霜月戦
一一戦目、霜月戦を迎えた小美優の心境は今、当初とは比較にならない大きな変化に見舞われていた。否、受け入れていた。
梅に短冊 桜のカス 藤に短冊 牡丹のカス
菊の札三枚(杯を除く) 柳に燕
(この局ではどういう闘技が見られるんだろう、菊札三枚とか凄いなぁ……)
Uに付き従うまま目付役の代理となり、不器用に札を撒いた小美優だったが、強烈な濃度の闘技を目の当たりにし続けた結果、仮名しか分からない二人の三年生の闘争を――まだまだ見たいという欲求すら抱くようになっていた。
一手目、親手は変わってMであった。前局と違って即座に札を打つ事はせず、残り一枚の菊の札、《菊に杯》を警戒してか、場札をジックリと眺めていた。やがて打ち出したのは《牡丹に蝶》、少しでも《青短》の登場を遅延させるつもりか。
(あちゃあ……)
起きた札は《芒に月》。どうにもMは重要な札を起こす流れがあるらしい。一方のUは杯も芒も無かったのか、《柳のカス》を打って燕を叩き落とす。その後は《松のカス》を起こして終了となった。
二手目、狙い澄ましたようにMが《松に鶴》を手出しし、起きたカス札を寸刻置かずに迎えに行く。そして――引き起こしたのは《芒のカス》、一挙に二枚もの光札を揃えるという僥倖である。
(《三光》は六文……六文……同点だ――)
声には出さず、しかし沸き起こる興奮に目を瞬かせた小美優。闘技を公正な立場で見届ける目付役には程遠い、誰よりも熱心な観客へと転身していた。
取り札でリードを奪われたUだが、表情一つ変えず――或いはつまらなさそうに――闘技を続けるのが彼女であった。使い道の無い《芒のカス》を捨て、山札に手を掛ける。起こしたのは《紅葉に鹿》と、やや後手に回る霜月だった。
三手目、Mが手札で一番左、《梅に鶯》を短冊札に重ねる。続けて《桐のカス》を起こした。
(くぅー……息が詰まりそう……!)
折り返しの四手目、ここでMが素早く《藤に郭公》を短冊札に打ち当てる。後に響きやすい《タネ》と《タン》の開拓を選んだらしかった。起きた札は《萩のカス》、《猪鹿蝶》の準備が整う。
取り札の失速を見せているUは、手札の入りも釣られて悪いのか《藤のカス》を捨てて逃げの一手を打つ。ところが起きた札は《紅葉のカス》であった為、結果としてMから《猪鹿蝶》の完成機会を奪えた格好である。
五手目、今は我慢と《萩に猪》を打つM。五文役にはならずとも《タネ》に役立つ札だ。そして――。
「…………っ」
Mが勢い良く札を起こした。
(……引いた! ここで引いた!)
使い勝手の大変良い光札、《桜に幕》がMの手中に収まった。
(ここから伸ばすのかな……流石に伸ばすよね、後一文で倍付けだし、U先輩は全然取れていないし……)
すぐにMが続闘宣言をするものだと踏んでいた小美優は、いつまでも手番を譲ろうとしない彼女の方を見やった。
「……」
首元に刃を突き付けられている側のUは、しかしながら臆する様子は少しも無く、暇そうに磨かれた爪を眺めていた。
一分程が経ち、やがてMは――手札を裏向きに置いたのである。
(えぇええぇっ!? 私だったら絶対行くのに!)
「素敵ね」開いていた手札を閉じるU。その目は喜びと同時に……抑え切れない程の闘争心が滾るようだった。
「お分かりかしら、秋沙さん」
「へぇっ?」
自分に話が振られるとは露にも思わず、小美優は実に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「私の正面に座るMさんは今、
Mを見やる小美優。特段彼女の表情に変化は無かった。
「コレで私達はお互いに三七文同士、次局は最終戦。今まで稼いで来た文数など関係無し、雪が降る師走の空の下……私達は殴り合う運びとなった」
札を切って頂戴――小美優より早く札を集めたUは、当惑する一年生の手に四八枚をソッと握らせた。
「次で決まる。次で全部が決まるのよ。『貴女の切りが悪いから』とは言いたくないし言わせたくないから、念入りに……タップリとお願いするわ」
正面からUを見据え、小美優は力強く頷いた。
「……分かりました。全力で札を切らせて頂きます」
教室に札を切る音が鳴り始めた。
霜月戦、終了。
Uの獲得文数は現時点で三七文、Mは三七文と相成った。
泣こうが喚こうが、嘆こうが怒ろうが……次局の《師走戦》で闘技は終結する。
『四季の果つる月である事から、是れを
数ある師走の語源の一説であるが、真実は深い歴史の闇の中――唯分かっているのは、次の月は無い……という事だった。
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