第18話 7/10『木々のそよぐ清夏の日』

 孤樹の下。


 買い物を終え、少し歩いたところにあったベンチに座り一休み。


 気持ちよく風に吹かれる木は、全身を揺らしながら葉の音を鳴らしていた。


 俺達2人は、そんな木の下で先ほど買った……いやあゆりちゃんに買ってもらったアイスクリームを仲良く話しながら食べていた。


 ほんと申し訳ないなあゆりちゃんには。


「どうです? おいしいですか」


「うん、もちろんおいしいよ」


「それはよかったこのアイスクリーム、あの駄菓子屋さんに売れている物の中で一番高いんですよ?」


 知らなかった。


 まさかそんな値が張る物とは。


 てっきり他も同じくらいの値段のする物もあると思っていたが。


「なんかごめん。高い物奢ってもらって」


「いえいえ、謝らないでください。たいした事じゃないですよ。……それに私と翼さんの仲じゃないですか」


 快く笑顔で気遣ってくれるあゆりちゃん。


 本当なら、上である俺が払う立ち場だよな。


 年上として情けない気持ちでたくさんだが、ここは遠慮なく少女の気持ちを受け取っておこう。


 それよりこのアイスクリームめっちゃうまいな。


 俺の住む隣町に売れている、アイスクリームよりも全然美味しい。


「それであゆりちゃんどうして俺にアイスクリームなんかを?」


 本題はそれだ。


 どうしてあゆりちゃんは俺にアイスを買ってくれたんだろう。


 礼になることの1つも少女にした覚えはないのだが、どういった風の吹き回しか。


「なんか……昔の自分を見ているようなそんな気がして」


「え」


「昔、私あの駄菓子屋さんで、アイスクリームを海里ちゃんに買ってもらったことあるんですよ。その時私は何か物欲しそうな目でアイスクリームのポスターを見ていたんですが、そうしたら海里ちゃんがアイスクリームを買ってくれたんです。頼んでもいないのに」


 とても心遣いがいいんだな海里は。


「さっきの翼さん、なんかアイスが欲しそうな様子だったんでつい買っちゃいました。えへへ」


 別に欲しかったわけじゃないけどな。


 けどあゆりちゃんは昔の自分と、なにか重ねるそんな感じがしたから、俺にアイスクリームを買ってくれたんだと思う。


「まあその時買ってもらったアイス……海里ちゃんがお手洗い行っているときに、柄の悪い同級生に絡まれて落としてしまったんですが」


「大丈夫だったの?」


 恐らく、無理矢理よこせだの言われ、落としてしまったんだと思う。


「勿論、泣いてしまいましたよ。とてもとても……でもそんな時、海里ちゃんが助けてくれました。その人達を追い払った後、海里ちゃんは再度アイスクリームを買ってくれたんです」


 仲間のことを思って助ける……か。


 そんな経験は一度もなかったんだが、海里にはあったんだな。


 とてもそれは勇敢で立派だと思う。


「海里ってすごいんだね。全然そんな感じしなかったからびっくりしたよ」


「……ああ見えて海里ちゃんってとても優しいんです。ちょっと暴力的な一面はありますけど、悪い人じゃないんですよ」


 俺は彼女の事をまだ何も分かっていなかったかもしれない。


 あゆりちゃんを助けるその姿。


 きっとあゆりちゃんには当時、彼女がとても大きな存在に見えていたんだと思う。


「それから私が、ピンチになる度に海里ちゃんは助けてくれたんです。……でも今はその彼女の姿を見ることはできません」


 過去に何があったのかは知らないが、海里頑張っていたんだな。


 だとすると今度は俺が、あゆりちゃんを守らないといけないのか。


 彼女みたいにできるかな俺にも。


「俺、海里の代わりになれるかわからないけど、守ってみせるよ君を」


「それは心強いですね。翼さんが隣にいてくれるなら安心です」


 ほっと安堵するあゆりちゃん。


 そして一拍おいて。


「でも私はあの時みたいに、泣き虫じゃありませんからあまり擁護してもらう必要はありませんよ。……でも気持ちだけ受け取っておきますよ翼さん」


 2人に守られ続け、成長した少女か。


 俺とは全然違うな。


「? どうしたんですか翼さん。……浮かない顔なんかして」


「……ううん。 なんか羨ましいなって。俺そういう経験まったくないからさ。泣く場面なんか昔一度もなかったから。だから少し3人が羨ましくみえたよ支え合っているその絆にさ」


 丸い目をしながらあゆりちゃんは言う。


「……そうなんですね。でも今の私があるのは2人のおかげなんです。……けどまた私が危険な境遇に立った時は……翼さん」


 少女は俺に手を差しのばす。


 その表情は愁眉を開かない様子をし、どこか不安な様子を俺に見せていた。


 ……。


「もちろんだよ。もしその時が来たら守るから」


 俺が少女の手を優しく握ると、艶然と微笑んだ。


「ありがとう翼さん」


 あゆりちゃんは立ち上がって。


「さあ、翼さんお昼をすませて陽香ちゃんのところにいきましょ。もうすぐ部活の時間ですから」




















 部室に来た俺達。


 そこには陽香が窓辺を見ながら、退屈そうに欠伸を1つ漏らす。


 一言声を声がけすると彼女は、いつもの元気な振る舞いで挨拶してきた。


「や! おはよう2人とも」


「おはようってもう昼過ぎだけどな」


「細かいことは気にしない」


 ったく全くぶれないんだから陽香は。


 それで本格的に動くのは今日からになるんだが、一体何をするのだろう。


「本題なんだけど」


 ごくり。


「今日部室に行くときにね、困っているおばあちゃんがいたんだ。……なんでも腰を痛めて草刈りするのが大変で。……そこで私が代わりにするよう言ったんだけど……2人ともどう?」


 興味津々とこちらに顔を近づけてくる。


 つまりお助けに草刈りの仕事をしろと。こんな猛暑の中で?


 ……やばい死にそう。


 でもそれはそれで初日早々、サボることになりかねないから受けるしかないな。


「いいんじゃね」


「おぉ!」

「おぉ……」


 2人は口を揃えて、嬉しそうに答えた。


「そう言ってくれると思っていたよ。……さてそうと決まれば早速行こう」


「準備とかしなくていいんですか? この格好だと汚れそうなんですが」


「ちっち心配には及ばんよあゆあゆ。草刈りと軍手あるから大丈夫」


 と俺達に軍手と草刈りをだす陽香。


 こいつただの馬鹿だな。


 手は守られても……服は。


「私それならかまいませんよ。家に代えいくらでもありますから」


 あ、あゆりちゃん!? よ、汚れちゃうよ?


 いや、でもあゆりちゃんの言う通り替えはあるし……それに。


「この学校にある使わなくなったタオルとかあるから、それ持って行けばいいんじゃない」


 確かに理屈的にはそれは合っているような気がする。


 でも本当に大丈夫かこれ。


 昇降口に行き、お互い「えいえいおー」と気合いを入れ外に出る俺達3人。


 水田をひたすら進んでいると、草木は沢山生えた畑が。


 そこにぽつんとおばあさんが、腰を痛めていそうな様子をしながら俺達の方に近づいてくる。


「あ、いたいたおばあちゃーーん! きたよ」


 お年寄りに悪いので自分から近くに近づく陽香。


 俺とあゆりちゃんも陽香の後に続いて進む。


「おやおや、陽香ちゃんじゃないか。……そのお連れは?」


「うん、私の友達。みんなで手伝うことにしたからおばあちゃんは近くで休んでて」


「それは心強いね。それじゃ1つ頼もうかのう」


 おばあさんは一通り俺達に説明し終えると、自分の家へと帰っていった。


 うん、年取るのって大変そうだな。俺も年を取ったらああなってしまうのか。


 お婆さんが言ったのはこうだ。


 自分の畑に沢山生えている大きな雑草を刈り取ってほしいと。


 そこまで全部はしなくていいから、ある程度綺麗になれば大丈夫と。


 言われた場所に行くと、田んぼの隅には波打つように生えた雑草の数々が。


 独特な草木の強烈なにおいを放ちながら、俺達の前に立ちはだかった。


 農作業する人っていつもこんな強敵を前に戦っているのか。


「すごい臭いしますけど、皆さんがんばりましょう」


「もちろんそのつもり……翼君もでしょ?」


「あぁもちろんだ」


 本当は農作業なんて大っ嫌いなんだが、みんなのためだ辛いけど頑張る。


 俺達は両腕に軍手をはめ、片手に軍手をはめる。


 紫外線防止のため、帽子はつけてきたがそれでも暑い。


 皮膚から既に汗が垂れ、体が溶けそうに感じてくる。


 本心ではないものの、自然活動部の活動の一環として草刈り作業を行うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る