第28話 7/16『夏空の降雨に揺れる海波 その3』

「なあ、あまりにもこれ理不尽すぎるんじゃね?」

「……はて、なんのことかしら。ヒューヒュー」


 ごまかしの口笛。


 彼女の作った人生ルーレットをやり始めたのだが。

市販のものよりも、想像以上に鬼畜だった。


「なんだよ、『クレカの利息が返金できずに借金地獄になる。毎番、所持金を十万円失う』とか」

「『会社が詐欺によって破産。全ての人に各番に百万円支払う』『闇金融にお金を借りてしまった。数ターンいないに返せなければさらに1000万円失う』って……なんで」

「翼諦めなさい、人生って楽なことばかりじゃないから」

「でもやりすぎじゃ」


 彼女が作ったその世界は

もはや地獄そのものだった。


 やたらとパワーバランスが崩壊しており、

気づけば借金まみれと

絶望的な淵へとたたき落とされていた。


「こっちのほうが現実味あって面白いとおもうけれど? もしくはあんたがそもそも運が悪い……のかもしれないわよ」

「もう美里論は聞き飽きた。かれこれ何回聞いたことやら」


 最後まで結局、状況は覆せず

美里の圧勝。ブルジョワ地位まで上り詰めていた。

どうしてだよ。


「無念」

「あんた大丈夫? 魂の抜けた人みたいになっているわよ」

「もう俺お前に現実でも、ゲームでも勝てる気がしないヨ」

「なんで棒読み? ……まあ非はこっちにもあるし、待ってなさいちょっとアイス取ってくる」


 情けなのか、

彼女から一本のアイス棒をもらい、2人で食べる。

 だが、少し場所を移そうと彼女は提案してきた。


「なんで外にいくんだよ」

「気休めにいいでしょ。それにウチは見ての通りこんなに広いから、いい所なんて外出歩くよりはるかにいいわよ」


 口元を緩め、得意げに語る。


「さあ行くわよ」

「おわっちょ。強く引っ張るなって」


 立ち込めてきた自然などの熱臭。

猛暑とともに届いてくるその風は、

外から出たと同時に俺を襲う。


 青々とした庭に大きな植木があり、

奥へと続くように、こちら側は石畳の道が敷き詰められており、

場所は二分にぶんにされている。


家の外、縁側で見晴らしのいい庭を眺め

一緒に横並びするように座り、

アイスを舐める。


「それでどう、あゆりとは楽しく遊べてる?」

「あぁ、いつも元気だよ。健気で真面目、明るい笑顔を見せてくれるからこっちまで楽しくなってくるよ」

「そう、あゆりが楽しいならそれでいい。陽香もいるし、自然活動部は今も楽しそうね」


 どこか落ち着きのある口調。

いつもの美里と勢いがまるで違う。

少し、浮かない表情をするその彼女は

なにか思い悩んでいる

そんな様子だった。


 そういえば、昔は2人と一緒に

自然活動部に入っていたらしいが、

どうして今は抜けてしまったのだろう。


「なんで今は距離をおいているんだ? べつに喧嘩したみたいな理由じゃないんだろ」

「……そうね」

「陽香やあゆりちゃんも、仲いいって言ってたし……なのにどうして」


 言いづらそうになかなか口を開いてくれなかった。

 説明すらつきそうにない、

それは思い詰めたような顔。


 彼女が腰に置いた拳は、なにかを必死に訴えたいように

震えていた。


「美…………里?」


 やっと言葉が固まり弛緩できたのか、

ようやく塞がっていた口を開く。


「家の事情よ。父がうるさくてね……詳しくは言えないけれど、私父に逆らえないの」

「本当は……本当は、みんなともう一度、遊びたい。でも家が私を自由にしてくれない」

「美里……」

「2人は、いや俺もお前の帰りを待っているんだぜ? たしかにキツいところがお前にはあるけれど」

「一緒にいれば自然活動部は、もっと楽しくなると思うんだ」


「翼……。私」

「いつでも帰ってこい。俺たちは気長に待っている、俺もお前ともっと遊びたいからさ」


 あのゲームをやっている時

美里はとても楽しそうだった。


 いつも無表情な“清巌 海里”ではなく、

本当の“美里”自身がそこにいたんだと感じたのだ。


「……また遊んでくれる? 今日は少し心細くてつい」

「もちろん、少なくとも俺はもう美里の友だちのつもりだ。なににせよ陽香とあゆりちゃんの友だちだからな」

「……バカ、なによそれ」


 ふと笑うと

初めて心が通った気がした。


「……………………!!」

「おい美里、そこでなにをしている」


 急にこちらへ足音が近づいてきた。

 その音に恐怖を抱いた美里は瞠目する。


 美里?


 聞こえてきたのは張りのある声。

 しだいに、大柄な男の体が現れる。

 睨み付けるように、視線は美里のほうへ向いた。

 美里の父親か?


 やがて彼女のほうに立ち会うと

深刻そうな顔で彼女を見る。


 その野太いその声に、美里は立ち上がり。


 バシン!


「ッ!」


 頬をはたく音。

彼女が言う間もなくつ。


「――ッ! 美里ッ」


 あまりの衝撃に声を張り上げた。

友だちが目の前で打たれたのだ。

場所選ばず。


「勉強を怠るなと言ったはずだ。人と遊ぶのはやめろと高校入るときに言ったはずだ、友だちも作るなと」

「でも……」

「いいわけは聞きたくない。お前は勉強に戻れ。そしてそこのお前もだ」


「……ッ!」


 返す言葉も見つからなかった。

 恐怖で体が震えて体はおろか、口すら動かない。

 危機感を感じた俺は、

そこから逃げ出すように去り。


 美里の家を後にする。


「翼…………たす……け」

「……ッ!」


 去って行くのと同時に、

彼女の弱々しい小さな声が聞こえた


そんな気がした。


 情けない。

 友だちと行っておきながら、肝心な時になにもできないだなんて。

 ごめん美里、助けられなくてごめん美里。


 嘆きを自分に訴えながら走り抜ける。


 これはいったいなにか。

 友だちへの思い

いや想いそのものだろうか。


「はぁ……はぁ……くそ、くそぉ!」


 黄昏時。

 暗くなりかけの道を辿っていくと。


「……翼さん?」


 彼女の姿が家に着くと迎えてくれた。

 寄り添ってくれる彼女は、眉をひそめ言う。


「なにかあったんですか? 泣いていますよ」

「……うぅ。……うぅ」


 物が詰まっているかのように、思ったことが声に出せない。

 彼女は困っている。

 困っているからこそ応じてあげる。

そうするべきはずなのに

どうしてだ。


「ご飯できていますよ。とりあえず一緒に食べましょう?」


 朗らかに笑ってくれるあゆりちゃん。

小さな手に引かれて一緒に歩く。


 少し。

 気が和らいだのか、

玄関前で少し立ち止まると。


「どうしたんですか。早くしないと冷めちゃいますよ?」


 息を大きく吸って。

 踏ん張りながら大きく口を開ける。


 言わないと。


 彼女に言わないと。


あゆりちゃんを悲しませてはいけない。


 想いを振り絞り、涙声になりながらも俺は彼女に言い伝える。


「あ……あ……あゆりちゃん」

「はい?」

「生きるって…………大変だね」

「……なに言ってるんですか。もう冷めてしまっているかもしれませんが、

一緒に食べましょう。難しいことは今は考えずにね? えへへ」


 泣いている

そんな俺に彼女は、心を和ませ励まするかのように

いつもの笑顔で笑ってくれた。

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