、私の愛情をプレゼント!」


 毒のない言葉、無自覚な小悪魔は自分の持つ力の恐ろしさに気がつくべきなのだ。そんな理屈なんて二次元でも聞いたことなんてないし、どんな理屈だよと思いながらも、俺はその時間を、中々にない経験なので少しだけ堪能していた。しばらく堪能してから、俺の胸元に顔を埋めてギュッギュッと言っている小動物に声をかける。


「リタ、そろそろ気が済んだか? もうバカなんて言わないから離してくれ」

「ふふふっ! 効果はバツグンだネ!」

「そうだな、危うく脳死するトコだったわ」

 

 リタは俺のその言葉に満足したのか、俺から離れて鼻唄を奏で出した。そして、俺よりも先を歩く彼女を見送り、俺もようやく歩き始めることができた。


 リタと過ごしていると本当に何から何まで大変で、これ以上俺の身がもたないとも感じているが、果たしてこの生活を続けていけば慣れるのだろうか? 慣れたら慣れたでそれはマズい気もするが、今は考えたってしょうがない。


 俺の目の前を、数十メートル先を歩く彼女の後ろ姿を眺めながらそんなことをひとり思う。

 ふと、振り向いたリタが俺に向かって大きく手を振ってくる。天真爛漫な彼女の笑顔に、思わず俺も笑みが溢れてしまう。


 そして彼女は俺にソッとKissを、いや、投げKissをしてきた。


 だからバレるからやめろって。





 ▼




 リタと過ごした時間が濃厚過ぎて、濃密過ぎて、一人黙々と黒板の文字を板書している時間がとても新鮮で心が安らぎ、癒されていた。

 学校生活はまだまだ油断はできないけど、せめてもの救いがリタとは違うクラスだった事。

 もし同じクラスだった、めちゃくちゃ近寄って言い寄って周りに誤解されて針の筵状態だ。


 休み時間とかにリタがやってくる恐れもあったが、クラスの連中と話してるのか、それも杞憂に終わった。心構えをしていた分、何も無かったので肩透かし感すごい。けど、こんな平和な日常が一番いいのだ。特に良い事もなく、悪い事もなく、一定のリズムで進む時間が一番安らぐのだ。


 いや、流石にちょっとしたご褒美は欲しいものだ。悪い事は無くていいけど、良い事ならそれなりにあって欲しい。それなりじゃなくてたくさんか。それこそ、何気なく上を向いたら生ケツが見えるくらいのご褒美があればな。


「……西宮くん」

「はい?」

「声……漏れてるのだけれど……」


 心の中で一人語りしていたはずなのに、どうやら声に出していたらしい。あらやだ恥ずかしい……けど天王洲さんも天王洲さんでめちゃくちゃ顔赤いし反応がいちいち可愛いの反則です。


「身体的にも精神的にも疲労が溜まっていて。景気付けに一回どうですか?」

「嫌よ」

「少しだけでいいんですよ」

「ダメに決まってるじゃない! 見せろと言われて見せる程軽い女じゃないのよ! 他の人に頼んでちょうだい」

「天王洲さん」

「な、何よ……」

「俺は、誰でもいい訳じゃないんです」


 他の人でも興奮はするかもしれない。それは男の子だから仕方のない事。でも、俺のハジメテは天王洲さん、あなたなんです。だから真に気持ちの安らぎを与えてくれるのは、天王洲さんの天王洲さんなんです。


「天王洲さんのが、見たいんです」

「な、何よそれ……意味わからない……」

「天王洲さんのお尻って、色白でキュッて引き締まっててすごく綺麗なんですよ」

「か、解説しなくていいから……」

「裏太ももにあるホクロもエロいですし、見ていて癒されるし満たされるんですよ」

「西宮くん……あなたどんな口説き方をしているの……」

「え?」

「この前指摘はしたけど、だからってそうじゃないと思うのだけれど……」

「俺は本気なんですけど」

「もっと違うアプローチをして……!」


 名器の持ち主は顔を真っ赤に染め上げながら俺に説教するのだった。うむうむ、怒られるのも意外とどうして悪くない。





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