卯月戦

 四半期を迎えた闘技は、現在一五文の差を付けてUが先を行く形となっている。リードと親手を譲ったMはやはり表情一つ、言葉一つも発さず、小美優の不器用な札撒きを見つめるだけであった。




  松のカス 梅のカス 菖蒲に八橋 菖蒲に短冊

  牡丹に蝶 萩に短冊 芒のカス 柳のカス




 厄介な菊の札が無い、絡む札はあれども光札が無い、種札も二枚だけ……。


 小美優は謎に謎の一張羅を着せたようなこの闘技で、初めて「昼間の教室で見るような感覚」を覚えた。普段友人とジュースを片手に打つ時、このようなが散見された。


 親手は変わってU、一手目は《松に鶴》をカス札に合わせた。《月見酒》に絡みやすい《芒のカス》を放って置いての札打ちから、小美優は「《三光》狙いかな?」とUの手先を見やった。起きた札は《牡丹のカス》、Mから《猪鹿蝶》を奪い手番を譲った。


 目の下に特徴的な隈を持つMは、場札を右から左に眺めた後、《菖蒲に八橋》をカス札で合わせ取った。双方に芒の札が無いのは明白である。しかしながら《こいこい》は奇妙な事が起きるもので、Mが起こした札は《芒に雁》。《月見酒》の登場は勿論、Uの「早三光」をも遅延させたのである。


 二手目、UはMの手元に種札が目立つのを嫌ってか、《梅に鶯》をカス札へ重ねた。牽制の意味もあるが、後程「捨てる札が無い為に、嫌々捨てたが最後、相手に取られてしまう」失敗を防いだのが大きいだろう。流れるようにUは山札へ手を伸ばし――。


 一枚目の菊、《菊のカス》を場に打ち付けたのである。


 手番を得たMが、飛び出した危険な花を摘みに……行く事は無かった。手札から打ち出したのは《松のカス》、俗に言う松の影札かげふだ(その月のカス札の意)打ちであったが、既に光札はUの手中にある。


(要らないから捨てた……って事かな)


 小美優の推測など気にしないように、当の本人は手早く《柳に短冊》を起こし、カス札に合わせて手番を終えた。


 一方のUは実に取り札の動きが良かった。三手目は《菊に短冊》を打ち出し(最初に打たなかったんだ、と小美優は驚いた)、カス札に合わせる。続いて起きた札は《芒に月》、通常なら焦りがちな起き札だが、この場においては多少の余裕を以て満月を眺める事が出来る。互いに芒と菊の札を二枚ずつ所有している為、即時完成は困難であるからだ。


 だが――Mはこの機を待っていたかのように、三手目で《芒のカス》を満月の札へ放った。


(うっそ……マジ? この人、読んでいた……とか……?)


 もしMが第一手目に《菖蒲に八橋》を取らず、急いて芒の札を取りに行っていたならば――起き札の順番から、《芒に月》はUの手元へ滑り込んでいた。運気か、策謀か、結果としてMは大きな収穫を得たのである。加えて起き札が《萩に猪》という事もあり、種札の層を厚く出来た三手目となった。


 回ったUの四手目。場札は《松のカス》と《菖蒲に短冊》の二枚だけとなり、実に旨味の少ない枯れ場である。ここでUは《桜のカス》を打ち、恐らくは忍ばせている《桜に幕》への橋頭堡として利用するらしかった。起き札は《萩のカス》、現在は価値の薄い札である。


 手番が来たMは一瞬――Uの手札を見やり、先程現れた《桜のカス》へ短冊札を打ち当てた。


 相手が手出しした札はすかさず奪え。


 まさにセオリー通り、教科書レベルの基本戦術である。《こいこい》を憶えた者が最初に気付くこの技術は、と言っても過言ではない。


 畢竟、相手に札を取らせなければ負ける事は無いのだ。しかし現実はそうもいかない為、限り無く相手の取り札をに追い込まんと打ち手は努力を続けるのである。


「……」


 Uは黙したまま、眉一つも動かさない。起こされた《紅葉のカス》を見つめ、痛くも痒くもなさそうな顔で五手目に《藤に郭公》を打ち、続いて《菖蒲のカス》を引き起こす。彼女にとっては面白味の無い手番であった。


 対するMは先程の攻撃で勢い得たのか、《松に短冊》によって場に置いていたカス札を合わせ取る。Uの捨てた《桜のカス》をもぎ取り増えた《桜に短冊》が、ここで急激に輝き出した。そのままMは《柳に小野道風》を起こし、五手目は終了となった。


(もしかして……《赤短》をやり返すの……?)


 小美優は密かな昂揚と共にMを一瞥するが、特段の情報はその表情から得る事は出来なかった。


 続く六手目――Uは自殺行為も同然な打ち筋に出た。


「っ!?」


 思わず小美優が目を見開く。Uが打ち出したのは《梅のカス》であった。小美優とUの両名は気付く事が無かったが、この時、Mは微かに眉をひそめたのである。敵の変化など気にも掛けないと言わんばかりに、Uは平然と《藤のカス》を起こし、種札と合わせて取り札に加えた。




 さぁ、私にやり返してみせろ――。




 Uの行動は挑発に等しかった。淀み無く打っていたMはここで手を止め、残ったを吟味し始めた。


 どの札を使えばの猛追を振り切れるか?


 やがてMは意を決したように、《菊のカス》を打ち出した。Uが手札に杯を忍ばせているであろうと警戒した為、この手番まで腐らせていたらしかった。そして――彼女の選択は二秒後に結果を生んだ。


「……」


 一瞬の力を込め、起こした札が《菊に杯》だった。この瞬間に《月見酒》が完成、五文の獲得となる。まさに僥倖を拾ったMは、しかしながら手札をその場に置く事はせず……。


「あら、続闘やるのね?」


 敵であるUが、物言わぬMの続闘宣言を読み取った。


 七手目――Uは《桐のカス》を軽やかに打ち出す。起こした札は《藤に短冊》、取り札の不調が続く形となった。寸刻置かずにMが《桐に鳳凰》をカス札に打ち付け、起き札で《桐のカス》を補充する展開であった。


 一切の技術が霧散し、純然たる運気だけが支配する八手目……。ある種の神聖さすら漂う最終手番に、Uは隠し通した《桜に幕》を打ち捨てる。四手目に蒔いた種が芽吹かなかった故である。そして起きた札は《紅葉に短冊》、果たしてUの出来役は無かった。


「……」


 フゥ、とMが小さく息を吐いた。打ち出した札は《牡丹に短冊》、起こした札は――。


「っ、《カス》の完成です! それに……えっと、、計七文となるので――」




 卯月戦、終了。


 Uの獲得文数は現時点で二〇文、Mは一九文と相成った。


 初級者は続闘宣言を怖がるが、使いようによっては実に優れた刀剣へと変化し、素敵な切れ味で味方をしてくれるものだ。


 当然……刃が此方を向いていなければ、だが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る