水無月戦

 花ヶ岡において、《こいこい》では一二局を戦い抜く一年戦、六局で決着する半年戦(半ドン)、三局を駆け抜ける一季戦が多く採用される。特別の指定が無い限り、「《こいこい》でケリを着ける」際には一年戦が通常である。


「疲れたかしら、目付役さん」


「いっ、いえ! 大丈夫です!」


 ゲーム画面で行うバーチャルな闘技に比べ、札を撒き、広げ、打ち、終局毎に文数を付けていくという行為は、その実――打ち手に確実な疲労をもたらす。但し、この場に限ってはUとM、二人の打ち手よりも目付役……小美優の方が衰弱していた。




  菖蒲に八橋 菖蒲に短冊 牡丹のカス 萩に短冊

  菊のカス(二枚) 柳に燕 桐のカス




 直面した事の無い程の濃密な闘技、或いは「因縁」めいた両者の気迫が、唯友人と遊び打ちを繰り返していた小美優の精神を削り取ったのである。


 親手はU。前局は早い段階で勝負を着けられたにも関わらず、何処吹く風といった様子で《牡丹に蝶》をカス札へ当てる。起こされた札は《萩のカス》であった。菊のカス札が二枚露出している他は光札も無く、杯系の出来役も少し遠く見えた。


 続いてMの番となった。しばらく手札を眺めていたMは、カス札を《菖蒲に八橋》へ合わせ、《梅のカス》を起こす。Uの《タン》完成を気にするようでもあったが、小美優はそれよりも二枚の菊札に目移りしてしまった。


 水無月はテンポの良い局だった。二手目にUが《柳に小野道風》を燕に合わせると、続いて起きた《梅に鶯》でMの起き札を攫った。光札が一枚、種札が三枚と、Mに比べて手を伸ばしやすい格好となった。注文があるとすれば、光札は《柳に小野道風》以外がなお好ましいぐらいか。


「……」


 Mは手を動かさず、ジッと場札を見つめていた。隈の目立つ、しかし大きな瞳は右に、左にと微かに動き、《芒のカス》を手出しした。


(また怖いカス札を捨てている……)


 多発する影札の手出しも、UとMにとっては戦術以下の児戯が如く、いとも容易く行われた。更に起きた札は《松のカス》であり、一気に光札を集めやすい場を作ったのである。


 三手目、Uは待っていたかのように《松に鶴》をカス札に合わせてしまう。起こす札が次々と奪われていく様を、物言わぬ闘技者Mは沈黙と共に見守っていた。そのままUは《柳に短冊》を起こし、手番を終えた。


(寂しい取り札だなぁ……)


 小美優はMの手元を見やり、思った。


 Uの取り札と比べて彼女のソレはうら寂しく……役に絡みにくい菖蒲が二輪、悲しげに咲いているだけであった。


 寸刻置かず、Mは手札から――《芒に雁》を先程のカス札に合わせた。


「っ!?」


 臨時の目付役が息を呑むも、打ち手は構わず山札に手を伸ばし、を引き起こしたのである。


(分かんない、分かんないよM先輩のやりたい事がぁ……!)


 嘆く一年生など露知らずか、Uは手早く四手目に移行した。打ち出したのは三枚目の光札、《桐に鳳凰》であった。完全に水無月戦はUへと流れが向いており、彼女もまた上手に乗りこなしているようだった。起こした札は《萩のカス》、流石には昇らないらしい。


 一方のMは手堅く攻める事を強いられているのか、《萩に猪》をカス札に打ち当てて、一応はUの《猪鹿蝶》を阻害した。そして……運の良悪は不明だが、《桜に短冊》をここで起こしてしまう。Uの手中に《桜に幕》があれば、もしくは五手目で起こしてしまえば、手痛いしっぺ返しが待っていた。


 五手目、Uは即座に手の内から――《菊に短冊》を片方のカス札に合わせた。続けて伸びた手が起こしたのは《紅葉に鹿》、Mの首が皮一枚繋がった形である。


(もう嫌だなぁ……この闘技。胸が掻き毟られそう)


 心中でではあるが、とうとう眼前の闘技に拒否反応まで示した小美優。《金花会》での博技から正義を持ち寄った札問いにまで顔を出す、が持つ精神力は尋常ならざるものであった。


 刹那、Mは五手目として《桜に幕》を短冊に打ち付ける。光札を持っていたのは彼女だった。起きた札は《藤に郭公》、何とか《雨四光》の完成を先延ばしに出来たMの横顔は、闘技開始前と変わりは無かった。


 六手目……残った三枚からUが打ったのは《紅葉に短冊》。駆け逃げる鹿を撃ち倒すと、《桐のカス》を起こして終了とした。《雨四光》、《タネ》、おまけに《青短》までもが王手となった六手目に、当事者のUは然程嬉しくないのか、Mの取り札を警戒するように睨め付けていた。


 射貫くような眼光を気にしないように、Mはゆっくりと《藤に短冊》をカス札に合わせる。起こした札も《菖蒲のカス》という事もあり、一挙に二枚の短冊札を手に入れはしたものの、まだUに追い付くのは厳しい状況である。


 長丁場となった水無月戦、七手目――セオリー通りか、はたまた作戦か。Uは《藤のカス》を手出しした後、山札に手を伸ばし……自分だけが見えるように、指先でパチリと返した。


「……あのぉ?」


「久し振りよ」


 Uは検めたその札――《芒に月》を静かにカス札へ合わせ、静かに……Mを見つめた。


「札起こし程度で――ここまで緊張したのは」




 水無月戦、終了。


 Uの獲得文数は現時点で三四文、Mは二四文と相成った。


 賀留多闘技において、最も重要な能力はなのかもしれない。


 幾ら道中で差を付けられようが、手札の入りが悪かろうが、狼狽えた者はその程度である。初級者にはまず第一に、「徹底的な俯瞰」が肝要だ。

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