第19話 7/10『君の安らぐ瞳は、優しさそのもの』
作業は手間なく進んだ。
田んぼに群がるように生えた雑草をひたすら刈り続けて。
「どう進んだ? 私は半分くらいおわったけど」
反対側。
陽香は俺達のいる方向とは逆方向側から雑草を刈り続けた。
始めてから数時間。陽香はみるみる内にこちらに迫りくるように雑草を刈り進め、気がつけば俺達の近くまできていた。
この数時間でしかもこの速度でくるとは。
お前の体力はどうなっているんだと疑いたくなる速さなんだが。
「まだもうちょっとかかりそう。……というかお前速すぎだよ」
「そう? これくらい普通だけど」
端の列だけとはいえ、あまりにも早すぎる。
隣で黙々と力一杯雑草を刈るあゆりちゃんを尻目に気に掛けているが。
「ほら、翼君よそ見しない……あゆあゆ雑草は根元からちゃんと切るんだよ」
確か根元から切らないとまたすぐ生えてくるんだっけ。とても厄介な相手だな雑草のくせにして。
「……刈るだけでも大変なんですけど」
「もう少しだから頑張って。……もしやりきったら今日なんか奢ってあげる」
ほう。
こいつ今奢るぞとか言ってきたぞ。
そうとなればあゆりちゃんと作戦会議でもしよう。
隣にいるあゆりちゃんにそっと声をかけ。
「? どうしたんですか翼さん」
「あゆりちゃん……よく聞いてくれ。……陽香が気前のいいことにこうして何か奢るぞと言っているんだ。その時になったら好きなだけ頼もう」
ヤケクソなことを言っているのは重々承知。
でも、タイミングを見計らいこうして仕返しを立てることはできる。
「……陽香ちゃんに悪いですよ。それに今日の夕ご飯どうするんですか。抜きにするのは承知しませんよ」
お気に召さない様子をするあゆりちゃん。
言われてみれば、店の料理をたくさん食べるよりあゆりちゃんの料理を食べた方が価値感あるかも。
すると次第に俺の中にあった、悪知恵が徐々に薄れていく。
「……2人でなに喋っているか知らないけどさ、早くしないと日が暮れちゃうよ」
午後4時。
太陽もだいぶ傾きだしたが、ペース的にこれでは間に合いそうにもない。
だが、俺達2人で到底間に合いそうにもないと判断した俺は。
「できれば、陽香の力を貸してもらえると助かるんだが」
決してずるをしたいから助けを求めたのではない。
これは1人の学生として、懸命な判断をしたまで。
さてどうだ。
陽香はキョロキョロと見渡しながら、熟考しているが相当悩むことなのか。
お前のフレンドリーな面が一番の取り柄だろ。
神頼みに手伝ってくれるよう心に祈る俺。
「……翼さんったら」
少女に苦笑いされ、わずかばかりだが小馬鹿にされたように感じる。
恐らく内心俺がずるしたいことを見切ってこんな表情をしているのだろう。
いや、していないからね。
……本当は半分くらい企んではいました。
少女の笑顔を前に、俺は嘘を貫き通すことは難しかったようだ。
「どうしようかな…………………………はあ。仕方ないな残り手伝ってあげるよ。どうせ暇だしね」
精を出す陽香。
手に持つ鎌を片手にして、一気にこちらまで駆け上がってくる。
尋常ではないそのスピードによって、草木は彼女の手際により一瞬にして刈られた。
相変わらずの速さだな。どこからそんな力が。
というか、こちらまで刈られそうじゃないかと少し心配。
だが、そんなこともなく数分足らずでその作業は終えたのであった。
「と言うわけでみんなお疲れ」
ボランティア的な活動を終え、ファミレスで打ち上げ会を行う俺達。
陽香の、乾杯に続いて俺とあゆりちゃんは手に持つコップを掲げる。
カチン。カチン。
お互いにコップを当て合う。
「やっぱ陽香は凄いよ。どうしたらあんな早くできるのか教えてもらいたいくらいだよ」
「まあ用は慣れだよ。とりあえずこれは私からの奢りってことで」
俺達が奢らせてもらったのは、ファミレスの定番であるドリンクバー。
種類も豊富なので、これはいいとあゆりちゃんと相談した結果こうなった。
2人はジュース、俺はというと。
「っていうか翼君、なんであなただけお茶なわけ? まさか甘い物苦手とか」
そんなわけないって。
「……からかうのはよしましょう陽香ちゃん。人の好みはそれぞれです」
「でもさここって、ふつー周りの空気を読んでジュースにしたりしないかな」
「……あぁもう分かったよ」
陽香が口うるさく文句を言ってくるので、俺はコップに入れたお茶を一気に呷った。……そしてドリンクバーのジュース適当にオレンジを注ぎ再び席へと着席する。
「……男の意地ってやつかな?」
「だと思う」
俺は空気は割と読める方。
そんなムキにならなくてもいいと感じてはいた。いたけれども、
陽香にこれ以上揶揄われてはならないと、このような思い切った振る舞いをみせたのだ。
「やるねぇ。少しは見直しちゃった」
「そこまで無理する必要あるんですかね」
横で眉をひそめるあゆりちゃんは、心配そうにこちらを見つめる。
「まあひとまず打ち上げといきますか」
「飲み物だけだがな!」
飲み物だけ、少々心許ない気持ちの俺は一言。
「もうそれツッコじゃだめなヤツ!!」
陽香に指さしで怒られた俺であった。
少々間を置いて。
「さて、結構長いしちゃったね。……自然活動部のノートには記録は」
「ちゃんと書き込んでおいたよ。……『陽香が威張っていた』って」
すると「こらー!」と台パンする陽香。
遊び半分で冗談を言っただけなんだが、なんでコイツは真に受けやすいんだろう。
「陽香ちゃん、翼さんの冗談ですよ」
「……ふーんなんだ。驚かさないでよ」
本当に信じていたのか。俺の嘘を。
「ちゃんと困っていた人の手助け理由で、草刈りやったと書いておいたよ。……お前まさかさっきのこと真に受けて信じていたんじゃないだろうな?」
半目開きに陽香を見つめ問いただすと、彼女は図星を突かれたかのような顔付きをする。
あぁ、まじでこれ信じていたやつじゃないか。
慌て面をした陽香は瞠目する。
指を揺らすように俺を指さして藉口する。
「そ、そそそんなの嘘にきまってんじゃーん! 全然信じていなかったしー! 少し遊び半分で付き合ってあげただけなんだからね!」
分かりやすいヤツめ。
「あぁもう2人とも。口馬鹿にするのはそこまでにしましょう」
「あゆりちゃんがそこまで言うなら…………って陽香?」
片方の頬を膨らめせ陽香は頬杖をつきながら、鋭い目でこちらを睨めていた。
目の敵にする厳つい表情。
うぅ、やはり女は怒らせると怖いな。
「みっともないですよ陽香ちゃん。女の子ならもうちょっと可愛らしい顔を作った方がいいですよ」
元通りの顔に戻すと、あゆりちゃんに。
「……それで? ちゃんと書いたの? そのように」
「あぁ。これは正真正銘本当だ」
「横でちゃんと見ていたんで心配いりませんよ」
全然気づかなかったんだけど、いつから見ていたんだ?
とそんなことはさておき。
……手伝いに行く前、陽香から分厚めのノートを手渡された。
それは言わば日記帳のようなもの。
1日ごとにその日やったことを、その日記に簡潔的に書き込む。
自然活動部の活動以外は、書いても書かなくてもどちらでもいいらしいが、……まあ名前に活動部って付いているくらいだしな書き記すのは順当だろう。
書く担当の者は特に決めていなかったため、じゃんけんの勝敗で順番を決めることになり、一番最下位が最初に書くことになった。
1度勝負したのだが。
案の定あっさり俺は2人に負け、先陣を切ることになったのだがなんでいつも俺負けるんだよ。
前にもクラスの案件でよくじゃんけんをしたものだが、それで毎回負けていた。
今日もそしてこれからも、俺の連敗ゼロゲームはいつまで続くのだろう。
「……翼さん嫌々そうな顔していますけど大丈夫ですか?」
「あぁ大丈夫。ちょっと自分の不運を恨んでいただけ」
「それってどういう」
分からなくていい。分からなくてもいいんだよあゆりちゃん。
人のメンタルというものはことごとくと壊れやすい脆い存在なんだよ。
「じゃあ……次はあゆあゆね、次は私。 その次はまた翼君とローテして行こう」
「一応書けたけどさ、大変じゃないか?」
「そうしないと意味ないから諦めて」
目に見えていたことではあるから納得はいっている。
そして俺達は時間もいい頃になっていたので、会計を済ませ帰路へと進むのだった。
分かれ際の道にて。
「2人ともお疲れ。今日はゆっくり休んでね」
「まさか陽香明日も俺達を動かす気か?」
「大丈夫ですよ、陽香ちゃんはそこまで鬼ではありませんから」
本当かな。
また無理難題を吹っかけたりは。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。それに明日は家の手伝いがあるしね」
なんかタイミング良すぎやしないか。
「じゃあ、2人ともまた今度ね。日時と時間はその日にメールしておくからよろしくね。……それじゃ!」
そう言うと、陽香は自転車を漕ぎだしその場を後にした。
彼女を手振りで見送った後。
「それじゃ帰りましょうか」
「うん、晩ご飯作らないとだね」
2人で歩きながら今晩のメニューを決めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます