第5話 見返り奇人図②
そこに彼女は居た。夢でも幻想でも幻でもなく、確かにそこに人間として、一人の女の子として実在していた。
「中也、おかえり!」
「え? なんでいんの……?」
満面の笑みで出迎えてくれた女の子。付き合う見返りにセックスをしてあげると言ってきた美人……いや、これはもう奇人だ。見返り奇人と言ったところだろうか。
「なんでって、今日から一緒に住むからだよ!」
「え? なんで?」
質問ばかりする男は嫌われると聞いたことがあるけど、いくらなんでもこの展開で質問以外の言葉を投げかけるのは無理難題だ。
「とりあえず、家の中に入りなよ! それでお風呂で話そうよ!」
「普通にリビングでお願いします……」
俺だって男の子だ。女性の裸に興味が無いわけじゃないし、むしろ積極的に見たいくらいだ。だけど、こんなアダルトなDVDとかでしか見たことがない設定染みた展開は好ましくない。童貞の俺だって、理想の喪失方法があるし、こんなワケの分からない相手とワケの分からない理由で俺の初めてをあげたくはない。
それに、俺には心に決めた訳じゃないけど、一応口説くって宣言した相手はいるわけだし、下半身に従順になっていたら、それこそ真の変態ではなかろうか?
「とりあえず、中には入りなって! ほらほら〜!」
そう言って彼女は、名も知らぬ彼女は俺の背後に回り込んで無理矢理にも家の中へ連れ込んでいく。二の腕に抱きつかれて、そして感じる柔らかさ。それはまるでおっぱいのような柔らかさで、その柔らかさはあきらかに天王洲さん以上の代物だった。
だが、真の童貞を舐めてもらっては困る。真の童貞はこういった展開には、逆に強いのだ。
そんな見栄を張ったが、内心は心臓がバクバクいっていた。天王洲さんの時程ではないけど、美味しいラッキースケベ展開は嫌いじゃないからね真の童貞は。
「中也、大っきい方が好きなんだネ!」
「う、うるさい……!」
そう言って振り解こうとした時、柔らかい感触から、なんか少しだけ抵抗感のある感触に変わった。そして聞こえる金髪碧眼少女の矯声。このポッチってつまりアレじゃないですか? 多分淡いピンク色の丸いポッチ。もしかして、丸いポッチがあるからスペランカーなんですかね? バンダイ系ではないよねこのフォルムだと。
「中也の……エッチ……」
そして気が付いた。いや、もっと早く気が付くべきだったのだ。それこそ、まるでおっぱいのような柔らかさだと気が付いていたはずなのに、そんな事はないと思い込んでいた。童貞故の失念だった。まったくといっていいほどの、嬉しい誤算だった。
「ってか、なんでノーブラなんですか……?」
「大きくなり続けてるから、窮屈なんだもん」
その大きさで、天王洲さんを超える大きさを持ってしても、まだ発展途上だと言うのだろうか? 発育の暴力はお国柄とでも言うのだろうか?
「そういえば、君の名前まだ知らないんだけど?」
「当ててみて!」
彼氏彼女のような、リア充爆発しろのようなセリフ。ってか、その謳い文句は好みとか聞かれた時の切り返しじゃないのだろうか? まさかな名前を聞いてその謳い文句を言われると思っていなかった。
「分かる訳ないだろ……」
「リタ・セスクアリスよ」
「もしかしなくても、外人さん?」
「Yes! けど、本当に覚えてないの?」
上目遣いでそう尋ねてきたリタ・セスクアリス。やはり彼女はどこかで俺を見ていて、会っていて、知っていた。だけど俺は見たことも無くて、会った事も無くて、知らなかった。
「ごめん、覚えてないや」
「そう。少しだけ、切ないわね」
そう言って俺の腕から離れ、一人リビングへ歩いていくリタ・セスクアリス。知らない事は知らない。でも、俺の家に上がれているって事は、少なくとも俺の家族の誰かとは繋がりがあるのはまごうことなき事実なのだろう。
追うようにしてリビングへ行く。テーブルの上に置いてあるカバンを彼女が漁っていて、しばらくしてから一枚の写真を俺に渡してきた。
「え?」
そこに写っていたのは一人の幼い女の子と男の子のツーショット。金髪碧眼の美幼女と冴えない男のツーショット。それは間違いなく、リタ・セスクアリスと西宮中也のツーショットだった。
「例えるなら、幼馴染と言った間柄かな?」
「確かに間違いなく俺なんだけど、本当に記憶に無いんだよね」
本当の本当に、一切記憶になかった。遥か昔の事だから。だけど、外国人の女の子と一緒に写真を撮るなんて、記憶に残っていそうな物だとは思うけど。
「覚えてもらえてないのは悲しい事だわ」
「それはなんか……ごめん」
「ならせめて、私を救う為に結婚を前提に付き合って!」
「それはイヤだ」
「なら、覚えていない罰として私と結婚を前提に付き合って!」
「結果的に何も変わってないよその選択肢」
見返り奇人は相変わらずとんでもな持論を展開していた。それはそうと、もう一つ気になる事があった。
「ってか、随分と日本語が上手だね」
「たくさん練習したから。相手が知ってるかも分からない母国語で愛を伝えるより、相手の確実に知っている言葉で愛を伝えた方が伝わるから」
見た目に反した流暢な日本語。本当にたくさん勉強したんだと思う。そんな彼女の、リタ・セスクアリスの本気が垣間見れた瞬間でもあった。
「それに、セックスの事はもっとたくさん勉強したのよ! 実技の経験は無いけど、知識ならたくさんあるし、私のハジメテのおまけ付きよ!」
前言撤回だ。この金髪碧眼美少女はただの変態だった。開放感を求める変態を俺は知っているけど、彼女にはまだ恥じらいがあった。だけど、目の前の女の子からはその恥じらいが一切感じられない。
エロリズムとは、恥ずかしさと後ろめたさがあって初めて完成するものだ。
「君の提案は受け付けられない」
「リタと呼んで。君だなんて、そんな他人行儀な言い方嫌いだわ」
「じゃあ、リタの提案は受け付けられない」
「リタ・セックス・有りっす。このギャグ、どうかしら?」
「………………」
言葉も出ない程につまらなかった。自分の名前で下ネタのギャグを言う辺り、彼女は、リタ・セックスアリスは残念な美少女なのだろう。なんか俺もついセックスとか言っちゃったし。
「私、このままだと知らない人と結婚させられるの」
「え?」
「パパの選んだ人とお見合い結婚させられる。お前の為だからとか言って、ただ自分の家の事、お金の事だけしか頭に無いのよ。私の事なんて少しも考えてくれてない」
「…………」
「だから私を、助けて」
彼女は奇人だ。そして貴人でもあり、苦労人でもあった。政略結婚とかはあまり耳馴染みはないけど、現世にも存在しているというのは多少なり耳にした事はあった。
好きでもない相手と結婚させられる。自分に置き換えた時、相手が可愛かったら、おっぱいが大きかったらそれでもいいかもしれないと思ってしまった。まったく偏見が過ぎるこれっぽっちも参考にならない意見だった。いや、前言撤回しよう。
彼女は、リタは美少女だ。おっぱいも大きく普通にエロいし、きっと一緒になったらエッチな事をたくさんしてくれそうだ。そして唯一、彼女と俺の意見が一致する事があって、そうなると必然的に彼女の心に傷を付けてしまう結果になってしまう。
彼女は言った。好きでもない相手と結婚をしたくないと。彼女のその想いは俺にも言える事で、彼女のわがままを聞き入れる為には俺のその思想が犠牲にならなければいけない。
彼女が好きでもない相手と結婚をしたくないのと同じように、俺も好きでもない相手と付き合いたくないのだから。そんな事を思った矢先、彼女の表情が一瞬だけど苦悶な表情に変わったのを、俺は見て見ぬフリをした。
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