第8話 見返り奇人図⑤



 今日はパンツを履いているらしい天王洲さんに相談をした。リタ・セスクアリスと言う名の居候娘に迫られた事。リタの抱えている問題、俺の問題。いや、これは俺の友達の話だった。


「それで、どうしたらいいと思いますか?」

「知らないわよ。そんな事」 


 なんか普通に冷たい返答が返ってきた。最初は普通に聞いてくれてましたよね? 何がどこで間違えたんですか?


「西宮くんが……じゃなくて、その人がどうしたいかでいいんじゃないの?」

「どっちかに熱烈な好意を抱いてるとかがあれば話は早いんですけどね」

「なら、そうすればいいんじゃないかしら?」

「どういう意味ですか?」


 すると、少しだけ咳払いをしてから、天王洲さんは話し始めた。


「これはね、私の友達の話なのだけれど」

「それ、天王洲さんの話ですよね?」

「ち、違うわよ……! それにまだ内容言ってないじゃない!」


 確かにそうだけど、その謳い文句から始まる話は十中八九自分自身の話なんだよ。あ、でも俺のは本当に知り合いの話だけどね。


「口説くって正面きって言ってきた男の子がいたのよ」

「すごく親近感湧きますねその人」

「すごく意味分からないけど、決して嫌ではなかったのよ」

「ほう?」

「他の人達とは違う彼が、すごく眩しく思えたのよ」

「は、はい」

「私はそうは思わないけどね」


 あーこれツンデレってヤツですかね。これはひょっとしてひょっとするやつですか? 脈アリって事なんでしょうか? それならグイグイいかせて貰いますけども。


「だから、その子にも同じ事をさせればいいのよ」

「え?」

「ようは、その気になればいいのよ。どっちを選ぶべきか選択ができるようになるくらい」

「っと言いますと?」

「親に結婚させられそうな子に、自分を口説けって言うのよ」

「は?」


 まぁ、意味が分からなかった。え、どう言う意味? みんな分かる? 分からないよね? やっぱり秀才の考えてる事は俺分かんね。


「自分の努力次第でなんとかなる。本気ならそれこそ口説きに、落としにいくはずよ」

「は、はぁ……」

「どっちにも熱烈な好意を持っていないなら、どちらか一人を選べないなら、どちらかに熱烈な好意を持てて、どちらか一人を選ぶ決断ができるようにすればいいだけじゃない」

「な、なるほどね?」


 えーっと、要は俺は引き続き天王洲さんをどうにかして口説くってのは変わらず、逆にリタに口説かれろって事ね。そんでもって、俺の気持ちが天王洲さんに向くならリタを切り捨てて、リタに口説かれたら天王洲さんを切り捨てると。


「上手くいきますかね、それ」

「上手くいくも何も、各々の気持ち次第じゃないかしら」

「各々の気持ち、ですか」


 天王洲さんの提案は把握した。けど、それを直接伝えて通じる相手でもない気がするのはただの気のせいだろうか。いや、言うだけでも言ってみよう。素晴らしい名器の持ち主の言う事は絶対だ。名器の持ち主には絶対服従ですしおすし。


「とりあえず、それとなく伝えておきますね。天王洲さんのアドバイスを」

「検討を祈るわ。あとそれと……私からもいいかしら?」

「はい、なんですか?」


 すると天王洲さんは、何個かのファイルを両の手で持ってから、さらっと言ってきた。


「あの日以降、一向に口説かれてないのだけれど、何故?」

「え……?」


 思わぬカウンターバニッシュ。いや、全く予想も想像も妄想もしてなかったですよ。まさか天王洲さんの方から指摘してくるなんて。やっぱり嬉しかったんですか? 迫られる待ちですか? このまま付き合えるかもしれませんねこれ。



「天王洲さん、やっぱり口説かれたかったんですか?」


 今度は俺の言葉を聞いて、天王洲さんが抱えて持っていたファイルを床に落とした。めちゃくちゃ動揺してた。


「ば、バカな事言わないでちょうだい……私は全然これっぽっちも、微塵にも毛程にも思っていないわ。まったくもって的を外しているわ。大体、可愛気のない後輩に簡単に口説いて欲しいと思うほどかるいおんなでもないし、安い女でもないのよ。けど、口説いて良いですかって言われたら嬉しさってよりは……その……きょ、興味よ……! そう、興味があるのよ。どうやって私を口説くのかしらって興味が勝った結果よ。それなのに一向に口説く気配がないし、刺激を求めてるの私としては少し不満なだけで……多少遺憾なだけで……それとなく不服なだけよ。口説くなら真面目に口説いて貰いたいし、口説かないなら口説かないで、変な期待というか、変なぬか喜びというか……と、とにかく、もう少ししっかりして欲しいのだけれど……!」

「あ、はい……」


 めちゃくちゃ早口で捲し立てられました。ここでやっぱり口説いて欲しかったんだとか言ったら、なんか天王洲さんが狂戦士バーサーカーにでもなりそうだったから、すぐに黙った。自分の事非を認めて、次からはちゃんと毎回何かしら口説こうと思ったのであった。





 ▼





 今日の本題はこれからで、この家のドアを開ければそこにはヤツがいる。正直この作戦が上手くいくかは分からない。不安があって不信もあった。それでもここまで来てしまったのなら、もう後はやるだけだ。


「ただいま」

「中也おかえり! 私と一緒にお風呂でスる!? それともリビングで私を食べる!? それともベッドでわ・た・し?」

「どの選択肢も結局煩悩じゃないか」

「深く考え過ぎだヨ〜!」

「何かをする前に、一旦話をさせて欲しい。今後の事、これからの事、リタと俺との事」


 そう言うと目の前の女の子はハッとして、急激に頬を朱色に染めながらやけに色っぽく艶っぽく蠱惑的な視線を浮かべていた。


「そ、そうだネ……将来の事とか、子供は何人欲しいかとか……た、タイミングとかもあるよネ……」


 まてまてまてまて、そう言う意味じゃない。認めた上での将来について語り合いたいわけじゃないんだけど。きっと目の前の居候娘は盛大な勘違いをしている。それはもう盛大で短絡的で自己都合の塊のような誤認だった。


「そうじゃなくてね、今はリタの気持ちには応えられない」

「え?」

「俺なりに考えてさ、やっぱりそういう事は好きな子としたいんだよ。リタ、結構ヤケになってる感じあるしさ、それは俺としてもどうなのかなって」

「私を救ってくれないって事?」


 鋭い視線と強目な口調が突き刺さる。けど、俺は言った。今はリタの気持ちに応えられないと。そう、と。


「だからリタには、お願いがあるんだ」

「お願い? 私の気持ちには応えてくれないクセに私にお願いがあるの?」

「リタの気持ちに応える為でもあるんだよ」

「え?」

「リタはこれから、全力で俺を口説いて欲しい」

「なんで?」

「さっきも言ったけど、俺は好きな人とそう言う事がしたいし、好きだからこそ付き合いたいと思ってる。だから、リタが本気なら、その本気を存分にぶつけて俺を口説き落として、俺をリタに惚れさせろって話」

「私が中也を惚れさせる?」

「そう。それでリタに好意を持ったらリタに協力するよ。なんたって好きなんだから。けど、それでも俺がリタに靡かなかったら、その時は文句を言わず諦めて欲しい。これはリタの本気と俺の本気の戦い。実力勝負だよ」


 っと、そんな感じでそれっぽい事は言ったけど、なんか自分で言うのたまらなく恥ずかしいんだよね……それに目の前の女の子がそれを分かってくれるとは思えないし。


「うん、分かった!」

「え?」

「私、全力で中也を落とすネ!」


 分かってくれた。把握してくれた。理解してくれた。嬉しさももちろんあるが、ここからが本当の戦いになるのも同時に決まった瞬間だ。どちらが先に落とせるのか、リタと俺の勝負がたった今、始まった瞬間だった。







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《令和コソコソ噂話》


 第8話読了してくださりありがとうございました! これにて見返り奇人図編は終わりになります! 次回からは夜這図編になりますので、お楽しみにお待ちください!


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