第4話 見返り奇人図①




 生まれてこの方平凡な人生を歩みながら、特別幸せに生きてるわけでもないし、特別不幸に生きてるわけでもなく、山もなければ谷もない日常を、何の刺激もない日常を俺は過ごしていた。


 過去形になってること、今の台詞からもう分かってるよね? それは俺のこれまでの日常がとある事がきっかけで壊れたってことなんだよ。

 良い変化とは声を大にして言えないにしても、俺にとって決してマイナスではない変化だった。まずその変化に欠かせないのが、とある先輩の存在だった。


 天王洲てんのうず愛瑠あいる。高校二年生で黒髪ロングで艶やかなキューティクルを靡かせて歩く姿は一枚の絵画のような人。あとノーパンの人。

 血液型はA型で誕生日は8月25日。容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀の三拍子揃った美少女。二日連続でノーパンだった人。

 天王洲財閥の御令嬢で、趣味は読書で好きな食べ物はなんと餡子。前にも言ったけどブリオッシュみたいな洋菓子が好きそうだから意外だった。ちなみにおっぱいもでかい。

 嫌いな食べ物は納得で好きな色は青色、好きな教科は数学、嫌いな教科は歴史。好きな犬種はポメラニアン。お尻は小振り、でもホクロがあるのがエロい。

 女子には優しくて男子には異様に厳しい。笑顔が超可愛い。だけど男子には異様に厳しい。


 ちょいちょい挟んだけど、こんな我が校の誰もが恋焦がれて憧れているマドンナ的な存在の天王洲さんの生ケツと生秘部を目撃した。

 本人曰く、たまたま履いてくるのを忘れてしまったとか、そういった理由でノーパンだった訳ではなく、開放感を得たい為っていう、なんとも変態チックな理由だった。


 それでも、俺も元々彼女に憧れていた節もあったので、何かと詰め寄ったりして、付き合うまではいかないにしても、とりあえず口説く事の許可は下りたから、これからも絡み続ける事ができるのが嬉しかった。


 そんな生徒会室って名前からは全く無縁な刺激的なストーリが生まれてたが、今日の物語は登校中の正門で始まった。

 学校の正門に人集りができていて、綺麗な金髪の髪をハーフアップにして碧眼でいかにも外国人っぽい見た目の女の子が壁に寄りかかっていた。

 チラっと見たぐらいで、そのまま正門を通り過ぎようとした所で、件の女の子と目が合った。

 その瞬間、女の子はこちらに向かって歩き始めた。その碧眼はまっすぐ俺を捉えて離さない。

 

「思っていたよりもカッコいいネ!」


 なんか一枚の紙を渡されて、フフフと不敵な笑みを浮かべてるようで、何処となく照れたような笑顔を浮かべて正門を通って校舎の中へと入っていった。


 当然、周りにいた生徒達はざわついている。つい最近、天王洲さんの方から挨拶をされてざわつかれた後に、謎の金髪美少女に手紙を渡されてざわつかせる。

 ざわざわと、そして少しの舌打ちが聞こえたけど、そんな事よりもあの女の子は誰なのか、そしてこの手紙はなんなのかの方が気になっていた。


 教室にカバンを置いてから、謎の金髪美少女から渡された手紙だけを持って手紙をトイレの個室に向かった。

 そして、手紙を開くと紙に書かれていたのは、タイトルに果たし状と書かれていて、その後に放課後屋上まで来てくださいといった具合の、タイトルを除けば典型的な呼び出しの一文だった。


 それから午後の授業を受けてHRが終わった後、ゆったりまったり屋上へ向かう。喉が渇いていたから、途中にある自販機でコーラを買った。そして屋上に着くと、件の金髪碧眼美少女はフェンスに寄りかかりながら立っていた。


「来てくれたんだネ!」

「まぁ、一応」

「早速だけど、中也ちゅうやにお願いがあるの!」

「え? なんで俺の名前知ってるの?」

「私とセックスして欲しいの!」


 当然俺の反応は……


「はぁ……?」


 当たり前だと思う。

 見知らぬ人に呼び出されて来た途端、セックスして欲しいだなんて言われて、はい分かりましたなんて言う人がいたら、俺は結構真剣にその人の頭を疑ってしまう。

 そんなことはおいといて……俺の反応を見た金髪碧眼美少女の反応はというと……


「……What? 嬉しくないの?」


 嬉しい嬉しくないの前に、まず意味がわからないのが本音。ってかまず俺の質問に答えて欲しいんだけど。知らない人に急にセックスしようって言われるより、まだ知ってる人からセックスしようって言われた方が……いや、どっちも意味分からないか。


「あれ? これを言えば男性の方ははい、喜んで! って言うって聞いてたけど?」

「居酒屋じゃないんだから……」


 一体誰からそんなことを聞いたんでしょうか? そして、何故そのことを疑わなかったんでしょうか?疑問が生まれている間に、金髪碧眼美少女はまぁいいですと自己完結した上で、またさらに言葉を発してきた。


「それで、返事の方は?」

「丁重にお断りさせて頂きます。それでは、さようなら」

「Oh dear!? ちょっと待ってよ!」

「何でしょうか? 俺は早く帰って風呂上がりの炭酸を満喫したいんですが……」

「風呂上がりの、タンさん?」


 テキトーな、いや言っててホントに満喫したくなったからテキトーって訳でもないんだけど……とにかく、そんな深く考え込むようなことは言ってないのにどうして貴女はそんな真剣に考えているのでしょうか……あれですか? 風呂上がりに炭酸を飲む自分を想像してるんですか? そんな訳ないのだが。


「美味しそうネ!」


 ありましたね。すいません、決め付けちゃって。


「俺のお勧めはコーラです。それではまた明日」

「うん! 教えてくれてありがとう!」

「いえいえ」


 そのまま踵を返し屋上を出ようとした所で、


「って! Wait、逃さないわ!」


 真後ろから聞こえた。耳が痛いですはい。というか、多分このままにしておくと彼女とずっとこの問答を続けるんじゃないでしょうか。

 そうなると彼女自身は勿論、俺まで面倒事に巻き込まれてしまうかも知れない。


「言い方を変えるわ。私と付き合って欲しいの! そうすれば見返りに、セックスしてあげる!」

「えーっと、少し考えさせて頂いても……?」

「そうね、中也の将来の事もあるし。分かったわ!」


 そう言って《バイバイ、ダーリン》と言いながら投げキスを飛ばしてきて、嵐のようにやってきて嵐のように去って行った。

 誰だか分からない、だけど向こうは俺の事を知っている。ってか、俺の質問答えてないじゃないか。





 ▼





「あの、天王洲さん」

「何かしら?」

「一つ、質問してもいいですか?」

「今日は履いてるから」

「いや、それは後で聞こうとは思ったんですけど」

「聞こうと思ったのね……」

「相手は自分の事を知っていて、でも自分は相手の事を知らない時って、一体全体相手は誰なんですかね?」

「知らないわよ、そんなの」

「なんか、冷たいですね」

「言いふらされないなら、別に優しくする必要もないじゃない」

「うわぁ……ドライだなぁ……」

「それに私、年下に揶揄われるのは好きじゃないの。常に私が優位でいたいの」

「ノーパンじゃなければそうだったかもしれないですね」

「うるさい……!」


 今日は消しゴムが飛んできて、丁度良かったから一回使ってから返却をした。勝手に使わないでよと怒られて、そして可能性があるのはぁと、天王洲さんは言葉を続けた。


「有名人なら、自分が知らなくても相手は知っている可能性があるわよね」

「残念ながら、有名人ではないですね」

「なら、ストーカー?」

「なにそれ、恐いですね」

「あとは……そうね。昔に、それこそ幼い頃とかに会っていたりとか」

「なるほど」


 そう言われてしばらく考えたけど、遥か昔にあんな外国人の女の子と遊んだ記憶なんて無かったから、これもきっと違うのだろう。なら勘違いはどうだろうか。でも、俺の名前はちゃんと知ってた。少し珍しい俺の名前を知っているから、どう考えても俺の事を知ってるって結論に至る。


「あ。そういえばもう一つ思ってた事があるんですけど」

「パンツの色は教えないわよ」

「天王洲さん。なんだかんだ言って欲しがってるの天王洲さんの方なんじゃ?」

「ち、違うわよ……! それで、何よ……」

「副会長、俺会った事無いんですけど」


 今更だが生徒会の書記になってから、俺は生徒会長の天王洲さんしか会った事が無かったのだ。一応席はあるし人も一ノ瀬いちのせさんって女性がいるらしいんだけど。


「仕事はきっちりしてくれるから、別にこの部屋に来る必要は無いの」

「じゃあ、俺と天王洲さんとの二人っきりの空間は守られるんですね」

「……変態」

「むしろ、今の所はトキメク所なんじゃないんですか?」

「年下の男の子にトキメクなんか、あり得ないわ」

「やっすい挑発。でも癪ですね」


 何かしてやりたいと、歳上女性をトキメかせたいと思いながらも、妙案は思い浮かばずそのまま生徒会の仕事はお開きになった。

 学校帰りは天王洲さんと一緒に下校しようとした。


《一緒に帰るなんてイヤよ》


 あっさり冷たく断られてしまったので、一人で素直に帰る事にした。

 家に着くと、出迎えてくれたのは金髪碧眼美少女だった。


「中也、おかえり!」

「え? なんでいんの……?」


 満面の笑みで出迎えてくれた女の子は、その女の子の行動は理解不能で不可思議で、でもこれだけは確かに言える事があった。


《天王洲さんより、おっぱいが大きい》



 

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