第24話 7/14『一足早い、夏の風物詩との遭遇 その1』

 海里と遊んだ明後日。


 今日も晴れ渡る空が広がり外からは強い日差しが差し込む。


「翼さんはいこれ」


食卓にてあゆりちゃんが箸であるものを俺の皿に置く。


「た、たくあん。苦手なの?」


「いえ、お腹いっぱいなったんでこれあげます」


 彼女が使っている小皿。


 そこから手を付けていないたくあんを箸の末端を使い、俺の空になった皿へと盛る。


 手際のいい動きで、俺の皿には器が溢れかえるほどのたくあんが置かれていく。


 これを1人で処分しろと。


 塩分過多になりそうな量だが、食べるべきかこれは。


「ええと、これ全部食べればいいの?」


「無理ならいいですよ。でも翼さんにはせっかくなんでうちの美味しいたくあんをもっと食べてほしいんですが」


「うーん、食べたいのは山々なんだけどこんなにたくさん食べきれないよ」


「そうですか、なら晩ご飯にでも回しましょうか」


 まさか晩ご飯に全部食べるっていうんじゃ……それにしてもこのたくあんどこから持ってきたんだろう。


 聞けばあゆりちゃんのお母さんが、実家から持ってきたものなんだとか。


「それじゃ片付けますよ。ほら翼さんテレビぼーっと見てないで手伝ってください」


 食器を片付ける彼女に続いて、俺達は朝食の片付けを済ませるのだった。



◎ ◎ ◎



 今日もテレビを見ながら時間を潰す。


 …………またあゆりちゃんはテレビショッピングの番組見ている。


 常々思うが面白いのかこれ。


「テレビショッピング見るの好き?」


「別に特別好きなわけではありませんが、色んなもの出てくるんで見るの好きなんですよねこれ」


 あぁ確かに。


 時々気になるような物出てくるよな。


 これといって気になって買った物は1つもないけど。


「翼さんは好きなんですかこういう番組」


「うーん、別の番組がいいかな」


「そうですか」


 ピッ。


 ピッ。


 俺を気遣ったのか、面白い番組がないかチャンネルを回しだすあゆりちゃん。


 見たいならそのまま見ていてもいいんだけどな。


「他に面白い番組やってないですね。夏の特集ばかりです」


「やっぱり連休の人がこの時期多いから、そのせいじゃない?」


「ふむふむなるほど確かにそうかもしれませんね」


 理解したかのようにこくりと頷く。


……陽香からは午後に、また集合の知らせが昨日きた。


 それまで何をしようかと、目を閉じながら頭で考え始める俺。


 うーん夏と言えば。


 と慮っていると。


 あゆりちゃんがこちらを振り向いて。


「あの」


「? どうしたの」


「時間まで近くの公園に遊び行きませんか?」


 俺が案を出す前に、彼女が先行して行き先を提案してくるのだった。


 ……公園暑いのによく行く気になるな。



 準備をして玄関へ。


「あゆりちゃんそれは?」


「見ての通り網です」


「それは分かるけどさ」


 彼女の片手には大きな虫取り網がある。


 どういった風の吹き回しかは知らないが虫捕り……するのか?


「夏ですしね、こういうのはとことん楽しんだ方がいいのかと」


「そうなんだ。俺は虫捕りとかしたことないから少し楽しみな気持ちがあるな」


 頭をかきながら照れくさそうに答える。


 するとあゆりちゃんは手に持つ網を、トントンと地面に突いて堂々と主張し始める。


「あぁそうか。翼さんは虫捕ったことないんですね」


「ホームセンターで親にカブトムシやクワガタを買ってもらったことはあるけれど」


 勉強に明け暮れていた昔の俺は、昆虫採取などは眼中になかった。


 時々両親が仕事帰りに買ってきてくれたことがあった。


 しかし。


 うっかり、昆虫ケースのかごの蓋を外して。


 翌日脱走してしまった苦い思い出もあったりするのだが。


「それなら話は早いですね。さぁ捕りに行きましょう虫を」


「ちょっとあゆりちゃん!?」


 彼女の手に誘導されながら、俺は外へと連れ出されるのだった。



 近くの公園にある林。


 木洩れ日からは夏のそよ風が吹いてきて、樹頭を激しく揺らす。


 人だかりは少々といった度合いで、子連れ一家が何組か見受けられた。


 羨ましい。


 俺は小さい時あんな経験したことはないからな。


 家族旅行はおろか、ろくに遠出もやらなかったくらいにうちは時間スケジュールがそれぞれまばらだった。


 あのような散歩でもいいからやりたかったな昔。


 虫の喧噪がうるさく聞こえてくる場所。


 まあ夏だからどこも蝉の声がうるさいのは当然か。


 みーんみんみんみんみーん。


 近くから蝉の鳴き声が。


「気をつけるんだよ? 有害な虫も中にはいるから」


 注意を促す。


 猛暑日ということもあり、"ヤツ"の存在も忘れてはいけない。


 案の定ハチ。


 人間にとって最大の強敵と言っても過言ではない。


 一発でも刺されでもすれば即座に病院送り。


 故に俺はその殺人バチから守るボディガードなわけだが。


「心配要りません。それよりもほら翼さんあれ」


 高く聳える木の上を指さす。


 そこには。


 蝉が木に止まり羽を休めていた。


「捕るの?」


「もちろん」


 彼女は捕る気満々だが、蝉って捕るのにコツが必要じゃなかったっけ。


 因みに蝉はカメムシの仲間らしい。


 学校の授業で習ったことなんだが、見た目に似合わず意外な事実があるものである。


 あゆりちゃんはそっと網を木に伸ばして蝉の方に近づける。


 ゆっくりと、音を殺しながら小刻みに足を動かして捕まえるタイミングを計り。


「………………もう少し」


 網が蝉のゼロ距離に迫る。


 気を乱さずそのまま極限まで間を詰めて、彼女は網を一振り。


 しようとしたその時。


 運が悪いことに。


 ササッ。


 みみみみみーん!


 急に強風が吹く。


 危険を感じた蝉は、その木から飛び去っていき姿を暗ました。


「…………」


「飛んでいっちゃったね」


「ですね。あともう少しだったのに」


「時間は…………もう少しありますねではもうちょっととり続けましょうか」


 腑に落ちない彼女は、それから昆虫採取に没頭。


 陽香の招集時間まで時間を費やす。


 結局それから手の届きそうな虫には出くわさず、ひたすら木を眺めるだけだったけど。



◎ ◎ ◎



「なるほどね~。それで収穫ゼロって感じか」


「はい、それからどこ行っても、蝉は高い場所にいたもので捕れなかったのですが」


 部室に行ってから陽香が興味深そうに聞いてきた。


 午前中何やっていたのかと。


 俺が開口一番に虫取りをしていたと答えると。


 彼女は乗っかるように更に質問を重ねていった。


「いやさ、あゆりちゃんの持つ網全然届かなくてさそれからまったく捕まえられなかったよ」


「翼さんも頑張って協力してくれたんですが、だめでした」


 一度。


 俺の背なら届くのではないかと。


 軽い気持ちで彼女に網を貸してもらい。


 捕まえてあげようと……したのだが詰めがあまかった。


 届くには至らず挙げ句の果てには、蝉に逃げられる連続で大惨敗だった。


「2人共そんなしょげないでよ。ね、ね? ……これあげるから元気だして」


 慰めか。


 愁眉を開こうとしない俺達に彼女は、快活としたいつもの笑顔で2本のアイスキャンディーを手渡してきた。


「みんなで食べようと思って買ったんだけど」


「ありがとう」

「ありがとうございます」


 そういえば無性に喉が渇き切っているような感じがした。


 このまま何も水分を補給しないで倒れるのは情けない。


 なのでここは素直に彼女からの細やかな贈り物を頂戴することにした。


 ……ラムネ味か。


 久々に食べたけど、アイスってこんなに美味しかったっけ?


 そんなことを内で考えながら、俺達3人は途中会話を挟みながら自然活動部の今日の仕事に打ち込む。


……数分後。


「んじゃみんなちゅーもく! はいはいこっちこっち」


 席に着いて、真ん中に座る陽香の方を見る。


「地元の人の話を聞いて回ってたんだけど今日はこれやるよ」


 後ろに置かれているホワイトボードで、内容を書き始める陽香。


「名付けて『未知なる謎の生命体の謎を探れ!』」


 俺は立ち上がってあゆりちゃんに声をかけて。


「あゆりちゃん、今日の晩ご飯のおかず買いにいこっか」


「そうですね帰りましょう」


 どうやらいくら陽香と言えども、暑さにやられ気がおかしくなってしまったらしい。


 失望した俺は、帰ろうとあゆりちゃんに言った。


 続く様に彼女も起立して、帰りの支度をしようとする。


 すると陽香がダッシュで俺達を引き留めようと、相変わらずの速さで俺達の方へ飛んでくる。


「ちょちょちょ待ってよ! なに勝手に帰ろうとしているの!?」


「だってさ、自然活動部でUMAの探索なんかしろって言われてもなそんなのやる気にもならないぞ?」


「むしろそうするなら、『UMA探索隊』っていう名前に変えた方がいいのでは」


「いや2人共なんか誤解してるから! 未確認生物を探すわけじゃないからね」


 前言撤回。


 再び席に着き、彼女による話の続きを聞く。


「地元の子供達の証言によると、夜の帰り道近くの森で妙な揺れ動く音が聞こえるんだって」


 子供が聞く空耳なんじゃないかそれ。


「頻繁にいつもその音聞こえてくるからその子供達怖がっているらしいよ」


「奇妙な音と言いますと?」


「ええとね、焚き火の音と古めかしいラジオのノイズ音だってさ」


 それ怖くないか。


 あれ、まだ肝試しの時期まだだよな?


 確かあれはお盆頃だったはず。


 ……なんか怖い。


 ストーカーかなにかだとしたらどうしようと心中怯える俺。


「それで今回私達がそれを調査しようってわけ。どうみんな」


 ウインクしてかっこよく決めたつもりの陽香が真顔をする。


 そんな顔で決まった……みたいな表情されてもな。


「ほ、ホラーですねそれ。ど、ど、どうします翼さん?」


 青ざめた顔でぴくぴくと体を震わせ始めるあゆりちゃん。


 まずい、怖がっている彼女を救わなくては。


 ここで逃げでもしたら、陽香に変な目で見られそうだ。


 男なら度胸というが、俺はあゆりちゃんをこの恐怖から守るために彼女の最大の盾になろうと決心し。


「大丈夫だよあゆりちゃん、俺が傍についているからさ」


「そ、そうですか。なら安心ですね」


「……なら決まり! 今日の夜19時に学校の校門前に集合ね!」


 少しは俺達の意見も聞いてくれよと、言いたくなるが鈍い陽香にそんな言葉は通用しないだろうと諦めた俺。


 そのまま乗りかかった船の勢いで彼女の話を呑む。


「わ、わかったよ。……夜に学校行けばいいんだろ行けば!」


 横で頬を掻きながら笑うあゆりちゃんは「あはは」と笑う。


「じゃあみんな遅れずにくるのよ。遅刻したら1週間ずっと掃除当番ね」


 かくして陽香の意向で謎の調査をすることになった。


 ……厄介事に巻き込まれなければいいのだが。



  

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