第9話 夜這い図①
《俺を全力で口説け》
《うん、分かった!》
こうして始まった俺とリタとの戦い。天王洲さんを落とすか、逆にリタに落とされるかの正妻戦争の火蓋が切って落とされた。
自分でも口走っている事だが、口説くとは一体全体どういう事のだろうか。実際中身の事をよく把握はしていない。
でも、とりあえずは自分の好意を相手に伝えて、尚且つ自分にも好意を持ってもらうように促すって事で概ね間違ってはいないだろう。
口説き方にもいろいろあるだろう。外見や容姿を褒めたり、趣味趣向が合う事を主張したりと、それこそ十人十色で、三者三様で、千差万別だろう。
そして俺も口説く相手をどう口説こうか。自分でも言ったし、なんか知らんけど相手からの催促もあったし、本腰入れて口説く必要があるなと思い寝る前に暫しの思案。結局何も思い浮かばないまま深い眠りへと誘われましたとさ。おしまい。
そして次の日だ。正妻戦争をしかけた次の日の朝の出来事だった。俺自身は自然と目が覚めて、いつも通り変わらない起床のはずだったのだが、若干の息苦しさが上乗せされていた。
それに、俺は起きている。けど寝息が聞こえるのは何故だろうか? それこそ、人がもう一人居ないと成立しない話で、若干の息苦しさと身体にかかる重圧を念頭に置いて考慮すると、犯人に心当たりがめちゃくちゃにあった。
「おい、何してんだ」
「むにゃむにゃ」
「起きろこの変態ビッチ!」
そう言ってベッドから出て無理やりに身体を揺さぶって起こすと、まだ寝ぼけているのか自覚しているのか分からないが、微笑みながら唇を突き出してきた。チューなのか? これはチュー待ちなのか? いや、この状況で誰がするんだ? 俺ですか? いやしないからね?
「一応聞くけど、何待ってんの?」
「Kiss!」
随分なネイティブだ事。英語苦手な俺でもその英単語知ってるし、ヒアリング苦手だけど聞き取れたよその英単語。
「しないからな」
「なんで!?」
「いや、別に好きでもない相手としたいと思わないし」
「私は中也のことスキだよ?」
「だから、昨日も言ったけどそこはちゃんと口説き落としてからにしようぜ」
「えへへ〜!」
そのまま腕を掴まれてベッドにダイブ。そしてなんとか手を広げて持ち堪えたが、俺の視線の先には色っぽく艶やかで蠱惑的な女の子。白いTシャツからうっすら透けている丸いポッチのスペランカー。え? この人またノーブラなんですか? 恥ずかしさの機能バグってるんですか?
「どう、シたくなった?」
「いや、全然……」
「そうかな? ここ、モッコリはんしてるヨ!」
確かに、自分でもそれは感じてはいるから直接指摘しないで……本当はひょっこりはんが良かったのに……いや、ひょっこりはんでもダメなんだけどさ。
「いいからとりあえず……俺の部屋から出て行け!」
そう言って何も過ちを犯さずにリタを部屋から出す。鍵をかけたいが俺の部屋にそんな機能はない。とんでもねぇハニートラップじゃねーか。マジでノーブラは勘弁して欲しい……それなりにおっぱい星人ではあるから、誘惑凄いのよ。けど、それと同じくらい残念な気持ちも芽生えちゃうから、きっとこのままノーブラを見せびらかしたら俺、きっと落ちないと思うよ。
しばらくしてからドアを開けると、そこにリタの姿はもう無かった。はぁと一息溜息をつきながら一階にある洗面所へと向かった。
ここ、西宮家に突如やってきた金髪碧眼の女の子。名をリタ・セスクアリス。身長は知らんけど俺より小さい。体重は軽め。金髪ロングをハーフアップに束ねた髪型で、黙っていれば見た目は超絶美少女。
血液型は知らないし、誕生日も知らない。容姿端麗、スポーツ万能かどうかは知らない、成績優秀かどうかも知らない美少女。
イギリスから留学って理由で俺の家にホームステイ。俺の両親とリタの両親は仲が良く、そして俺とリタも遥か昔に会った事はあるらしい。そんな感じで、リタを我が家で預かる事になったらしい。後で聞かされた話だけど。
リタ趣味は知らない。好きな食べ物も知らない。イギリス人ならブリオッシュとか好きなんじゃね。
嫌いな食べ物も知らないし好きな色も知らない。好きな教科も知らんけど、嫌いな教科も知らん。好きな犬種はミニチュアダックスだって。聞いてないけどなんか言ってた。
そんな具合に、俺はリタの事をこれっぽっちも知らない。深く知りたいとは今の所思ってはいないが、一つ屋根の下で一緒に暮らす訳だから、必要最低限の事くらいは知っておきたい。
ってか、俺の親もよく承諾したよな。父親は研究室に篭りっきりだし、母親はよく海外に飛んでるから、実質面倒見るのってそこまで面識無い俺になるんだよ? そこそこ年頃の男女が一つ屋根の下だよ? 案の定リタさんはいきなり布団に潜り込んできましたからね?
「おはよう中也! イい目覚めだネ! 朝ごはんもできてるよ〜!」
「おはよう。目覚めはそこまで良くないけどな」
確かにテーブルにはリタが作ったであろ物が並べられていた。なんか黒くてダークマターみたいなんですけど……これって食べ物ですか……?
「たーんとおたべ!」
「リタ、これって味見した?」
「してないよー!」
「マジかよ……」
「りょーりはあいじょー! いっぱい込めた!」
「さいですか……」
確かに料理に愛情とかは聞くけど、それだけじゃどうにもできないレベルなのは気のせいだと信じたい。湯気がなんか紫色に見えるのも気のせいですかね? 保険金殺人ですか? いや、夫婦にはなってないからそれは無いか。
「たべて!」
「…………」
とりあえず一口に運んで、二、三回咀嚼して、耐えきれずトイレにガンダッシュ。壊滅的にマズかった。なんの料理かも分からないくらいに、未知なる味だった。流石に食べられたもんじゃないけど、それを直接言うことは果たして有りなのだろうか? 流石の彼女も傷ついたりしないだろうか? 流石に女の子泣かすとかそれは男としてってなるからね。
「中也どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
「ほら、早くたべないと!」
「お、おう……」
また一口くちに運ぶ。なるべく噛まないようにして、表情に出さないようにして、悟られないようにしてそのまま飲み込んだ。
その作戦と、冷蔵庫に入っていた麦茶を巧みに使いなんとか全部食べきった。
「どぉ!? おいしかった!?」
「ふ。ふつー……」
「えー、おいしくできたと思ったのに〜」
そんなに頬を膨らませるな。本当なら物凄い勢いで酷評したい気分だからな。俺の優しさに感謝感激雨霰状態になれよ。
こんな状況が毎朝続くとなるとマズいな。ってかそもそも朝食は基本食べない派だから、それを伝えれば回避はできるか。
「リタ、明日から朝ごはんは作らなくていいぞ」
「どうして?」
「俺、いつも食べてないからさ」
「それはダメ! ちゃんと朝はたべないと! 頭働かない!」
それは確かにごもっともな意見ではあるんですけど、やばい……否定する材料が思い浮かばない。普通に押し負けそう。
「私にまかせて!」
「…………」
お母さん。俺はお母さんの手料理を今すぐにでも食べたい気分です。次はいつ帰ってきますか?
これから俺とリタの生活はどうなっていくのだろうか。、
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