第7話 6/29『雨があがれば、それは見える』
今日は1年体育の合同授業。
梅雨が少なくなったせいか、明日からプールの授業があるとの知らせが。
前日俺達のクラス一同は午後の授業を丸々使って屋上にあるプールの浴槽掃除をさせられた。大きすぎるせいで擦っても擦っても苔は一向に落ちず、気がつけば授業時間が終わるくらいに時間を遡った。
だが、掃除は学校の授業だけではおわらず、結局放課後の時間を削ってまでやるわけになったのだが。
俺のクラスの連中は誰も部活動で忙しいといういいわけに途中で降り、結局部活をしていない生徒達だけが残ってする羽目になった。彼らには手伝う心はないのだろうか。
そんなこんなで放課後に残ってプール掃除を行いなんとかおわらせることができたのだが、気がついた頃には日が沈んでいた。
しかし我ながら戦力となる少人数の帰宅部チームだけで、なんとか今日まで成し遂げることができたものだ。でもこれを機会に仲良くなった人は1人もおらず結局友達は1人も作れなかったわけだが。
そして今日に至る。
いや本当長かった。昨日から今日までの時間が非常に長く感じているのは俺だけだろうか。プールの授業は午後の5、6時間目になるのだが、ただいま昼休み俺は自分の机で伏して少々仮眠を取っていた。
「まじでしんどい。昨日結局あまり寝られなかったからな」
帰る頃にはもう21時を回っていて夕飯を食べる時間もあまりなく、仕方なしに近くのコンビニで軽食を買ってその日は済ませたのだが。
頑張って午前中の授業を受けはしたものの、昨日のせいかなかなか授業の内容が頭に入らず集中すらできなかったのだ。
それも部活動でどろんした生徒達が悪いと思うのだが、これほど今日が地獄だったと思う日は今日が初めてだろう。
午後の授業は聞く話だと自由らしいし、その時間を使って俺は体を休めることにしよう。
だがそれもつかの間。休んでいる俺の前に2人の少女が立ち塞がった。
「立川君どうしたの? うつ伏せになったりなんかして」
「昨日、放課後プール掃除している様子が見えたからそれで疲れていると思うんだけど……って海里? やめようよそんなこと」
暗く閉じていた俺の視界が1人の少女の繰り出した攻撃によって、俺は目が覚めた。痛苦とともに。
「いたたた!」
「……声を上げられるってことは大丈夫ということでしょ? 心配することないわよ」
視界に飛び込んできたのは清巌さんと、新宮さんだった。
2人がなんで一緒にいるかは知らないけど何用だろうか。
「急になんなんだよ」
「あら失礼ね、今日はあなたの姿全然見ないからどうしているのかと、心配に見に来たところよ。……丁度考えていることが一緒だった幼なじみの陽香と鉢合わせて見に来たけど、無様な姿ね。見てられなかったからつねって起こしてあげたわよ」
休息取っているのにも関わらずなんてことするんだ、この人は。相変わらず容赦ないな。
「……何してくれてるんだって顔しているわね? ふん丸見えよ」
だからそうやって人の心を勝手に読み取るのやめて欲しいのだが……お前はエスパーか何かか。
「……まあ予想だけど」
「海里……」
隣で冷や汗を流す新宮さん。
どうやら彼女は俺を心配してくれている様子。俺は今、悪魔と天使と会話しているようなそんな境遇に立たされでもしているのか。
「というか、2人幼なじみだったのか。 初耳だったけど」
「あぁそうね。あなたには全然言ってなかったけど……というかあなたも陽香のこと面識あったのね」
「それ私も同じように言おうとしてたんだけど」
どうやら互いに2人が俺をそれぞれ知っていたことは初耳な様子。見た感じ仲よさそうなやりとりしているけど、どうなんだろうか。
「今日は暇だったからあなたのところに来れたけど」
「というか、立川君大丈夫かな?」
「……大丈夫じゃない。寝不足」
「はあ」
「……」
2人は口を揃えて言葉を失い、眉をひそめた。
もしかして心配されているのかこれは。
「全く声かけてくれたら手伝ってあげたのに。昨日は空いてたのよ」
「私はそのまま帰っちゃったら悪いことしたと思っているけど」
すると2人はある物をそれぞれ手渡してくれた。
「残りものだけどよかったら食べなさい。らしくないあなたなんて見たくないから」
「立川君元気が一番だよ、これ飲んで元気出して」
パンとスポーツドリンクを2人からもらい、俺はありがたくそれを頂くことにした。
さっきは悪いことを言ったが、2人は天使です。はい救いの天使です。
「ありがとう2人共」
「ふん。……午後は授業一緒よね? 自由授業みたいだけど」
「それがどうかしたのか?」
「付き合いなさい」
「へ?」
◉ ◉ ◉
そして午後の授業。
面積の広いプールサイド。水面は日の光を浴びて輝いていた。
生徒達は仲の仲間をかき集め、早泳ぎリレーをしたり水中で息継ぎの練習をする生徒など様々いた。
「こらープールサイドでは走るんじゃない」
プールサイドを走っている生徒に向かって教師がサイレンを使いながらその生徒を注意する。
俺はプールサイドでひたすら水面を見ながら、自分の顔をそっと見つめていた。
すると再びあの2人が俺の目の前に現れ。
「水の中をのぞき込んでなにしているのよ。……魚なんていないわよ」
「うわっ!」
驚いた俺は体のバランスを崩して、プールの中へと落ちた。急に目線のキツい少女の顔が見えたので反射的にそのまま落ちた。
「驚かすなよ!」
急に水面に清巌さんの顔が、映り込んできたので驚いてしまった。
いつどこに現れるか分からないなこの人は。出没率危険大要注意人物確定か。
「馬鹿ね」
「大丈夫?」
「まあ平気だけどさ」
「至って頑丈ね。さあ約束通り付き合ってもらうわよ」
清巌さんに言われたことは、俺と遊んでくれとのこと。
どうも最近ろくに生徒会が忙しすぎて長らく自由な時間が中々取れなかった。
それでそのストレスを発散してくれとのことで俺を巻き込み付き合ってくれと頼み込んできたのだ。
これとは関係ないことだが1つ気になっていることがあった。
「それより清巌さん」
シワがたくさん寄った、突っ張ったスク水。いかにもその格好は他の男子生徒諸君の心をわしづかみしそうなスタイル抜群な見た目をしていた。
というか胸が平均くらいの大きさをした新宮さんに比べて海里の胸との差がこれは開きすぎなのでは?
「なによ、その嫌らしい目は」
「清巌さん、その格好エロいね! むっちむっちじゃん」
すると何やら凄まじい殺気を放った清巌さんは、俺を見下すように怖い笑顔でこちらを見る。
「沈めて欲しいの? なら息できないようにしてあげてもいいのだけれど」
「すみませんでした」
彼女の怒りを買うことを恐れた俺は即座に謝り危機を脱した。
色々と勝負を挑まれた。
俺は泳ぎはたいして上手い方ではないのだけれど、人に負けないほどの自信はおおありだ。
なぜなら昔スイミングしてたからな。きっと大丈夫。
「最初は端まで泳いで競争よ……ついて来られるかしら?」
蔑んだ目で見下す表情で余裕ぶる清巌さん。
そしていざ勝負。清巌の隣には新宮さんもスタンバイしていた。
「今日こそ勝たせてもらうよ。海里」
「できるものならやってみなさい」
あれ、清巌さんってそんなに運動神経よかったっけ。確か新宮さんの体力は噂によれば、学年1位2位くらいの実力で運動部にも引けを取らない実力の持ち主だったはず。
新宮さん一体今まで彼女とどんな死闘を繰り広げていたというんだ。
彼女でも苦戦するような恐ろしい相手、それが清巌さんというのなら簡単には勝たせてくれなさそうだ。ならここは身を引くべきかと一瞬戸惑う俺であったが。
そう考えた頃にはもう遅く。新宮さんがカウントダウンして。
「それじゃ行くよ。3、2、1。スタート!」
ゼロと同時に一斉スタートを切った。
最初に前に出たのは清巌さん。とてつもないスピードで水面を駆け抜ける。
新宮さんは彼女といい勝負で、1ミリか2ミリ分からないくらいの誤差だった。……どっちが1位なんて検討がつかない。
俺はというと、
ひたすら鈍足に必死で泳いでいた。ゴールに着く頃には、2人は俺を待つように立ち尽くしていた。
「2人とも早すぎ」
「たいした事ないのね」
ところでどっちが先にゴールしたのだろうか。普通に考えれば清巌さんが圧倒的な答えに行き着くが。
「どっちが勝ったの?」
恐る恐る聞いてみる。
正直俺が知るべきことではないのだけれど、一応聞いておこうかなと思ったのだが。さてその勝負の行方はいかに。
「私」
即答で答えたのは新宮さんだった。
どうやらあの死闘の果てに勝利を手にしたのは彼女だったらしい。
さすがとここは褒めておくべきか。
「まさか、この私があなたに負けるなんてね」
「最後の最後に勝ててよかったよ。これでようやく1勝だね」
少し悔しがる清巌さんは新宮さんの方を睨み付けて言う。
「次は絶対勝つわよ」
それから清巌さんの勝負を受けるものの、俺は全部2人の足下にも及ばず、全部新宮さんの圧勝だった。
というか新宮さん早すぎるのだが。……追いつこうにも全然追いつけないほどの速さで足下に追いつくのが精一杯だった。
一瞬だけだったが。
結局俺はゼロゲーム仕舞いでこの勝負は決着がついたが、果たしてこの勝負に意味はあったのだろうか。負けてばかりで骨が折れそうなんだが。
「そんな落ち込まなくてもいいのに。……別に勝つことが全てじゃないと思うよ」
「陽香には負けたけど、あなたをコテンパンにできて満足しているわ」
「こ、このお」
「……でも楽しかったわよ。久々にこうして人と楽しく遊べたから。ありがとうね」
文句の後に彼女は嬉しそうな笑顔でそう感謝の言葉を述べた。
その顔は、嘘偽りない本当に嬉しそうな顔であった。
初めてだ。彼女の口からありがとうなんて。彼女の内心どこか俺は感謝されることをやり遂げたのかもしれない。
「私からもお礼言うよ。ありがとうまた遊ぼうね」
プールの授業が終わり少し3人で休憩を取る。誰もクラスへ帰って行ったが俺達だけは取り残された。
そして立ち上がり更衣室に向かおうとしたら。
ぽつん。
一滴の雨が降ってきて、その滴に続くようにたくさんの雨が空から降り注いだ。
プール上全体が雨中へと包まれ、空が雲行きの怪しい
「うわあ、雨かあ。早く帰らないとだね」
「何呑気なこと言っているの。早く行くわよ」
すると2人は手に持っているバスタオルを傘代わりに頭上において走っていく。
一瞬俺を尻目に清巌さんが振り返り言う。
「……あぁ言い忘れたけど、私のこと名前で呼んでいいわよ。私もあなたのこと翼って呼ぶから」
そのように言うと大急ぎで去って行った。
……さて俺も早く帰らないとな。
ということは、2人に友達認定されたってことかな。
海里さんは見た目は気難しそうな顔しているけど、中身はちゃんとした普通の女の子なんだな。
初めて友達ができたことに嬉しく思った俺は、にやりと笑みを浮かべ更衣室の方へと向かうのであった。
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