第23話 7/12『その瞳の、内側に潜む深き海よ』
前書き:海里視点になります。終盤あたり少々虐待要素がありますので悪しからず。
雨が降り出した帰路。
夕暮れ時になり、辺りは次第に暗くなっていく。
今日まさか翼が。
あゆりを連れてくるなんて予想外だったから、少し彼を遊び半分揶揄った。
本気にした、彼の焦り具合の様子が今でも目に浮かぶ。
そこまで、本気で言ったわけじゃないんだけど、彼はとても真に受けた様子を見せていた。
懐かしみを抱くようなその一部始終は、どこか昔の私達三人を彷彿とさせた。
玉川に帰り、二人と別れる二手道。
別れの挨拶を交わす。
「それじゃあね。二人共気をつけて帰るのよ。余計な寄り道なんかは絶対控えるのよ?」
「分かってるって。晩ご飯も作らないといけないしそんなこと絶対しないよ」
馴染みである、あゆりの方を見ると少女は顔を綻ばせた。
「大丈夫ですよ海里ちゃん、もし翼さんが寄り道するのであれば、私が耳をつねることになっても必ず一緒に帰らせるつもりですから」
ほう。
それはとても見物かも。
変なところに入るのであれば、私がそこで乱入して愛用の新聞紙棒でぶっ叩いてあげたいくらいだわ。
……でもあゆりが一緒ならそうする必要もなさそうね。
「あ、あゆりちゃん。なにもそこまでしなくても。……俺ってそんなに寄り道するヤツに見える?」
自分を指さす彼に、あゆりは間髪入れず微笑みながら即答した。
「はい! でも悪く思わないでくださいね。これも翼さんのことを思っての気配りなんですから」
「そ、そうなんだ……」
諦めがついたのか、周りをよそ見に一瞥する翼。
少し怯えている様子ねこれは。
どれ、トドメに私がもっと彼がビビるような一言を送ろうかしら。
「あんたにはお似合いじゃない翼。女の子にいたぶられるなんてこの上ない幸せなんじゃない? ふふ逆にありがたく思うべきよこれは」
「お、鬼め。あと何回俺をからかったら気が済むんだよお前は」
「あと100万回言ってあげるわ、光栄に思いなさい」
呆れた様子をする彼の隣。
あゆりは眉をひそめて翼の袖を小さな手で引っ張ってくる。
「翼さん、真に受けちゃだめです。海里ちゃんはただ揶揄っているだけですから」
本当はそういうのは控えてほしいんだけど。
相手はあゆりだ。
そんな水を差す事私にはできない。
「悪いわねあゆり。翼ってこうやっていじるの面白くてねつい」
「海里ちゃんの悪い癖ですねほどほどにしましょうね」
二人でくすくすと笑う私達。
彼女と視線を合わせるために屈んでいた私は、立ち上がり背中を向けた。
「それじゃ、私はこの辺で。……またなんかあったから話しましょう」
「おう、海里も生徒会の方頑張れよ! じゃあな」
と最後の言葉を交わした後、私は綻ぶ横顔を見せながら帰路へと進むのだった。
……2人は私の姿が見えなくなるまで、依然として手を振り続けていた。
早く帰ればいいのに。
でもそれが彼らなりの私に対する応対、なのかもしれない。
いつもの渡橋。
周囲からは虫の鳴き声が聞こえ、夜暗の合唱が響き渡る。
ここは、私がいつも行くお気に入りの場所。
気持ちが和らぐこの町一番の場所だ。
「ふぅ。……雨はだいぶ上がったようね」
若干。
多少ぽつりと俄雨の残る状態だが、そこまで気にする程度の度合いではない。
川に映る世界を、雨粒がぽつぽつと被写体を揺らす。
……。
2人のやりとりを見ていて思った。
まるであの頃の私達みたいだと。
中学に上がってから、父親の勧めで自由がきかなくなり
私事的な行為ではない。
全て父親の勧めである。
最初は断りはしたのだが、その度に頬を何度も……何度もぶたれた。
あの痛みは今でも忘れはしない。
否。
今でも、また叩かれるのではないかと心の底から畏怖している。
宙に浮かぶ雲と月。
私はあのように、自由になりたいのだが易々とそう上手くはいかない。
……帰宅し家へと上がる。
食卓にはすでに父母が、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けるよう座り、箸を進めていた。
「ただいま」
そう一言告げ。
私は手洗いなどを済ませ、空いている席へと腰かけ。
「おかえり、遅かったわね」
「……」
挨拶を交わすと、母の声だけが返ってきた。
父は心の底か、苛立ちを見せる様子で私を睨む。
なんだか不吉な予感。
……その気に食わない父の視線が、とても怖く感じられた。
不安を高ぶらせるなにか。
恐る恐る。
箸を運びながら食事を取り始めてから数分。
残り一品である、最後のおかずを箸で掴もうとした。
すると。
「おい」
隣から私を邪険するかのような剣幕。
酷い目つきでこちらを見つめる父は、ついに開かずだったその口を開き私に怒りをぶつけ。
「あなた、やめて! 海里を叱らないで」
「「お前は黙ってろ!」」
ドンと。
父は怒りのこもった拳をテーブルに叩き込んだ。
止めに入った母を、口封じするため黙らせて。
「海里、父さんがなんで怒っているかわかるか?」
「わかんない……わよそんなの」
「「ふざけんな! 今日お前の宿題見たぞ。全然やってねえじゃねえか!」」
次第にその言動がエスカレートしていく。
徐々に荒々しい口調を、私に吐くようになると加え手を掛けようとしてくる。
悍ましい行動に、胸の心拍が鼓動を始めた。
それは恐怖そのもので、気がつく頃には体から鳥肌が立っていた。
体の震えが止まらず瞠目する私。
腰が抜けそうな言動が。
より一層恐怖を植え付ける。
「「バカが! それでも俺の1人娘かぁ!? 1日必ず宿題するのが父さんとの約束だろうが!!」」
飲んでいた酒をかけられ、視界が滲む。
「…………やめてよ父さん」
私の気持ちなんて気にも留めず。
胸ぐらを掴み私の頬に向かって思い切り手で叩いてきた。
そのまま、壁にすがる状態で衝突し、首元を強打してしまう。
「…………っ」
まだ怒り足りなかったせいか、こちらに近づき私の頭を足で押しつけるように何度も踏む。
バシバシと。
目からポロリと涙を流し始め、ついには涙顔になってしまった。
辛い、非常にそれは辛いもので。
今起こっている惨状は、悪い夢かと疑いたくなるような痛感だった。
「いいか? ……今度サボったら今日よりもっと痛い説教をやるからな。覚悟しておけ!」
一言告げ。
父はその場を後にし、風呂場へと向かって行った。
数秒、痛みが癒えずなかなか立ち上がれない私の元に。
「大丈夫海里?」
母が駆け寄ってくる。
母は包帯を取り出すと、私の打った首に巻くように手当てする。
「悪いね…………母さん。…………いたた」
「早く終わらせるわね。あの人が帰って来ちゃうから」
「……」
巻き終わり、少々痛みが癒えた頃合い。
治療は数分もかからず、未だ父が帰ってきていない状態だった。
私は立ち上がり。
「……今日はそんなに食欲ないから…………今日はもう寝るよ……それじゃ」
「み、海里!」
母が泣く私を呼び止める。
だが見向きもせず、その場を後にし私は2階の自室へと駆け込んだ。
明かり1つとて、ついていない薄暗い小部屋。
……真ん中においてある横長のクローゼットの方に足を進め、あるものに凝視する。
「…………私どうしたらいいの? みんな」
それを片手に持ち、ぽつぽつと涙を落としながらこみ上げる悲しみを慰めようと独白にふける。
手に持ったのは自然活動部のみんな、三人……私、あゆり、陽香の写る小学生の頃に写した集合写真だった。
いつも悲しいことがあったらこれを見て、気を紛らわしたりする。
できれば。
あの日に戻りたい。
昔みんなと楽しく過ごしていた毎日に。
でもそれが、今はできない。
警察や先生に言おうとしたが、父に暴力的なやり方で止められ助けることさえ拒まれた。
止めに誰1人とて、訴えることも禁句にされ私の救いの手は完全に切り離された。
お陰で恐怖の毎日に追われる自分がここにいる。
……日に日に悲しみにより涙がこみ上げ。
「くっ…………」
すする鼻水が止まらず悲しみが収まらない。
あと、何回この苦しみに耐えればいいのだろう。
大人になるまで? ……死ぬまでずっと?
「陽香…………あゆり…………ッ!!」
すると扉からノックする音が。
「海里? 起きてる? 母さんよ……大丈夫
「…………起きてるけど、なに?」
すすり泣く私の前に突如として聞こえてきたのは、母の声だった。
何用かと聞こうと近くまで駆け寄ると。
「ちょっとお母さんと話さない?」
私は、母に耳を傾けることにした。
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