第3話:火蓋を切る少女
小美優は賀留多が好きだった。昼休みには弁当を食べた後、スティック状の菓子を齧りながら友人と闘技に耽るくらいには……花ヶ岡高生らしく日々を過ごしていた。
「……」
好きではあった。好きではあったが――目付役の代理を務める程には知識は勿論、経験、胆力、何よりも理由が無かった。
「やっ、やっぱり……私にはちょっと荷が重いような……ハハハ。それに、色んな所作? とか分からないし――」
「私達が貴女に求める事は三つ」不気味な三年生は小美優の訴えなど意に介さず、胸元からペンとメモ用紙を取り出し置いた。
「一つ、所作など気にせず札を撒く事。二つ、互いの文数を紙に記す事。三つ、他言無用の事。まぁ、三つ目に関しては貴女も面倒事は避けたいでしょう? 実質、先の二つを重視して欲しいわ」
そう言われても……と、小美優は助け船の欲しさに物言わぬ三年生を一瞥したが、後輩の視線に気付きはせず、唯ひたすらに俯き、切られるのを待つ山札を見つめるだけであった。
「……本当に、ほんとの本当に、お二人は《こいこい》を打つだけ。《札問い》とか《闇打ち》とかは関係無くって、マジで普通に打つだけ…………なんですよね?」
「そうね。正しい認識が出来ているじゃない」
「大金を払って、見も知らない私に目付役の真似っこをさせて……打つ、と」
「その通りよ。私達、もう花石は要らないの。部活に入っていれば後輩に受け継いだりと処分の方法はあるけれど、お互いに無所属。最後の贅沢って事よ」
贅沢なら購買部で使えば良いのに――言い掛け、これ以上口を出せば余計な問題が発生するように思えた為、小美優は「本当に下手ですよ、配るの」と予防線を引いた。誰も微笑みはしなかった。
「……うぅ」
二人の打ち手が黙して即席の目付役を見つめている。チャッ、チャッとぎこちない音を立てて札を切る彼女は(親は物静かな方であった)、普段は札切りが不慣れを理由に友人を頼るのが通例だった。
「貴女は」不気味な上級生が問うた。
「はっ、はい……!」
「普段、賀留多を打つのかしら」
「はい、結構……」
「その割には、ね」
その後の言葉は出て来なかったが、上級生が何を言わんとしているのか……小美優には痛い程分かった。
「と、ところでなんですけど」パラリと一枚を落とした小美優。すぐに拾い上げて話題を逸らした。
「万が一……金花会や銀裁局が来ちゃったらヤバいと思うんで……免許の提示をお願いしたいんですけど」
つい先日にいよいよ交付が始まった《賀留多使用免許証》。一般交付は来年の始業式後に……となっていたが、三年生だけは思い出深い記念品として、また卒業までの期間が短いからという真っ当な理由により、後輩達よりも一歩先んじての交付となっていた。
「交付されて……います、よね? 先輩方は三年生でしょうし、ハハハ……」
この免許証の提示無くして座布団を囲む事は一切許されておらず、一介の、それも金花会の常連ではない小美優ですらが知っている細則を、しかし二人の上級生は守ろうとしなかった。
「あの、本当にヤバいんで……」
「私は『U』、彼女は『M』。そのようにメモへ書いて頂戴」
小美優の手が止まった。札は充分に切り混ぜられていた。
「……いえ、ですから免許を出してくれないと――」
「古い人間なのよ、私達は」不気味な方、曰くUが囁くように言った。
「こんな闘技くらい、気軽にさせて欲しいわ。ちなみに、金も銀も、どちらも今日は巡回に来ないわ。まぁ、仮に捕まったところで……私達はもうじき卒業してしまうけれど」
そりゃあ貴女達は卒業するからいいでしょうね!
などとは言える訳もなく、仏頂面かつ不格好な手付きで札を配る小美優。「複数枚ずつ配るんだっけ……」と脳裏に朧気な知識が過ったが、何れの予想も全く正解から外れている気がした為、仕方無しに一枚ずつ、親、子、場の順番で配り充てていく。
「……」
本来ならば――賀留多の作法に厳格であろうUとMは、しかしながら文句の一つも言わず、小美優の型破りな撒きを眺めていた。
小美優が札を配り終え、メモ用紙に互いを示すUとMを書き記したのは間も無くだった。打ち手同士は見つめ合う事はおろか、手札すら確認せず、静かに中心へ置かれた山札を眺めていた。
名も無き剣豪同士が道すがらに出会い、一目惚れのように足を止め、腰に提げた一振りに手を掛ける……。そのようなシーンを、幾度も小美優は時代劇で見ていた。
着流しの代わりに黒いブレザーを、刀の代わりに八枚の手札を、古疵の目立つ厳めしい相貌の代わりに可憐な横顔を――UとMは確かに女子高生であった。にも関わらず、小美優は二人を通して「生殺与奪」が容易い世に生きた猛者の空気を、波動を強く感じていた。
この人達は強い。何故かは分からないけど……運の絡む《こいこい》に、いいや、賀留多全般に強いって事がどうしてか分かる……!
「目付役さん」
Uが言った。我に返った小美優が顔を上げると、いつの間にか打ち手達はジッと――彼女を見据えていた。
「そろそろ……火蓋を切って頂戴」
寸刻置かずに小美優は宣言した。
「はっ、始めて下さい……!」
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