第4話 6/21『雨の降り注ぐ下で』
あれから、3日が過ぎた。
学校も頑張って通っているが、時折降り注ぐ雨を見ているとあの少女を思い出す。
授業中、教師の話をよそ見に俺は席のすぐ横の窓の外、空を見ていた。
梅雨が明けていないせいか雨はまだ降り注いでおり、今日も曇り空の上から、大量の雨粒が降り注ぐ。
でもやはりだ、この雨の音を聞いているとやはり少女の顔が浮かんでくる。
(翼さん)
そう囁くような声が聞こえたような気が、時々する。
ただの幻聴かも知れない。それでもあの少女――あゆりちゃんが自分の頭から離れないのだ。
「…………わ」
「…………かわ」
「……おい、立川聞いているのか?」
「……ッ! は、はいなんですか」
「いや、別に問題に答えろとは言ってないが、ぼーと空なんか見上げてどうしたんだ? えぇあれかUFOでも見えたのか?」
教卓から教師は、俺に声をかけてきた。
問題を当てられたような気がしたので、無意識に立ってしまったが単に俺に意識があるか確認をしてきただけだったらしい。
なんか無駄な動きをしてしまったような気がする。
「いや、そんな……っていうか先生、UFOとかいまさら流行りませんよそういうの。もっとマシな例えなかったんですか」
時々この先生は、生徒に変なジョークを言ってくるのだが1つ1つが時代遅れのネタが多い。
まあ世代が世代だろうけど、こんなネタで現代人に受けるネタとは到底思えないのだが。
「あぁ。そうかすまなかったな。先生は古い流行りものしかしらないからな。……でも立川、授業はちゃんと聞いてくれよ。こっちだって真剣なんだからな授業に」
教師という立場は意外と厳しい地位らしい。別に将来的に教師という職務に就きたいとは思ってはいないのだが、やりたいとは決して思わない。
寧ろ自分にとって、避けるべき職種だろう。
「なんかすいません」
といい俺は席に座る。
「えぇじゃあ続けるぞ……これは」
事を終えた教師は再び授業を再開する。
周りをみると、ちゃんと授業を聞いている人もいれば、呑気そうにペン回しするヤツ、隣席に座る生徒と小さな声で話すヤツ。
「えーマジ!? 後でその方法教えて……」
友達同士で机を付け合い遊ぶ人も。
「だから、もうそれやめろ。俺が『新聞紙』書いたら『新聞紙』って返すのさ」
相当描くものに苦戦しているらしい。
別にそんなのお前が変えればいいだろって話だが、どうも彼は自分の描いた物の主権を相手に取られるのが嫌なようだ。
まあどうでもいいが。
そんなこんなで、午前中の授業を終えた昼休み。
◉ ◉ ◉
俺の学校には芝生が生い茂る、緑豊かな中庭があるが、今日は大雨。普段は沢山の生徒がここで遊んだり、昼食をとっているのだが、今日は誰1人とていない。
しかも午前中とより雨の激しさが増しており、雷も鳴っている。
「本当悪天候だな。今日は」
俺は学校にある中庭を通る通路、学校の別館に向かおうとして通っていたのだが、その途中雨に打たれる中庭の様子を見て、俺は驚愕した。
芝生は風で激しく踊っており、雨に打たれた設置物は水浸しになっていた。幸いどのものも転倒はしていないが強風、雷、そして雨の激しい音は鳴り止まなかった。
「なんか怖いな、早く行こっと」
早々に別館へと入りその場を後にした。
別館は生徒の教室意外の部屋が設備されている。図書館、理科室、音楽室など。
職員室は本館にあるが、昔は別館にあったんだとか。
それでこの俺が別館のどこに行ったかというと。
「着いた」
図書室。俺が唯一安らげる場所である。
引き戸開け中に入ると、そこには大きな本棚が沢山並んでいた。
俺の学校の図書館は、規模がとても大きく、図書室というより図書館ぐらいの広さと本の在庫、本棚、さらには2階もある。2階には歴史系の本が多く陳列されている。
「えーと……」
これといって当てがあるというわけでもない。
普段はこうして気になった本に手をつけては読む、ただそれだけを繰り返している。
でもどれも面白いとは言い難いものばかりで、
「これにでもしようかな」
1階の本棚にあったなんか面白そうな本をみつけた。
細い書冊だが、結構人気だ。なんと言っても表紙に書いてある美少女キャラがなによりもの売りだろう。
色々なジャンルの本があるから、誰でも、簡単に、楽しく読める素晴らしい本だ。
今度あゆりちゃんに借してあげようかな?
……そっと手を差し伸ばしその本を手に取る。
「よし」
そして1階の中心にある大きなテーブルに置かれている椅子へ腰掛ける。
何人かは他の席で本を読んでいる様子が見受けられるが、それは人の自由だろう。
俺は早速その本を読み始めた。
◉ ◉ ◉
読み始めて15分が経過した。周りからは小さな声が多少聞こえてくるが、そこまで気になることはなかった。
むしろ無我夢中に俺はひたすらと本を読み続けた。我を忘れるかのように。
だが、そんな俺の前に突如として――。
「……」
無言で1人の少女が座ってくる。
あいつは確か。
顔は思い出せるのだが、名前が思い出せない。確か学校の生徒会長やってる人だったな。
気になるように俺は、読んでいる本を壁代わりに彼女をチラチラと見る。
「……」
ばれてなければいいのだが、なんだろう……彼女の表情は無表情なのにも関わらず、ひしひしと危険なオーラを感じてくる。
「……」
そして。
「……なんか変なものついてる? こっち見ているの分かっているから……」
駄目でした。
「す、すまん。悪気はなかったんだが、ついつい」
「そんなことするとか気が引けてくるんだけど」
「ぐぅ」
生徒会長は一言一言の攻撃力が非常に高く、かつ石頭だということは聞いたことあるのだが、どうやらこの噂は本当だったらしい。
……そうだ今思い出したぞ、この人は
教室のクラス委員でもあり、成績優秀かつスポーツも万能。もう何もかもが完璧な少女と言わざるを得ない。
読んでいる本は、なんだかよく分からない難しそうな本だが、さてどうしたものか。清巌海里は険しそうな顔でこちらを見つめてくる。
「だからさ、なんか言いたいことあるなら言いなさいよ」
「いや別にさ、これと言って気になることはないんだけどどうして清巌さんがここにいるのかなあって」
すると清巌さんは――。
「フンッ」
バシッ!
「いってえ!」
「いちゃ悪い理由があるわけ?」
俺が余計なこと言ったばかりに彼女は、俺の足を思いっきり踏んできた。
うん、痛かった。非常に。こうなるなら最初っからこんな余計なこと言わなきゃ良かったと後悔した。
丁度俺の真正面にいたので、彼女の射程に入っていると気づけなかった俺の不覚だ。
だが、なんといっても彼女の力桁違いだ。……恐ろしい女だ。
「まあいいだけど」
「いいんかい! だったらなんでさっき足なんか踏んだんだよ?」
清巌さんはふと鼻で笑い。
「なんか面白そうな感じだったから、やってみたかっただけよ。というか立川さんだっけ? 男子ってこんなことですぐへこたれるの。情けないわね」
口を開けば俺に対する愚痴を次々と。
「さてと私の読書を邪魔した落とし前つけさせてもらうわよ。……私自分のやっていること邪魔されると無性に苛立ってくるのよね」
「いや、それエゴじゃねぇえ? ってなんだそれ」
どうやら図書館で静かにするというタブーは清巌海里には通用しないらしい。どうも自分の気に食わない事をされると怒りが静まるまでターゲットを一方的に追い詰めるらしい。
……清巌さんの片手には分厚い辞書が振り上げられていた。……どっからその凶器を。
「いやお前正気かよ!」
「正気もクソもないわよ。恨むならその行動を行った自分自身を恨みなさい。自業自得ってね」
言動は一切変えず、それでも冷静な口調で俺を追い詰める清巌海里。
俺は薄々と感づいてしまったかも知れない。彼女が仏より恐ろしい"存在"だと言うことに。
そしていよいよ俺の頭に振り下ろされる分厚い辞書。もう駄目だと諦め掛けていた。
避けられる場所は1箇所もない。いや避けたら余計他の人に当たって被害が出て……はッ。清巌海里コイツ、それを狙って――。
それに気づいた俺に清巌さんはふとまた笑い、「今更きづいた?」的な様子を見せた先の先を読まれたかクソ。だがその叩かれる寸前の事だった――。
『えぇ呼び出しをします……』
呼び出しのアナウンスが流れ始め。
『清巌海里さん、清巌海里さん、至急委員会室に来て下さい。清巌海里さん清巌海里さん……』
清巌さんの振り下ろされるはずだった辞書は、金縛りか何かにあったかのように、俺の頭部寸前でピタリと止まった。
そして清巌さんは、その辞書を隠してその場を立つ。
「……。命拾いしたわね立川さん。……いいえ翼」
「へ?」
「この勝負預けるわ。それと……私のこと、海里って呼んでもいいから。私もあんたのこと下の名前で呼んであげるから」
と入り口の手前で止まった清巌さん、もとい海里は俺の方に横顔を恥ずかしそうにみせると図書室を出て行った。
「……取り敢えず間一髪助かったな。……というか結構ストイックな女だった。マジで殺されるかと思った」
恐怖が風のように去り、ようやく図書室に平和が訪れた。……でもこれ以上長居は禁物だし、そろそろ出よう。
俺はこれ以上この部屋にいるのは危険だと思い、部屋を出ようとする。
「ん? なんだこれ」
歩く途中、海里の座っていた席のテーブルに1枚の紙切れが。……なんか嫌な予感がする。
恐る恐る折りたたまれていたその紙を広げた。そこには。
『邪魔したらぶん殴るから。よろしく 清巌海里』
……俺の予想は当たっていたらしい。なんだよ『よろしく』って。
「怖ぇ」
改めて思う――女って怖いなあって。
◉ ◉ ◉
昼休みもあと15分程度になった。
天候は小雨になっており、先ほどより落ち着いた感じの天気だった。
学校の通路を俺は視線を変えず立ち去って行き、その場を後にする。
中庭からは、生徒達の騒々しい声がやたらと聞こえてくるが、俺は気にしない。
決してその間には入らないと心に決めているからだ。
なににせよ友達がいないからだ。
もう一度言おう俺に友達はいない。……あの少女――あゆりちゃん以外は。
だからあんな生徒同士が話している間に軽々しく入るなんて俺にはできない。
「さてどこ行こうか。最近体がなまって来ているし、体育館にでも行こうかな」
もうすぐ夏休みだというのに、最近あまり体を動かしていない気がする。入学した
ばかりだった1、2か月までは自由気なままに校庭のグラウンドを好き放題遊んだりしたものだが、今だとそれも飽きてしまった。
おかげで最近運動不足だと体が訴えかけているようなそんな気がする。
それで体育館にやってきたわけだけど、結構人いるな。
友達同士でバスケをやっている男子組が1、2組ほど。フラフープでしている生徒が5人、その他、徒競走、バレー、サッカーのリフティングその他諸々とやっている人が沢山いた。
とそんな中壁際に掛けられた
両手でぶら下がり、両手で腕の運動をする少女の姿が。
「ふんっ! ふんっ!」
朱色のポニーテールが特徴の髪型。目は生き生きとしておりそれはまるで例えるなら太陽のような感じだ。
女子が筋トレとは、あまりイメージしづらい感じだが決しておかしい訳ではない。
でもなんかこの光景にあまり馴染みがないというか、なんというか。
まあ何しようと人の自由だし、人のやることひとつひとつにケチなんかつければ後々面倒くさくなる。だから気にしないでおこう。そうしよう。
だが、立ち去ろうとした俺に突如として声が掛けられた。それは筋トレしているあの少女だった。
「ちょっとそこの君! 暇そうな顔してどうしたの? ……暇ならこっち来て一緒に遊ばない!?」
元気に満ちあふれた声で俺を呼ぶ。
おいやめろ、保育園で1人のけ者にされた園児じゃないんだから凄く恥ずかしい。
というか唐突になんだ。遊ぶって。普通ここは中のいい女友達を誘って一緒に遊ぶっていうのが鉄板だろう? ……取り敢えず勘違いかも知れないから1回聞いてみよう。
「もしかして俺のこと呼んでる?」
「そうそう! 君だよ! 君!」
……なんか嫌な感じがする。
海里といい、筋トレする少女といいなんか災難な目に遭いすぎなんじゃないか? 彼女も海里に通ずる似た何かを感じるのだが。
「他渡れよ、女友達でも誘って一緒に遊べば良いじゃないか」
「いやさ、それがみんな誘うと断っちゃうんだよね。『体育の授業じゃないんだしやりたくない』『私そんなに体力ないからやりたくない』っていってくるんだよね」
気持ち分からんでもない。その答えには俺も同感する。
「それで俺と?」
「うんうん、そそ。だからそんな遠くにいないでさ、こっちに来なよ」
笑顔で誘うタイプだ。この子は。
まあここは騙されたと思って行ってみるか。
俺は、彼女のいる方へと歩く。そしてこの子が誰なのか俺でも分かった。
「……お前か」
「あぁ私のこと知っているんだ。関心関心」
この曇りが一切ない少女は――。
「新宮陽香」
「はい、大当たり。誰かは知らないけど100万点あげちゃうよ」
「100万点も採点するテストなんてないと思うんだが」
「ぐっ。そんな細かいことは、気にしない気にしない」
この新宮陽香は、学校では結構知名度が高い少女である。
というのも毎回毎回テストで赤点を出し、補習もいつも受けている少女だ。
因みにこの間のテストも見事平均以下で、見事補習行きを果たした。
いや逆に聞きたい。どうすればそんな毎回補習に行けるのかって。
生徒の間では『補習の女王』『体力おばけの新宮』とか色々言われているが、それでも全然挫けないのが彼女である。そんな事言われても普通に返事しているとか。
聞けば、勉学には滅法弱いが、逆に体力は化け物スペックで完全にスポーツマン並の能力の持ち主である。
「それで今何やってたの? なんか筋トレしているように見えたけど」
「勿論、筋トレだよ。私運動大好きなんだ」
「勉強はしないんですかー」
「…………それで一緒に遊ぼっていうのは」
コイツ話逸らしたぞ。相当嫌ってるな。
視線を下げて誤魔化そうとしているが別の話に移そうとする新宮。
……おい新宮、逃げるな。正直に言え。
まあそんな俺の予想を外していくのが彼女であった。
「俺も筋トレかよ」
「うん、こうして私のまねすればいいから」
「いや単にぶら下がっているだけだろ。それに興味なんか一切ないし」
「えぇ……そんなぁ。私1人だと寂しいんだけど」
子供みたいな事言うな。それより勉強しろ。
「仕方ない。なら話だけでもしようよ」
筋トレの次は会話と移ったか。
ならここは隙をついて。
「んじゃさ、なんで毎回補習受けているんだ?」
「……あの聞かないでそれ、もう涙が出るぐらいに嫌になったんだから」
「本当に勉強嫌いだったんだな」
正直になったな。うん偉い偉い。
「いやだってさ、全然分かんナインナインだもん」
分かんナインナインってなんなんだ。……全然分からないという事を言いたいんだろうけど。そのネーミングは一体どこから沸いてくるんだ。
「それはあれだろ、お前がバカだからじゃないか?」
「それ、友達にも言われたよ。私バカだって……」
「だって事実じゃん」
「くっ悔しいけどそれだけは今認めないといけないわけね。でも待っていつか必ず仕返ししてやるんだから!」
そういうの死亡フラグっていうんだぜ。もう見え見えだ。
……そんなこんなで5分ほど彼女と会話し。
「ところで君名前は?」
「は? 今更か。……立川翼っていうんだけど」
「……立川翼ねぇ。…………うん? もしかして……」
「どうしたんだ? なんか知っているような反応だったけど」
めっちゃ怪しい。
「いや~全然そんなことないよ。全然知らないよ」
と彼女は言いながら誤魔化しの手として口笛を吹いた。
見え見えだって。
「それじゃ翼、駆けっこでもしよ」
「だが駄目だな」
「なんで」
「じ、か、ん」
すると室内に掛けられた時計を見て、新宮は苦い顔をした。
まずい顔だなこれは。
「うそおおおおおおおお! 早く戻らないとおおおおおお」
と言いながら駆け出そうとする新宮。
だが急に何か思い出したように俺の方を振り返って。
「あ、翼君。また遊ぼうね。……んじゃあねええええええ。急げええ」
廊下は走るなってこと知っているのかな。新宮は。
そんな訳で午後の授業も終え、放課後に。部活は特にしていないので、寄り道はせずそのまま帰る。
「さて、帰るか」
持ってきた傘をさしながら、俺は帰途を進む。近所は特に目立つものはないそんな場所だ。せいぜい路地裏に飲食店等が密集しているぐらい。
俺の家は、ごく普通のアパートに住んでいる。だが両親はほとんど家に帰ってこない。
時々電話がかかってくるぐらいで。
だから実質一人暮らしみたいなものだな。それに帰ってもなんにもない。
――帰途を進みながら俺は呟く空から降り注ぐ雨の音を聞いて。
あの日出会った少女の姿を俺は忘れていない。
いや忘れるものか。絶対に。
なぜならあの日約束したからな。あゆりちゃんと。「またくる」って。
今度あゆりちゃんに会ったら、沢山遊ぼう、沢山楽しもう、沢山色んな場所へ行こう。
そんな思いを胸に、俺は雨雲の空を見上げた。
「あゆりちゃん元気かな」
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