第16話 7/9 『少女は思い馳せる その2』
向かい合わせた机の上。
卓上には切り捨てられたトランプが散乱していた。
さて、これで今何戦目だろうか。
「はい、あがりぃ!」
カードの最後一組を揃えて上がる陽香。
「陽香強すぎじゃね。少しは加減してくれよ」
「……そんなこと言っている場合かな? 次あゆあゆの番だよ」
「……えぇと……ジョーカーはこっちですねなので反対側を」
「負けだよ」
あゆりちゃんも最後の1組を揃え、おわると卓上に揃った札を捨てる。
先ほどまでトランプの定番、ババ抜きを3人とやっていたのだが一勝も勝てなかった。
陽香によると、1枚もイカサマや痛んでいるカードは1枚もないらしい。
なのでこれは、正真正銘の真剣勝負だったのだが、2人には1度も勝てず今気が参りつつある。
「翼君、これまでにババ抜き何回やったことあるの?」
「えぇと3回ほどかな」
友達が少なかった俺は、当然ことだがこんなカードゲームを多人数でやったことはあまりない。
よって経験が豊富とはとても言い難く、このように今に至るまで負け続けているのだと思う。
「友達いなかったから、トランプなんてあまりやったことなかったんだよ。できて神経衰弱くらいだった」
ぽかんと2人は、意外だなと視線を俺に送りつつ申し訳なさそうな目で俺を見る。
「な……なんかごめん。誰もできるだろうなって思っていたんだけど。翼君のプレイの仕方がとても読みやすいから……なんか弱いなって思ったけどそういうわけだったんだ」
それは俺が弱すぎたという意味で捉えてもいいのだろうか。
「大丈夫ですよ、翼さん。今回は相手が悪かっただけで……次はきっとありますよ」
頭を撫でられる。
こんな絶望な境地なのにも関わらず、一筋の光を照らす幼き少女。
あゆりちゃんなら憎みたくても憎めない存在なので、詰まった怒りがこの少女が放つ満遍の笑みによって浄化される。
やっぱり少女は優しい。
「もう一回だ! もう一回」
なんで俺はむきになっているのだろう。たかがボードゲームのお遊びだっていうのに。
「そんなに悔しかった? 何回でも受けるよ」
「ふふ。翼さんは結構見どころあるかもです」
笑顔で余裕な素振りをみせる2人。
だがその裏、俺の目には2人から凄まじいオーラを放っているように見えた。
勝算は一切ない。完全に無知。
自分でも、なぜ考え無しで突っ込むんだろうと変に感じる。
ひょっとすると、長年俺の中に眠っていた闘争本能的なものが目覚めたかもしれない。
して。
その覚醒した闘争本能の効果はあったかというと。
惨敗。
ゼロゲームの全敗試合だった。
愁眉する2人の様子は、ますます怪しくなる一方だった。
だがやっていて思った事がある。
これなんかとても楽しいなって。
「負けちゃったけどさ、とても楽しかったよ」
悔しい気持ちを曝け出すのはやめにして本音を言う。
「そうなの? また怖じ気づいてやる気がふせたのかと思ったよ」
「陽香ちゃん、それ言い過ぎじゃありません? ……それに真剣にトランプをする翼さんとても楽しそうでしたよ」
「言われてみればたしかにあゆあゆの言う通りかも」
忍び笑いでガールズトークをする2人。
その様子は微笑ましい感じで、まさに『青春』という波に今俺は乗っているんだなと意中を察する。
莞爾たる微笑み。これが俺の忘れていた『楽しい』の気持ちか。
海里も昔、毎日こんな楽しい間に包まれていたんだなと思うと、よりいっそうこの2人が頼もしく見えてきた。
もしここに海里がいたらもっと楽しいだろうなって。
「そういえば陽香ちゃん。昔海里ちゃんにトランプでボコボコにされていましたよね?」
「うんしたした。海里は強すぎたからね」
「あぁ昔もやってたんだ。3人でトランプを」
「そうですよ、まあ海里ちゃんが強すぎて達が悪いかったんですが」
負けたということだろうな。
「でも、海里もところどころ妥協してくれたよ。わざと負けてくれたり、泣きそうなあゆあゆのためにわざと手札を見せてくれたり」
「あ! もう陽香ちゃんそれ言わないでください! ……恥ずかしいじゃないですか」
立ち上がりもじもじするあゆりちゃん。
一拍。
微笑すると2人はそうっと呟いた。
「あの時は本当に楽しかったのにね……」
「えぇ……今はすっかり私達、彼女と遊ばなくなりましたから」
眉をひそめ、どこか懐かしみながらも悲しそうな表情を浮かべる。
長くいる時間が長ければ長いほど、離れた時の疎遠感が高まるのだろうか。
……俺は脳内でここに海里がいるイメージを連想した。
海里が負けそうになっている俺をからかって、横で他の2人が俺を応援するんだ。
……なんか楽しそうだな。
「俺も海里を入れた自然活動部で、楽しくゲームとかしたいな」
「私もそう思うよ。……でも海里自身が無理だからそれは今叶わないよ」
「……大丈夫ですよ陽香ちゃん。きっと、きっと海里ちゃんは帰ってきてくれます。……そうすればあの時のようにまた遊べますから」
「あゆあゆ……」
哀愁感じさせる2人。すると陽香は窓の方を見て。
「…………雨降ってきたね。あぁでももうこんな時間か。じゃあ今日はここまでだねあはは」
時間は18時を回っていた。
外からは終わりを告げる様に雨が降り注いでいた。
「じゃあ今日はここまでだな。……というか俺ここで寝るのか」
「……もし嫌だったら隣の子に相談したら?」
隣。
……隣には、あゆりちゃんが綻んだ笑顔をしていた。
小声で陽香は言った。
「……好きなんでしょ? あゆあゆのことが」
思わず俺は。
「ば……ばか! お……俺は……べ、別に……」
「もったいぶっちゃって。…………分かっているよだって翼君とあゆあゆゲーム中にあんなに夢中だったもん好きじゃなかったらあんなに接しないよ」
「……そ、そうなのか」
「翼君」
「なんだよ」
「……あゆあゆはいい子だよ。 応援するからここは思い切ってあゆあゆに頼んじゃったら?」
「へ?」
あゆりちゃんを見る。
「……ど、どうしたんですか? 翼さん。は、恥ずかしいです」
愛くるしいその見た目に俺はまた見惚れる。
と会話を終え、陽香は大声で。
「あぁ私用事があるから先帰るね。それじゃまた明日お先……へへ」
扉から出て行く陽香は、俺を尻目にウインクを送ってきた。
なんだ悟られているのか俺は彼女に。
「2人になっちゃったね」
隣にいるあゆりちゃんに話しかける。
この部室、使ってもいいらしいけどなんか寒そうだ。
陽香の言う通りにここは、少女に言うべきか。…………でもなんかとても恥ずかしい。
誤魔化すべきか。
とりあえず忘れ物を取りに帰る振りでも。
忘れ物をしたと、あゆりちゃんに言い部室をあとにしようとした。
するとあゆりちゃんが、俺の前身頃を小さな手で掴んで俺を行動を制御した。
浮かない顔付きをしながら、なんだか言いたそうな顔で。
「……忘れ物なんてありませんよね? 端においてある荷物全部が翼さんのものですから。それに忘れ物があるなんて誤魔化しているだけでしょう?」
俺が背負ってきた、色んな物がたくさん詰められた大きなカバン。それが俺の持ってきた荷物である。
たいしたものは詰められていないが、これが俺の全て。
特に忘れ物はなくこの量が一番落ち着いている。
なんで少女がそのことを知っているんだと、それはさておきどう言い切ろうか。
「ばれたか」
「……翼さんがこのまま風邪引くなんて嫌です。…………ですから」
一度頭を下げると、あゆりちゃんは再び頭を上げた。
「よかったら私の家にでも泊まりませんか? ……1人より2人が……いいです。休み中だけでもいいですから」
まさかの同棲。
そんな可愛い目つきで見られると当然のごとく、断れる…………はずもなく。
言葉に導かれるがまま、そのまま俺は少女の家へと向かった。
「それでは娘をお願いしますね立川さん」
玉川町にある立派な歴史ありそうな大きな和風住宅。
そこがあゆりちゃんの家だった。
しかし無言で少女の家に泊めてもらうのも悪いので、一度あゆりちゃんの母親に電話を掛け許可をもらうことに。
あゆりちゃんの携帯から、電話をかけてもらったが発信音が鳴る中、心拍が止まらなかった。
なににせよ、人様の……しかも見知らぬ他人の両親に電話をかけるものだからそれはもう緊張した。
もしもしと出てきた、あゆりちゃんの母親と思われる人が電話から出ると、俺は自ら名乗り出て事情を説明した。
そうすると快く許可をしてくれ。
休み期間中は十分に私の代わりに娘をかわいがってほしいと言ってくれた。
母親と言えども声は若々しく、俺達と年層が差ほど変わらない美声だったので世代を近しく感じられた。
隣に居座るあゆりちゃんに携帯を返すと。
「どうでした?」
「うん、おkだってさ。……緊張した」
安堵。
鼻先に、可愛い少女と二人っきりというのもなんか変だと思う。
決して俺はそれほど変な人ではない。決して幼女が好きだったり年下の女の子が好きという変な趣味は決してない。
でもこうして女の子と一つ屋根の下。期間限定とはいえ慣れないものだ。
こちらを凝視しているあゆりちゃんは、首を傾げ、「?」とした反応を取っている。
「どうしたんですか」
「い、いやなんでもないよ。ははは」
「……まあいいですよ」
さてそれじゃちょっとくつろぐか。
と俺が寝転がろうとしたその時。
「何しているんですか? 翼さん」
「何って?」
急に何を言い出すのかと思えば、突拍子もないことを言い出したがはて。
「寝転がらないで手伝って下さい」
「何を? ちょっと疲れたんだけど」
急にとてつもないあゆりちゃんの力によって、俺は起こされて向こうの障子扉にある部屋へと連れて行かれる。
抵抗しようにも、解けそうな力ではなくなすすべもなかった。
「ちょっとあゆりちゃん!?」
そして。
連れて行かれたのは台所。
ただでは泊まらせまいと俺と晩ご飯を作る手伝いを要求してきた。
働かざる者食うべからずと言うが、そういうことなのだろうか。
何もせずゴロゴロするのもよくないだろうし、それは確かに分かる。
まあ悪くないこれは手伝いだ。
毎日晩ご飯は俺も手伝うよう言われたんだが、これから忙しくなりそうだな。
「はい翼さん。タマネギ切ってくださいね」
隣でみそ汁の味見をしながら、俺に指示を出すあゆりちゃん。
年下に命令されるのは、年上ながら恥ずかしいことにも感じるけれどこれはこれで悪くないか。
言われた通りにタマネギを切って、炒め物の素材の詰まったボウルに入れると。
「炒めればいいのかな。……俺火結構怖いんだけど」
昔、調理実習の時間に火で手を大やけどし、トラウマになった記憶がある。
IH式のコンロではなかったため、もろに熱傷してしまい、俺にとって火は強敵といえる存在になったわけだが。
するとあゆりちゃんは上の棚を脚立で開け、その中からある物を取り出した。
「ならこれで大丈夫ですね?」
にこっと可愛らしい割烹着を着ながら、艶然たる表情を浮かべる彼女は、無理矢理でも俺に楽させる気はなかった。
台に置いたのは、一台の卓上クッキングヒーター。
念願。
俺の火の対策を少女がしてくれた。
これで苦い思い出を増やさなくて済む。
「気前いいねあゆりちゃん」
「いえいえ、……さあ教えた通り調理しちゃって下さい」
上手く調理ができるかはわからないが、先ほどあゆりちゃんに教えてもらった通りやってみよう。
と。
俺が調理しようとした、その時ふと彼女の人差し指に目が止まる。
「あゆりちゃん」
「? どうしました」
よく見ると切り傷をしている。
先ほど人参を切っている時に、たまたま摺ってしまったのだろう。
すぐ傍に、絆創膏の入った箱が置いてあったのでそれを1枚取り出し。
「切れていたよ。気をつけてね」
小柄にも何かと無理しがちなあゆりちゃん。
申し訳なさそうに、こちらの方へ『ぺこり』と頷いて。
「すみませんありがとうございます。つい料理に夢中になっちゃって」
「いつもこんな感じに怪我とかしちゃうの?」
「たまにですね……つい油断して」
慌てん坊なあゆりちゃんもまたかわいらしい。
「……作ってくるからあゆりちゃんはそっち頼むね」
「あ……はい。分かりました」
ここは叱らずにやるべきことに集中するべき。
……数分。
調理を終わらせ、互いに入浴をすませる。
その後、食卓の並ぶ居間へ。
当然入ったのは俺が先。後で入ると変に思われそうだし。
ここは男子が先に入ることで、難は逃れられるに違いない。
……服は持ってきた中から一着。サイズでかいなこの服。
料理が一通りに仕上がり、お互い向かい合うように丸テーブルに座る。
また、にこやかな笑顔で俺を持て成す。
「暑くないですか? 扇風機つけますね」
近くにあった若干高めの扇風機をつける。……そして真正面にあったテレビをピッとリモコンのボタンを押しチャンネルを回し出すあゆりちゃん。
『貴様を倒せば……故郷に住む子供達の笑顔を取り戻せる!』
『何をほざく! 貴様なんぞ狭き門ぞ! 到底適うわけがない』
『ふん、舐めるなよ。お前を倒すためにどれほど旅を続けたか……身ほど思い知れ!』
『は……速い!? ……いつの間に俺の後ろに…………グアッ』
あゆりちゃんがテレビを止めたのは、対峙する2人の侍が勝負をしている……言わば時代劇の番組だった。
回り込まれた、因縁相手となる侍を一気に袈裟懸けで倒し勝利を収めていた。
というか敵あっけなさ過ぎじゃね。
「こういう番組好きなの?」
「えぇ。小さい頃父とよく見ていましたから」
あゆりちゃん結構渋いな。
……テーブルには、鮭、豚汁、酢豚、ご飯など和食がずらりと。
最近こういうまともな、和の定食を食べていなかったから安心感が湧く。
「いただきます」
「いただきます」
合掌して夕ご飯を頂く。
どれもできはよくプロ並みの味だった。
母親、もしくは親の誰かに教えてもらったんだろうけど、小さいながら立派だな。
将来的に言い奥さんになれるぞこれは。…………いや絶対なるよこれは。
食べながらテレビを見るあゆりちゃんは、目を輝かせている。
言いづらいが、そんなに近くで見たら目悪くするよ。
しかも興味津々と。
そんなに時代劇って面白いのかな。
『ふん……俺が死んでも後が控えているわ!』
『なに、まだ戦いは終わってないというのか』
『残念だったな。もはや手遅れ。……兵をすでに貴様の村に送ったわ!』
『き……貴様!!』
なんだろう俺にはこの良さが全く伝わらないんだけど。
分かる人には分かる。そんなものがあるのかな。
そしてドラマがおわり、あゆりちゃんがこちらを振り返る。
「翼さん、美味しかったですか?」
「うんとても。……最高のできだったよ」
完食し終わった頃に、感想を聞いてくる。
「……これから毎日また美味しい物を作ってあげますよ。えへへ」
嬉しそうに微笑む。
「それは楽しみだね。でも手伝わないとダメでしょ?」
「勿論ですよ。誰がただで寝泊まりさせるものですか。……ちゃんと手伝ってもらった上での報酬ですよこれは」
そうなるかやっぱ。
また綻ぶ顔を見せると、少女は笑う。
これから訪れる、楽しい毎日を胸に抱く様子。
それの笑顔を見せながら。
「翼さん」
「はい、なんでしょう」
「これから毎日よろしくお願いしますね!」
「うん、勿論だよ。よろしくねあゆりちゃん」
こうして、俺とあゆりちゃんの夏限定ではあるが。
同棲生活が始まるのであった。
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