文月戦
(緊張……しているんだ、この人……一応)
信じられぬと札を撒く小美優の手捌きは、それでも睦月戦の頃と比べて多少の成長が見られた。そんな彼女の成長を祝してか、場札も実に賑やかなものとなった。
松に鶴 菖蒲のカス 牡丹に蝶 萩に猪
菊に杯 菊のカス 紅葉に短冊 桐のカス
(何かごめんなさい! 私のせいで荒れた場に……!)
光札はある、杯もある、加えて《猪鹿蝶》もほぼ出揃うという格好に、小美優は妙な罪悪感を覚えつつ文月戦の開始を宣言した。
先陣を切る一手目、Mにしては珍しい勢いの食い付きを見せた。手の内からいきなり飛び出したのは《菊に短冊》、合わせたのは勿論、杯であった。続いて起こした札は《芒に雁》、一層光札への警戒が必要となる。
対するUは「起きた札を叩け」の常套に倣い、起きた雁にカス札を叩き付ける。二手目での《月見酒》完成の妨害に成功した。続いて起こした札は《菖蒲に短冊》、やや大人しい幕開けである。
二手目のMは更に勢いを増したのか、《紅葉のカス》を短冊札に合わせ、《青短》への足掛かりとした。流れに乗って起きた札は《松のカス》と、水無月戦とはまるで逆のような取り札である。
(こっちの先輩の逆襲、って感じだね。……本名知らないけど)
一方のUはやや間を置き、「ふぅ」と小さく息を吐いた。それから出した札は《菊のカス》、カス札の回収である。起きた札は《芒のカス》、再び登場した芒の札はモグラ叩きの様相を示した。
三手目、Mは手札を殆ど見る事無く、《桐に鳳凰》をカス札に打ち当てた。《三光》が近かった。起こした札は《梅のカス》、Mにとっては後回しにしてよい札である。
相手の猛攻に興を殺がれたのか、Uはゆったりとした手付きで《藤のカス》を手出しした。続けて起きた札は《梅に短冊》。この手番で一応は回収があったものの、取り札の成長は少し見込めない。
折り返し地点となる四手目。先程から打つ札を決めているらしく、手早くMは《萩のカス》を猪に合わせると、サッサと札を起こして《松に短冊》を場に曝した。
「……」
一手、また一手と育っていくMの取り札を不気味に見つめているUは、手出しした《藤のカス》に短冊札を合わせ、自家栽培の形を取った。加えて起きた札は《牡丹に短冊》であり、
五手目、流石のMもスタミナを切らしたのか、《柳のカス》を場に添えると、《萩に短冊》を起こして手番を終えた。取り札が育っている分、早期の結実が急がれた。一方のUも手詰まりなのか、《菖蒲のカス》を捨てて《梅のカス》を起こすという、今までと比較して随分と地味な手番である。
続く六手目。これまでの、更には今後の展開が読めているかのように、Mはヒラリと《柳に小野道風》をカス札に合わせ取る。起きた札は《紅葉に鹿》だが、今となってはそっぽを向かれる哀れな獣である。
次にUは《菖蒲に八橋》をカス札に当てていく。手出しを自ら回収する場面の多い局であった。そして――起きた札が《萩のカス》、辛くもUの《タン》完成となった。
「どうしますか……?」
小美優の問い掛けにUは答えず、黙して手札、場札、互いの取り札を観察した。小美優が慣れない無音に耐え切れなくなり掛けた矢先……。
「止めておくわ」
手札を裏向きに置くと、Uはかぶりを振った。微かな、しかし涼やかな香りを小美優は感じた。
文月戦、終了。
Uの獲得文数は現時点で三五文、Mは二四文と相成った。
打ち手にもよるが、種、短冊、カスが集まりやすい局では早々に切り上げた方が正解な場合が多い。
《赤短》《青短》《猪鹿蝶》が出来ているのであればまだしも、加算役でコツコツと
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