第8話 6/30 『あの日降った雨の音を、また聞きたい』

 こんにちはあゆりです。


 翼さんが隣町に帰ってから数日が経ちました。


 私はいつものように勉学に励んでいますが、ちゃんと授業には参加しています。ええ授業にはちゃんと。


「えぇ、ですからみなさんここの公式は……こうでありこうして」


 先生の難しい勉強を聞きながら、授業に没頭します。


 なかなか授業内容が飲み込めず、ついていくのがやっとなんですが。


……もし翼さんが私の担任だったら、私はもうちょっと飲み込みがよくなっていたのかもしれません。


 今日は雨です。……外からは激しい雨の音が聞こえ、自然と鬱な気分になります。


 授業をよそ見に窓辺を見ているのですが、なんだかこの雨を見ているだけで気が和らぐそんな気がするのです。


 後ろの窓際が私の席になっているのですが、ここから見える景色は町の一部ではありますが一望できます。


 なので授業が暇な時いつもこの町の景色をみながら今日はどこに行こうかと授業意外のことを考えてしまいます。これは私の悪い癖なんですがね。


 今年で中3で年明けには受験生になりますが、成績は並の生徒と同じぐらいの学力で正直このまま高校生になれるか心配な部分もありますが、それでも頑張って授業を受けています。


「……さん」


「玉川さん!」


「は、はい!」


 先生が私を呼びかけていたので、私はぴくりと反応してその場で立ち上がりました。……ですがすこし羞恥を晒してしまったみたいです。


「あ、違う違う反応なかったから呼んだだけだけど……別に立つようには言っていないよ。……座って」


「はい、すみません」


 周りから笑いの渦に包まれながらも私は着席し、今度はちゃんと授業を受けます。……計算がとても難しくて頭が痛くなりそうでした。
















 放課後。


 私は部活動はどこも入っていないので、終わったらすぐ家へ帰るようにしています。


 家に帰っても両親はお仕事で不在のため誰もいないんですが。


 ですがいつものように私は家に母がいつも置いて行っているおつかいのメモ用紙を確認して帰宅後はそれを頼りにお店に駆け寄るので、実質おつかいが私の部活のようなものなのです。


 今日も早く買い物に行かないとと思いながら昇降口に向かいますが。


「また……ですか」


 傘置き場には傘がありませんでした。


 今朝さしてきたはずなのですがありません。自分のものだと分かりやすいようにシールを貼っているのですが、どこにもありませんでした。


 誰かが間違えて持ち帰ることはまずないので、あげられるとしたら1つしかありませんでした。


 すぐ横にある大きなゴミ箱の中身を見ました。……そこには今朝私がさしてきた傘がぐちゃぐちゃにされたまま捨てられていました。


「…………」


 これはいつものことなんです。


 なぜだか私はクラスの人によく嫌われ、こんな嫌がらせを毎日受けています。


 先生にもこのことを打ち明けたんですが、信じてもらえず結局解決じまいで今に至ります。


 それを1年の時から受けていますが、流石に今となっては慣れました。


 雨は降っていますがスクールバッグを頭の上に乗せれば傘の代用なんてできますから大丈夫です。


 私が昇降口から出ると、クラスメイトのとある女子3人が私に向かって話しかけてきます。


「おい玉川! 傘なんで持ってきてねーの? まさかいつも泳いで学校にきているんか? ケラケラ」


「あなた達がいつも私の物を勝手に取ったりボロボロにしたりしているからじゃないですか……分かっていますよ」


「証拠ないのによくしゃべれんねー玉川さん」


 この3人組がいつも私に悪さをする人達です。休み時間中何回かみたことあるのですが、それは酷いやりかたでした。……口を咎めながらけらけらと笑うその嘲笑は気持ち悪い表情でした。


「もう満足でしょう? いい加減やめてくれませんか」


「やめると思う?」

「そんなわけないじゃん。だって私達チビを虐めるのすっごい好きだし」

「やめなってクスクス。玉川さん嫌がってるから」


 またこうして今日も私を馬鹿にしてきます。


 非力ながらも拳に力を込めますが、ぐっと堪え、拳から力を抜きます。


「玉川もう行くのー? もうちょっと私達と話さね?」


「悪いですけど、急ぎの用事があるんで失礼させて頂きますよ」


 こうでも言わないと彼女達は私をかえしてくれないので救いの手としてはこれしかないです。


 そして私はその場を走りながら去りました。


 走っている際、彼女達の忌まわしい舌打ちが聞こえてきました。……一瞬私は立ち止まり彼女達に向かって一言告げました。





















「そういう趣味の悪いことよくないと思いますよ」














 と。

















 翌日今日は休日です。


 














朝目覚めると、携帯から陽香ちゃんから着信がかかってきました。


 要件は遊ぼうとのこと。











 最近また補習行きにされ、疲れ果てていたみたいなんですがある人が補習授業の内容を分かりやすく教えてくれたみたいです。


 そのお陰で昨日ようやく補習行きから脱出でき、今日ようやく自由になったみたいですよ。


陽香ちゃんに勉強を教えたのはどんな方なんでしょう。……きっと翼さんのような心の広い方なのでしょうね。


 話を戻しますがそんな陽香ちゃんから誘われたわけですが、私は当然のようにその遊びを引き受けました。









「よ、あゆあゆ」


「陽香ちゃん、こんにちはです」


 短パンTシャツの姿と、女の子の格好とは全く思えない身のこなしですがさすがそこは陽香ちゃんらしい格好でした。


 なにやら背中にスポーツでよく使うバットや、バトミントンのラケット……その他諸々色んな物を詰め込んでいました。


「…………どうしたんですかその格好。甲子園でも目指すつもりなんですか」


「それもいいけどさ、今日はあゆあゆと目一杯遊びたいから家から沢山持ってきちゃったよハハハ」


 運動が大好きな彼女は昔からいつもこうなのです。私と一緒に楽しみたいものをいつもたくさん持ってきてくれてよく海里ちゃんに馬鹿呼ばりされていましたが。


 ですがそんな優しい陽香ちゃんが私は大好きです。


「では小学校のグラウンドでも行きましょうか。あそこなら思う存分遊べますよね」


「了解。さ乗って」


 彼女は乗ってきた自転車に乗り、そのさどるの後ろに付いた荷台に乗るよう私を促します。


「……あの陽香ちゃん2人乗りって危険ですよね? 大丈夫なんですか」


「うーん警察の人もいないし大丈夫でしょ」


「怖い者知らずですよね陽香ちゃんって」


 昔からこのように怖い者知らずなんですが、それが彼女のいいところでもあるんです。


 どうしていつまでもこの性格がぶれないのか。心配ほかなりません。


 思い出の私達3人が共に育った小学校。そこのグラウンドに訪れ私達はキャッチボールをしました。


 ほかにもサッカーや色んな事をしましたがそれは楽しい時間でした。


「あゆあゆ、学校の方どうなの?」


 ボールを私の方に投げて受け取ります。


「上手くやっていますよ。成績はあまりいいとは言えませんが」


「……私が高校行けたんだからあゆあゆもきっと大丈夫だよ」


 私はボールを投げます。互いにボールを投げ合いながら私達は会話をしました。


 それはとても心が落ち着く心のこもったキャッチボールでした。


「そうですかね。……ちょっと心配なんですが」


「……分からなかったら近くなったくらいに海里を呼ぶから安心して!」


「んもう陽香ちゃんったら。すぐそうやって自分が出来ないことは全て海里ちゃんに任せるその癖、まだ治ってなかったんですか」


「ち、違うよ。ただ私だとちょっと力不足かな~なんて」


 そっぽを向き出す陽香ちゃん。


 明らかに図星つかれた感じですね。


「……とあゆあゆもう時間だね。そろそろ帰ろっか」


 楽しい遊びの時間はあっという間に過ぎ私達2人は帰路を歩くのでした。


 その途中にある、玉川で腰を落としながら小石を投げながら羽休めをしてまた会話を続けます。


「本当に大丈夫かな? ……誰かに虐められてなんか……いない?」


 痛いところを突かれ言葉を失います。


「………………」


 すると陽香ちゃんは私の体を自分の方に寄せて。


「陽香ちゃん……?」


「ごめんね、あゆあゆ……。気づいてあげられなくて」


「2人には迷惑かけられないと思って言わなかっただけです。……ごめんなさい」


「……無理に言えとは言わないよ。……あゆあゆが本当に助けが欲しいって時が来たら私達を頼って欲しい。……約束できる?」


 こういういざという時、話し相手になってくれる陽香ちゃんは本当に元気で明るい人なんだなと感じます。


 だからこうして信頼できるんです。大切な二人の親友の1人ですから。


「もちろんですよ」


 私はにこやかに答えました。


 ひとしきり、辺りもだいぶ暗くなってきたところで私達もそろそろ動きました。


 清い川の音に見送られながら再び一緒に帰路を進みます。


 陽香ちゃんは自転車を漕いで猛スピードで走行します。……あぶなくないんですかね。


 ですが、そよ風が髪を掠めてとても気持ちよかったです。


「陽香ちゃん涼しくはあるんですが、もうちょっと安全運転を心がけましょうよ」


「あ、ごめんごめん。ついうっかりしちゃった!」


 するとスピードを落とし、そのまま私を家まで送ってくれます。


「じゃあ、またねあゆあゆ。明日は私学校だから……あゆあゆもがんばってねそれじゃ!」


「陽香ちゃん1ついいですか?」


「なに?」


「私達は昔みたいに3人で遊べるのでしょうか?」


「大丈夫だよあゆあゆ。……またあの時みたいに楽しく遊べるよ」


 昔私達は本当の姉妹のように毎日のように遊んでいました。


 ですが今となってはそういう時間も減ってしまい3人が会える時間なんてほとんどなくなってしまったのです。


 こうして陽香ちゃんがたまに私の前に現れてくれるのが唯一の救いですが。


「そうなんですかね」


……落ち込む私に陽香ちゃんはいい知らせをくれました。


「ここで朗報だよ。あゆあゆ 夏休みね私が学校で仲良くなった友達を紹介してあげる」


「ほ、ほんとうですか?」


 急に何を言い出すのかと思えば彼女が学校で作ったという友達を紹介してくれるという話。ということは夏休みに実際会わせてくれるということなんでしょうか。


「まだ時期は未定だけど、近くなったらあゆあゆに会いに行くよう計画しているんだ」


「それは嬉しいです。どんな人なんですか?」


 私が詳細を聞こうとすると陽香ちゃんは一刺し指を左右に振り。


「ちっち。あゆあゆそれは会ってからのお楽しみだよ。……でも一言でいうのなら優しい人だよ。きっとあゆあゆも気に入ってくれるはずだよ」


 ということはイメージ的に翼さんみたいな感じなんでしょうかね。これは楽しみなので頭の片隅にでも入れておきましょうか。


 私が笑うと陽香ちゃんも笑い。


「ほら、笑った。やっぱあゆあゆはその顔が一番だよ。……それは今も昔も変わらないよ」


「ありがとうございます。陽香ちゃん」


「それじゃあねあゆあゆまた遊ぼ」


 そう言うと陽香ちゃんは、ベルを鳴らして家へと帰っていきました。


 ……陽香ちゃんの友達ですか。


 それはいい耳寄りな情報です。


 ……。


 ……。


 ……。















 もしかしたらあの日みたいに戻れるかも知れませんね。

 

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