第21話 7/12『聞こえる海の音と静かな海 その1』
今日は、海里との約束。
支度を済ませ指定の場所に向おうとする俺。
せっせと向かおうとする俺の前に何故かあゆりちゃんが寄ってきた。
少女曰く「私も行きたいです」とのこと。
興味津々はいいことだが、海里にどう説明しようか。
あえて。
俺とあゆりちゃんが同棲していることは、海里にばれないよう口を噤んでおこうとしたが、それも今日少女に打ち破られることに。
目映い異彩を放つ、彼女の笑顔に逆らうことはできず結局連れて行くことになった。
あぁマジで殺されそう。
海里怒らせるとめっちゃ怖いからな。
あゆりちゃんに聞けば、昔彼女とは姉妹的な信頼感を持っていたんだとか。
そんな彼女にこんな事がばれたら、雷よりも恐ろしいことが起こりそうな予感。
……。
「どうしたんですか? 顔が青ざめていますよ」
揺れる電車の中。
俺の不安な顔を見たあゆりちゃんは、愁眉を寄せ不安がる様子をみせた。
やめてくれ、そんな顔で見られたらより一層自分という存在に罪悪感を強く抱いてしまう。
どうしたらこの危機的な状況を脱するべきか……俺は策を練る。
「なんでもないよ、昨日蚊がうるさくて寝られなくてさ」
誤魔化す口述で、納得いってくれるかは正直怪しいところ。
だが、俺が今できることと言えば、このように彼女が心配しなくなる言葉で答えてあげるのみ。
あゆりちゃんには悪いが、心配されたくない。
海里に殺されることは覚悟するとしても、少女には幸せであってほしい。
「そうですか、ならよかったです。……でも久々に海里ちゃんに会えますね。……随分前にちょっと話した以降ですが、楽しみです。 ……というか蚊取り線香、部屋の押し入れにたくさんあるんで帰ったら使って下さいね」
え、蚊取り線香そんなところにあったの。
まあ、それはさておき話を戻す。
うん、椅子の上で足をひらひらと動かしているが、俺にはそんな心の余裕は一切ない。
……呼び出された場所は俺の住む、隣町にある大きな図書館。
併設として、間隣にはパイプオルガンのある大ホールがある。
よく、地元の生徒はそこで、毎年合唱コンクールの演奏会を実施している。
図書館側も、室内はそれなりの領域はある広範な場所となっており、日々幅広い年齢層の人がこの図書館に訪れている。
……駅に着き、その大型の図書館へと向かう。
バスで乗り換えをして乗車して数分ですぐつける場所。
降車してすぐ見えるのは、図書館の扉に出迎えるように連なる数本にも及ぶアーチの数々。
電光の、イルミネーションが彩るこのアーチがある図書館は、カップルがよく訪れる名所スポットなんだとか。
そんな俺の心が痛くなるようなことはさておき。
「わ~凄いですね! このアーチ。小さい電球がつけられていますが、イルミネーションですかね?」
深々と凝視するあゆりちゃんは、黙々とそれを観察。
興味沸いたのかな。
「そういうの好きなの?」
「えぇ。私の家こういうのありませんから。……実はとても欲しい一品だったり」
あゆりちゃん、あまりそれはおすすめはしない。
聞けばイルミネーションの電気代って相当値が張っていたはず。高額な1か月後の請求額に恐れをなした人もいるんだとか。
なので余計なことかも知れないが、興味が逸れる言い方でもしよう。
「あゆりちゃん。確かに綺麗に光るけど、人様が普通に買えるような品物じゃないんだよそれ」
購入は容易だが。
「でも陽香ちゃん、普通にクリスマスの時冬が明けるまでずっと付けていましたが」
あいつ。
まさか金持ちか?
恐れをしらない彼女だが、一家揃って怖い者知らずの家族なのだろうか。
恐るべし新宮家。
「ウチはウチ余所は余所だよ」
「……そうなんですか」
こうすれば、自然と興味がなくなるに違いないだろう。
だがそれは。
「でも、そう聞いたら余計興味が湧いてきましたよ。……今度お母さんに頼んで買ってもらいましょうかね」
諦めがつくどころか、ますます少女はそのイルミネーションに興味津々で、さらに少女の好奇心を高ぶらせてしまった。
艶然たる笑みを浮かべるあゆりちゃん。それを見ながら酷く後悔し、この子の将来が心配だ。と心底気にする俺だった。
自動ドアを潜り室内へ。
中は静寂としており、騒音の1つさえしなかった。
真ん中に、分かりやすいように案内図が。
←大図書館 大ホール1階→
下に簡易と、場所を記した地図が書き込まれている。
俺も何回か来たことあり、ここの大ホール1階は学生が音楽会でよく使用している。
2階のホールはどういった経緯で使うか知らないが、これは範疇外知るよしも無しだ。
「……」
初めて来たと言わんばかりの、素振りをみせる少女はじっとその地図を見つめ。
「ここ初めてなの?」
「あぁいえ、玉川の学生も音楽会でここに来ることあるんで一概に初めてではありませんよ」
そうか。
玉川はホールになる場所がないし、当然といえば当然か。
「……大ホールでの演奏や合唱。緊張しましたよ。目の前の観客の視線が私の緊張感を高ぶらせてきましたし」
緊張しやすいタイプだったのかな。
「ところで演奏って得意なのあゆりちゃんは」
「あぁいえ。……小学校の頃はずっとマラカス担当でした」
マラカスか。
シャカシャカと楽器を振るあゆりちゃん。
脳内で再生させて想像してみる。
……。
……。
……。
なんか1回見てみたいかも。
そんな面映ゆい様子が顔にでたのか、あゆりちゃんに気にされ。
「……あの翼さん? なんでそんなニヤけているんですか…………とっとといきますよ」
失態を犯す俺を気にも留めず、俺達は図書館に入っていくのであった。
「で? これは一体どういうことかしら」
死期は間近。
鼻先に待ち構えていたのは、邪気のオーラを放つ、我が校の逸材である学年トップの生徒会長様だった。
「これはそのだな、海里」
顔をぽりぽりと掻く俺。
だがしかし、彼女はあゆりちゃんのように優しくはない。
……海里に手を振ったら隣にいるあゆりちゃんの方に目がいき、自然と俺に訝しむ視線が向けられた。
開口一番。「なんであゆりが一緒なの」と怖い笑顔で腕をポキポキの鳴らす海里が立ちはだかり。
ただいま海里を説得中。
はい、案の定疑惑を持たれました。
俺の人生ここで終わっちゃうのかな。
「ご、誤解だ海里。……だからその分厚い本を武器にするのはやめてくれ!!」
いつものように。
護身用の海里専用の武器。
恐らく貸し出し用の、どこからか持ってきた本なんだろうが、また叩く気だぞ。
すると間に天使が舞い降りる。
平和を愛する小さな子が。
「「や、や、やめてください! 海里ちゃん。一緒に行きたいって言い出したのは私ですし…………それにこれにはちゃんと事情があるんですよ」」
真剣な眼差しを彼女に送るあゆりちゃん。
海里は1つため息を吐き。大声で。
「あぁもう。わかったわよ! ……でも埋め合わせはちゃんとしてもらうわよ!!」
周りの視線を集める海里。
……と一言注意を促すように俺は声をかけようとする。
「……何よ翼? またなんか言いたそうな顔しているけど」
「み、海里ちゃん、あ、あれ……」
俺とあゆりちゃんは図書館内の壁際に貼られた、注意書きに指をさす。
これこれっと分かりやすく。
「あ、あれ」
その紙に書いてあったこと。
『大声での会話は厳禁 他の人の迷惑になるので小声でお願いします』
大きめに書かれたその文体。
それを視認した彼女は周りに数回頭を下げ詫びる。
……目の前が見えなくなることあるのか。
「私としたことが。取り敢えず場所移すわよ」
「いいけどさ……だから本を強く握って俺を脅すのやめてくれないかな」
「殺すわよ?」
厳つい視線。
殺気の放つオーラに自ずと恐怖を覚え。
「み、海里ちゃんどうか落ち着いて!」
怒る海里をあゆりちゃんが上手く鎮めた一件を、ここで申し添えておく。
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