第22話 7/12『聞こえる海の音と静かな海 その2』

 以前海里と勉強会を開いたファミレス。


 場所を移し、ここの窓越しにある席へと座る。


 しかしその一方。


 俺達の座る席の向こう側に、機嫌を損ねる彼女の姿があった。


 頬杖をつきながら、窓辺に映る景色を俺と目を合わせず見渡す生徒会長様。


「機嫌なおしてくれよ」


「いやだ」


 即答。


 聞く耳を持たない彼女は、拗ねた様子で外を見渡す。


 なんか嫉妬されていないか。


 決して彼女に恨まれるような事は1つもしていないのだが……というか言いたい事あるならはっきり言ってくれよ。


 すると。


 気分を変えたのか、海里は再びこちらに視線を戻し。


「……大方の事情は飲み込めたけど」


 心配な表情で眉をひそめる海里。


 大丈夫だろうか。変態扱いされないことを願わんばかりだが。


「あんたの話からすると、陽香に自然活動部に入れられて、しばらく玉川に滞在することになった。……そして学校で寝泊まりして、風邪引かないか心配するあゆりに誘われその子の家に休み期間中住ませてもらうことになったわけね」


 言い返す言葉が見つからなかった。


 口上手に舌が回る海里は、俺を睨み付けるような目線で見つめる。


 怖い。非常に今の彼女の顔は怒り狂う鬼のように見えなくも……。


「何よその目、『海里がめっちゃくちゃ怖くて言いづらいな』みたいな顔は」


 やばい、海里はやはり心を読むエスパーだ。きっとここで白状しないと本気で殺されかねない。


 店に入り居候していることを説明はしたものの、俺に向けられた怪しむ目は一向にやめずむしろ威圧感が先ほどより増していた。


「そんな海里ちゃん、そこまで怒らなくても。言い出したのは私ですし……それに翼さん私と一緒に住んでいますけどこれと言って変な事の1つや2つやっていませんよ」


 と弁護してくれる少女は海里に向かって手の平を彼女の方に出し、「待て待て」と動作を送った。


 腕を組み暫く沈黙する海里は、うなるような声を出す。


 女子がそんなおっさん染みたことは、あまりしない方がいいと思うが。


 すると怒りが収まったのか、しかめていた顔を元に戻し。


「……はぁ分かったわよ。それで上手くいっているのそっちは」


「いや、上手くいっているかどうかは分からないけどそれなりには」


 確信は持てない。


 ただ楽しい思い出作りはちゃんと執り行っているつもりだ。


 この前、陽香と一緒に草刈りをやったわけだが、正直自分は足手まといになっていたと思う。


 けど俺の悪い噂は立てたくないので、ここはこのように言いくるめておく。


「へぇ」


「興味なさそうな顔だな」


「いやだって、いなかったから分かんないわよそんなの」


「……この前の草刈り、私と翼さん陽香ちゃんに全部リードしてもらっていましたけど」


 先に。


 言い晒すあゆりちゃん。


「って! あゆりちゃん!」


「……? すみません黙っておくのもよくないと思ったので」


 理屈的には、間違ってはいないような。


 少女の真実を貫き通すその精神力には、尊敬の意を込めたくなるような優しさが感じられる。


 で、打ち明けたことを聞いた生徒会長様は。


「……だと思った」


 軽蔑するような返事が返ってくると思いきや、意外な返答が。


 なんで分かりきったような口調なんだ。


「どうしてそんな反応なんだよ」


「だって……顔に書いてあるから」


 ……。


 顔に出ていたのか。


 不覚だな俺としたことが。


「……まあでもあゆりがさっき楽しいと言っていたし、いいんじゃないかしら」


 どうして気が和んだのかは不明。


 でもあゆりちゃんを通じて落ち着いたのは確かだな。


 隣にいるあゆりちゃんは、チョコレートケーキをフォークで切って美味しそうに頬張る。


 美味しそうに咀嚼する様子は、なんだか幸せそうな顔付きだ。


「このケーキ美味しいですね。試しに頼んでみたんですけど絶品ですありがとうございます海里ちゃん」


 海里も結構太っ腹。


 なんでも一品だけ頼んでいいと言われたので、試しに各々好きな物を注文した。


 俺と海里は早くも完食したが、あゆりちゃんはマイペース。


「ゆっくり食べていいわよ」


 呼び出した理由は退屈しのぎに、話そうと言われたのでこの日遊ぶことになったのだが……まさかあゆりちゃんがついてくるとは思いもしなかったけど。


 ふう未だに恐怖が吹っ切れない。


「んもう……翼そんな顔しないで少しは笑いなさいよ。怒ったりしていないから」


「そ、そうか」


 この一言で、自分の心底にあった恐怖がようやく浄化された。


 して一頻りの時間を置き、色々と3人で話すのであった。













「で、陽香が部長か。大丈夫なのかしらあの子」


「平気とか言っていたら大丈夫だろ」


 活動部の話を持ち出して時間を潰す。


 陽香が部長になったことに少々疑念を浮かべる彼女は、眉をひそめながら吐息を1つ吐く。


「そんなに心配?」


「えぇ。あの子。ドジでマヌケでバカな子だから少し心配よ」


「でも陽香ちゃんはやるときはちゃんとしますからきっと大丈夫です」


「だといいんだけどね」


 不安が険しくなる海里。


 どこまで陽香を気に掛けているか分からないが、友達として心配しているのだろう。


 すると急にムズムズした様子をするあゆりちゃん。


 どうしたんだろう。


「どうしたのあゆりちゃん?」


 そっと声をかけて、恥ずかしがる少女に問いかける。


「あ……あぁ……あのですね」


 なんか悩み事か。


「お……お手洗いに行きたいのですが……いいですか?」


 なんだトイレか。


 女の子なんだし言いづらいのは当たり前だけど、言ってくれればどいてあげたのに。


 塞がっている席から俺は立ち上がり、トイレに行きたがるあゆりちゃんの道を空ける。


 すると少女は、たったと早足でトイレの方に行ってしまった。


「優しいのねあんた」


 見送った俺を海里は嬉しそうな顔で見つめる。


「……気になるだろだって。あんな様子していたら」


「そうね」


 2人。


 だいぶ慣れたようなこの空気だが、やはり海里相手にどう喋るべきか言葉選びに迷う。


 うん、何の話題を振ろう。


 話題。話題……話題。


 頭悩ましい様子をする俺に、海里は。


「堅苦しく考えなくていいわよ。……でも正直あの子があんなに楽しそうにしているのを見てちょっとほっとしたわ」


 微笑を浮かべる海里。


「そうなんだ」


「えぇ。あの子中学に上がりたての頃なんて、雰囲気今よりとても暗かったから」


 あのあゆりちゃんが。


 意外だな。


「翼」


 俺に何か告げるように名を呼ぶ海里。


「な、なんだ?」


 綻ぶ様子浮かべると、羨まし気に言う。


「あゆりはいい子よ。あの子とは長い付き合いだけど、最近生徒会が忙しくて絡めてなくてね。非常に申し訳ないと思っているわあゆりに。 …………あんたとのやりとりを見ていたら少し羨ましく思えてきたわ」


 そういえば昔3人はよく集まって遊んでいたんだっけ。


 でも学年が上がる度に、3人が揃うことが少なくなり今は。


「昔お前、自然活動部の部長だったんだろ? ……なんとかできないのか1回でもいいから部長やってくれよ。そうしないとあゆりちゃん悲しむぞ」


 時々、家で「海里ちゃんがまた活動部に入ってくれたら……」と愁眉を寄せるあゆりちゃんを見かける。


 それほど少女は海里の帰りを待ち望んでいるんだと思う。


 ならばと、俺は彼女の復帰をこうして、提案したのだが…………海里は首を。


 横に振る。


「どうしてだ? ……いやなのか俺達と一緒にいるのが」


「……そうじゃないわ翼。私だって本当はあなたを含めた自然活動部でいろんな事をしたい……そう思っているの」


「だったらなんで……」


 更に問いかける俺。……すると妙な事を小さく呟いた。


 蚊の鳴くようなそれは小さな声で。


「できないの自由に。……やりたくてもやりたくても自由にさせてもらえずにね」


「あゆりちゃん……お前を含めた自然活動部で今度の夏祭りも楽しみにしていたのに……なんか訳ありか?」


「……夏祭りねぇ。……本当は行きたいけど私には。…………っ」


 海里?


 なんだろう。


 彼女から感じる、無性に切ないこの悲痛は。


 目線を落とすその海里の顔色に俺は、不穏な空気を感じ取れた。


「……ごめんちょっと言いづらくて……」


 普段見せない彼女の悲しそうな表情。


 こっちまでそのような顔を見ていると、非常に胸が締め付けられるような気分になる。


「言いづらいならいいんだ。……でも」


 誰にだって、言いづらいことの1つや2つあると思う。


 それはどんなに固い絆であっても、互いに言えないこともある。


 だから俺は彼女に、手を差し伸ばすようにこう言うのだ。


「海里。無理には言わない。……でももし俺達で力になれることであれば遠慮なく言って欲しい…………友達としてな」


 海里の顔からはぽろりと一滴の涙が。


「……ありがとう翼」


 その涙を拭いて。


「翼。あゆりはいい子よ。とてもとても優しくね。……だから翼」


 任せるように彼女は俺に言う。















「あゆりをお願いね」




















 涙顔になりながらも、海里は笑顔で微笑んだ。


 その彼女の顔の下に潜むその涙は一体。


 まるで、止めどなく降る雨のように感じられる。


 耳を澄ましても収まることない雨音。……彼女の中ではその雨がずっと降り続いているのだろうか。


「あゆりをお願い」妙にその言葉に引っかかる。


 海里。


 なんなんだ……その俺に見せる雨の顔なみだがおは。


「みさ…………と?」


 声を掛けようとしたその時、こちらに駆け寄ってくる足音が。


 その拍子に、海里は涙を拭っていつもの顔をする。


 作り顔か……あるいは。


「……ほら、噂をしていたら。……あゆりもういいの?」


「お待たせです。えぇ大丈夫です……海里ちゃん? 顔が少し赤いですけど大丈夫ですか?」


 あゆりちゃんの頭を優しく撫で、少女顔の輪郭を触り微笑む。


「なんでもないわよあゆり…………あぁもうこんな時間なのね。翼今日はここまでにしましょ。……また機会があったら……会計は私がやるから外で待ってて」


 頷いて外で待機する俺とあゆりちゃん。


 外からは激しい雨が黒雲の空から降り注いでいた。


 傾れるような激しい雨。……それはどこか悲しみを告げているようにも見える。


 横に。


 口を歪ませて愛らしい顔で笑うあゆりちゃんを見る。


「どうしたんですか? 翼さんそんな悲しい顔をして」


 言葉で何を表せばいいのか分からない。……今の俺はどのように、少女に言うべきか口が開こうにもなかなか開かなかった。


 すると。


 悲しみに暮れる、俺の手を少女は握ってくる。


 柔らかくて、小さな優しい手で。


「あゆりちゃん?」


「……翼さん何かまた悲しいことあったんですね? だったら私は翼さんのその悲しいことが収まるまでこの手を握ってあげますよ」


「ありがとうあゆりちゃん」


 本当はあゆりちゃん分かっているのか? 


 ……いやまさかな。


 数分。


 暫く待っていると傘を三本持った海里が。


 その傘を三本手渡してくる。


「これ使ってね。……外みたら激しい雨だったから一応買っておいたけど」


「いいんですか? 私達の分まで」


「気にしないで、濡れると嫌でしょ? 体も心も……」


 最後に呟いた小声の言葉に、気に掛ける俺。


「さあ、激しさがます前に帰りましょ」


 率先して傘を差し前に出る海里。


「待って下さいよ海里ちゃん」


 あゆりちゃんが、彼女の後をついていく様子を見送りながら、俺はその場で数秒呆然と立ち尽くす。

















 ……先に進む彼女の顔を見ると。






















 浮かない顔を浮かべた、どこか思い隠す海里の姿がそこにあった。

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